第10話:最低の契約交渉
夕刻、ミルド宛に届いた依頼。
馬鹿馬鹿しい内容に「バカバカしい」と鼻を鳴らすミルドは、依頼書にしっかりと承諾のサインを書いて森へ走り出した。
(金貨1,000,000枚?そんなの嘘に決まっている)
報酬欄に記されていた国家予算レベルの金額。
ラドローズがミルドの気を引く為にでっち上げた罠。そんな事は深く考えずとも分かる。
しかし、ミルドは足を止められない。
むしろぐんぐん加速していき、ものの数秒でウォーセンの郊外の森林に辿り着いた。
集合場所は『ウォーセンの森』。
元々危険度の高い魔物は少なく、広さ的にもダンジョンと認定されるほどではない。それでも、虱潰しに探すとなれば1時間以上はかかるだろう。
詳細を記さなかった依頼人に若干の苛立ちと「案の定」といった具合の嫌気を感じながら、まずは中心部を目指すことにした。
(とにかく交渉をしなければ)
暗闇に包まれたウォーセンの森。
牧場夫婦がよく利用している舗装された林道をしばらく歩いていると、気になるものを見つけた。
右前方、奥の方で1本の木がもたれ掛かるように倒れていた。朝方に木を伐採した時には無かった光景だ。
林道から外れて、草木の生い茂る夜の森を進む。
(何だこれは?)
倒れていた木は1本だけではなかった。
巨大な何かが地を這ったように奥へ奥へと、木々が薙ぎ倒され獣道のようになっている。
平和なウォーセンの森では見られない不気味な光景に思わず立ち尽くミルド。周囲を警戒し、感覚を研ぎ澄ませていると何かが聞こえてきた。
「──れぇ……助けてくれえ〜……」
虫の囁やきのような微かな声。
どこか幼稚で濁音の混じったような声が助けを求めている。
(まさか)
奥へ進むと、振動音が次第に大きくなって聞こえてきた。
森を揺らす足音。木々を退けて新たな道を作る"何か"。
そして、その正体はすぐに判明する。
「うわあああああ!!離せ!!このデカブツ!!ゴーレム風情が、妾に触れるな!!」
ミルドの倍以上、木々の幹と同じくらいの背丈のゴーレムが森を闊歩していた。
原産地不明の大きな岩石を胴体に、大小様々な岩がヒューマンでいう所の腕や脚の位置にくっついてその役割を果たしている。
ゴーレムの左手にはジタバタと藻掻くラドローズの姿。
ローブは身に付けていない。折角渡したのに勿体無い、とミルドは若干、難色を示す。
(なぜこんな所にゴーレムが?)
ウォーセンの森は間違いなく安全だったはずだ。今日だって王都方面へ売りに出かけていた牧場夫婦が、何事もなく帰還していたのをすれ違いざまに見かけた。
ゴーレムは完全な人工物。
ということは何者かがラドローズだけを襲う為に、ウォーセンの森を訪れていたのだろうか。木の薙ぎ倒れ方からして森の中心部から突如現れたらしい。
たが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「おい!ラドローズ!」
半泣きのラドローズに向かって大声を張り上げるミルド。
するとゴーレムが歩みを止めてこちらを振り向いた。勿論ラドローズも一緒に。
「おお!ミルド!やはり助けに来てくれたか!流石は妾の英雄じゃ!」
ゴーレムの手に収まっていたラドローズが顔を上げる。心底ホッとしたような笑顔だ。
「金貨1,000,000枚の話は本当なんだろうな!」
「な、なんじゃと?」
キョトンとするラドローズ。感情のないゴーレムだが、立ち尽くす姿は困惑しているようにも見えた。
しかし、ミルドはいたって真剣である。
「冒険者ギルドに依頼書を出しただろう!」
「確かに出したが……今は妾を助けるのが先じゃろ!」
「いいから言え!」
「ひっ……ほ、本当です!!お、お金なら沢山あります!!」
そこでミルドはニヤリと笑う。
卑しく歪んだ口元、金銭欲に燻った瞳はもはや人のものではない。
「目的地は魔王城だな?」
「はい……コホン……そうじゃ!!」
「よし、交渉成立だ……」
誰にも聞こえぬように小さく呟いたミルドは、道すがらで拾ってきた石ころをゴーレムの頭目掛けて投げつける。
開戦の合図だ。
突然の攻撃に一瞬たじろいだゴーレム。
その隙にミルドは木陰に隠れた。
「な、何をしておる!お主ならば一撃で仕留められるじゃろ!」
ラドローズが不満をあらわにする。
確かにミルドであれば、ゴーレムの高い防御力も容易く突破できるだろう。岩肌には斬撃が通らないとされているが、叩き潰せばいいだけだ。
(煩い奴だな……)
それをしないのは人質を取られているから。
自身の攻撃がどんな被害を及ぼすのか、ミルド本人も正確に測りかねる時がある。夢と希望が詰まった魔王様(金づる)を蔑ろにはできない。
ミルドが隠れているのはゴーレ厶から左方の木陰。
対象を見失って辺りを見渡しているゴーレムを尻目に、再び石を投げつつ後方へ移動する。撹乱作戦というわけだ。
近付かれては投石しつつ移動、を何度も繰り返していく。
縦横無尽に駆け巡り、自身の所在を更に不明確にしていった。その間ラドローズが野次を飛ばしていたが一貫して無視する。
苛立ち、ではない。混乱か不具合か。
操り人形であるゴーレムは術者によって目的という名の生命を吹き込まれている。それを全うする事こそが彼らの生きる意味だ。
今回の目的はおそらく「殺害」ではなく「拉致」。
いち早く邪魔者を退けて、召喚者の元へ戻らなければならない。
ラドローズを取り戻したいミルドにとって、まずはゴーレムをこの場に留めておく事が重要だ。
妨害を繰り返すミルド。「拉致」という最優先事項に、いつしか肩を並べる「邪魔者排除」の項目がゴーレムを侵していった。
操り人形の動きは、次第に正確性を失っていく。
「おえ……うぅ、そろそろ吐きそうじゃあ……」
ラドローズの呻き。
同時に、これまで隠れていたミルドは一気に距離を詰める。
ゴーレムの足元に滑り込み、股下を抜けていく。
遅れて、ミルドの背後で大きな衝撃音。
何も無い地面に腕を振り下ろすゴーレムの背中にまた、石を投げつける。
腕をそのままに薙ぎ払ってくるゴーレム。
だが遅い。ミルドは跳躍して性懲りもなく石を投げる。
コツン、コツン。
滑稽な音が何度も鳴る。
ゴーレムは片腕で一心不乱に攻撃を続けているがミルドを捉えられない。ラドローズを掴んだままの右手はもどかしそうに揺れている。
(そろそろか?)
頃合いを見て、回避の速度を一瞬落とす。
ゴーレムにようやく訪れた好機。ミルドに拳による攻撃が迫る。
「くっ……なかなか重いな!」
勢いよく飛んできたその拳をミルドは身体で受け止めた。
そして、ゴーレムが次に取った行動は──
「う、うわわわわわ!!!!」
反対の腕による攻撃。
ラドローズを握ったままの拳がミルドを押し潰すように振り下ろされる。
主に送り届けねばならない拉致対象は邪魔者と接近してしまった。
狙い通りの行動に、ミルドは成功を確信。
元々受け止めていた腕を抱き締めるようにして粉砕、新たな拳を再び受け止める。そして、その握り拳を力任せに開いていく。
「待たせたな」
「はあはあ……遅すぎるわ!!」
無事に解放されたラドローズに後ろへ下がるように指示をすると、ゴーレムの腕を思い切り引っ張って、ぐらついた胴体目掛けて渾身の正拳突きを喰らわせた。
ただの殴打、ゴーレムの身体は粉々に砕け散った。
「手、なかなか痛いな……」
「……馬鹿じゃろ、お主」
「お前を気遣ってやったんだ」
「感謝したいのは山々なんじゃが、妾はそれなりに傷付いても再生できるぞ」
あちこちで転がるゴーレムの残骸。
ミルドは疲労の籠もった大きなため息を吐き出した。
(こんな奴を魔王城まで送り届けなきゃいけないのか……)
依頼を受けた事に若干の後悔を覚えるが、報酬のことを考えて気を改める。
「とりあえず冒険者ギルドに戻るぞ。報酬金の支払い方法も話しておきたい」
辺りは真っ暗だ。空には星が輝いている。
いくらウォーセンの森が安全だとはいえ、魔物は出る。事後処理もしなければならない為、なるべく早く冒険者ギルドに戻るのが得策だ。
「報酬金といえばお主、ゴーレムと戦う前に確認してきたじゃろ?もし『金貨は冗談じゃ』と言ったら、どうしていた?」
「どういう意味だ」
「金がなくとも助けてくれていたか、と聞いてるんじゃ」
その問いにミルドは動揺したように視線を外す。
「……助けていたさ」
「絶対ウソじゃん」
平気な顔で明らかな嘘をつくミルドに、ラドローズは再び吐きそうになった。
「だが金貨はあるんだろう?」
仕返しのような質問。
ラドローズの顔色はゆっくりと悪化の一途を辿る。首筋を伝う汗は先程までは見られなかったものだ。
「あ、ああ……そのことなんじゃがな……その、もしかしたら金貨はそこまでないかも……」
「は?」
「……な〜んて冗談じゃ!!ハハハハ!!ハ、ハハ……」
鬼のような形相をしたミルドを見て、顔面蒼白になったラドローズ。
掠れた笑い声がウォーセンの森に虚しく響いた。




