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第1話:主人公は金の亡者


 銅貨1枚、パン一つ。

 銀貨1枚、革防具一式。

 金貨1枚、家一棟。


 硬貨の等価交換、それは世界の秩序であり、理である。


「銅貨7、銀貨4……?銀貨が2枚多いな……間違っているぞ、シャロン」


 報酬金の入った麻袋を覗いた男は首を傾げる。

 少々くたびれた革鎧を纏う大柄な体格に、ムスッとした表情と無造作に掻き分けた前髪。その横には背丈ほどもある片刃の斧が立てかけられていた。彼の名はミルド、冒険者だ。

 

 ここはヒューマン領に存在する国家のひとつ、スウェーズル国南西、『ウォーセン』という田舎町の小さな冒険者ギルド。昼下がりの受付口にはミルド以外の冒険者はいない。


「はい、この度ミルドさんに討伐して頂いたオークですが、隣国で特別討伐対象に指定されていたんですよ〜報酬金は上乗せされています」


 受付嬢シャロンはそう言って笑った後、「いつもありがとうございます」と感謝の言葉を付け加えた。

 

 深緑色の上着と胸に輝く金色のバッジは冒険者ギルド受付係の証。艷やかな黒髪を片耳にかけたボブヘアは清潔感を醸し出し、若者らしからぬ楚々とした佇まいはウォーセンの住人達からも称賛されている。加えて、かなりの美人である。

 机上に置かれた手帳は彼女の愚直な性格を表しているようだった。


「そうだったか」

「ご存じなかったんですか?ミルドさんのことですから狙い通りだったのかと」

「いや、隣国の情勢に興味はないからな」


 見事に言い切ったミルドは麻袋を腰につけたポーチへとしまった。相変わらずの仏頂面から感情は読み取れないが、その動きはどこか軽やかである。


「やはりお金、ですか?」

「ああ、金で開けない道はないからな」


 ──金で開けない道はない。

 これはミルドにとっての座右の銘、そしてその人柄を理解するのにうってつけな言葉でもある。そう、彼は金銭欲に取り憑かれた金の亡者なのである。

 

 こうして繰り広げられる恒例のやりとり。いつもであれば受け流しているシャロンだったが今日は違う。彼女の瞳には使命を果たすべく闘う者の魂が宿っていた。


「そんなミルドさんに良いお話があるのですが……」


 立ち去ろうとしていたミルドは動きを止める。

 

 多くの冒険者から信頼を勝ち得ているシャロン。

 それはミルドも例外ではなく、何度も"美味しい話"を紹介してもらった経験がある。


「良い話?」

「はい、そろそろ『ギフトスキル』を授かっては如何でしょう〜戦力アップで報酬もアップですよ」


 穏やかに提案をしてくるシャロン。

 しかし、その笑顔にはただならぬ圧力が滲み出ていた。


 厄介なことになったぞ、とミルドは大きなため息をこぼす。


「何度も言っているが俺はギフトスキルなんていらない」

「いる、いらないではなくて王宮からの指示なんですよ〜ウォーセンで未習得の冒険者はミルドさんだけですからね」

「……俺だけ?」

「はい。前回の儀式でスクラスさんが出向かれたので〜」


 『スクラス』とはミルドと同様にウォーセンの冒険者ギルドを拠点に活動している老人の名前で、これまた同じくギフトスキルに関しては抵抗の意思を示していた。

 

(あのジジイ、裏切りやがった……)


 皺だらけのスクラス爺とミルドは挨拶を交わすくらいの仲だったが、数少ない反対派だった為に仲間意識を抱いていた。それはあくまで彼の一方的なものだったが、その存在に心の何処かで安心感を覚えていたのは事実だ。 


「しかし、儀式は明後日だろう?今回は間に合わないだろうから──」

「今日の夕刻まで受け付けてますよ」


 ミルドの言葉を遮ったシャロンは1枚の紙切れを笑顔で差し出してきた。提供の速さからして予め準備をしていたのだと分かる。


 焦茶色の受付台に滑り込んできた赤い王宮印が目立つ紙切れには、儀式に関する案内が書かれていた。概ね把握していたミルドはそれらを流し見ながら思考を巡らせる。


 ──女神から与えられしギフトスキル。それは今から1年ほど前、突如として『女神教』の司教が声明を発表したことに始まる。

 

 「女神の御告げを承った」と高らかに第一声を放った司教は、数百年ぶりに女神と接触できたこと、職業・年齢問わずヒューマン族全員にスキルを授ける機会があること、加えて、その授与における概要などを説明したらしい。


 一連の出来事を端的に表現するのならば、「奇跡」という言葉が最も相応しいだろう。実際にスキルを得た者の中には平々凡々だった農民からA級冒険者にまで登り詰めた幸運の持ち主もいると聞く。

 元々スキルという概念はあったし、類稀れなる才能を持つ者は確かにいた。だが、その才能は今や「普通」と一蹴できる状況になってしまっている。


 しかし、そんな変革をもたらしたギフトスキルをミルドは「胡散臭い」と感じていた。

 

 突然すぎないか?どんな目的で?人体に悪影響は?

 当初、あちこちで挙がっていた疑問は声明から1年経った今も明確化されていない。しかし、今なお異を唱える者はゼロに等しかった。なぜなら、そんな疑問を吹き飛ばすほどの力を手に入れたからだ。


 ミルドと同じように躊躇していた国民達は、"当たりスキル"を引いた者の噂を耳にするや否や、志願者へ変貌。大陸の最西端に近いウォーセンでさえミルド以外の冒険者全員がギフトスキル持ちになるという有り様だ。


 また、ミルドはこうも考えていた。

 王宮を通してギフトスキルを貰えば彼らに借りが出来たことになり、やがてそれは足枷となるのではないか、と。


 シャロンの言う通り、羽振りの良い依頼は増えるのかもしれないが、自由を奪われてしまっては元も子もない。


 だからこそ──


「待て待て、シャロン。やはり俺は行かないぞ」


 ミルドはそう言って紙切れをシャロンの方へ押し返した。

 するとシャロンの表情は一瞬険しくなり、次は笑顔になった。目を細めて笑うシャロンの姿に覚えた感情は「安心」ではなく、「恐怖」だった。整った顔立ちはその迫力をより際立たせる。


(……終わった、か)


 コホン、とシャロンが咳払いをする。


「冒険者ギルドが王宮から支援金を頂いているのはご存知ですか〜?」

「ああ、だが俺達だって──」

「それと、私達冒険者ギルドは命令に従わない冒険者に罰則を与えられるのもご存知ですか〜?」

「……ああ」

「報酬金、なくなっちゃったりして」


 ふふっと笑うシャロンの目は穏やかではない。


 『シャロンちゃんだけは怒らせない方がいいぜ』

 細長の男のヘラヘラとした顔が不意に脳裏に浮かんだ。


「降参だシャロン」


 ミルドは両手を上げてため息を吐くと、ポーチを漁り始める。少し手間取ってから取り出したのは横長で少し厚みのあるカードだ。


 ミルド【D級冒険者】

 職業:斧使い

 スキル:──


 勲章もなければ上位スキルもない。我ながら弱そうだな、と自虐的な感想を抱きつつ年季の入った冒険者証をシャロンに手渡す。


「はい、ありがとうございます。ミルドさんならきっと良いスキルに恵まれると思いますよ〜」

「だといいがな。そういえばシャロンは行ったのか。冒険者でなくてもスキルは貰えるのだろう」


 ミルドは儀式参加の応募用紙に筆記事項を記入しながら、ふと気になったことを尋ねてみる。

  

「行ってませんよ〜私はただの受付嬢ですから」

 

 そう言ってシャロンは僅かに笑った。

 このようにいくらギフトスキルが強大だとはいえ、全員が授かったわけではない。戦いが好きな者が多いわけではない。


「そうか、俺もただの冒険者なんだがな」


 応募用紙を書き終え手持ち無沙汰になったミルドは、受付口の向こうで書き物をしているシャロンを眺めて待った。


(美人凄腕受付嬢、か)

 

 幼い頃からの付き合いであるシャロンがこうして立派に働いているのを見ると、不思議な気持ちになる。


「この際ですから昇級試験も受けてみては如何ですか」

「勘弁してくれ」

「あの、一応言っておきますけど〜今回達成して頂いた依頼は、『B級冒険者推奨』ですからね」


 暇そうにしているミルドを気にかけてかシャロンは書き物をしながら声をかける。

 と言ってもこれが他愛の無い世間話ならば有り難かったが、この話題はミルドにとって分が悪い。


 彼にとってギフトスキルは最近の悩みのタネだったが、昇級試験の方は13年前から付き纏ってくる、言うなれば呪いのようなものだ。


 冒険者ギルドにはランクがF〜Aまで存在していて、ミルドは下から数えたほうが早いD級冒険者。

 最下層のF級は見習い冒険者の別称でもある為、はたから見た彼の実力は初級冒険者程度と判断されるのだろう。いや、むしろこの年齢になっても成長できなかった落ちこぼれだ、と馬鹿にされるかもしれない。


 しかし、実力というものは階級で測れるものではない。


「そういえば今回のオークは少し変だったな。稚拙だが人語を操っていたし、どちらかといえば『魔族』に近かったようだ。まあ報酬が良ければなんでもいいんだが」


 ミルドはつい先程討伐した自身の数倍も大きなオークを思い出して顎を撫でた。今思えばそこらのオークよりも手強かった気がする。 


「ええと、『魔族』ですか?それはないと思いますけど〜それと、報酬についてはやはり冒険者ランクを上げれば良いのでは?」


 『魔族』という言葉に眉をひそめるシャロンだったが、話題は報酬の方へ流れていった。 


「【本部】の言いなり、という条件付きだろう」

「それはそうですけど……【本部】と言えば定期視察の時なんかミルドさんのせいで大変なんですからね〜前回はこっそり報告しようとしてたゴブリンロード討伐達成の書類が見つかっちゃって──」

「それは何度も謝っただろう」


 ゴブリンロードは本来A級冒険者もしくはA級相応のパーティでないと討伐は"禁止"されている。それを落ちこぼれであるミルドが単独で撃破してしまった為、冒険者ギルド、もといシャロンとは若干揉めたのだった。


「お詫びのランチ、まだ奢ってもらってませんけど〜?」

「ああ、分かってる。ただ……その、良い店が見つからないんだ」


 ミルドの言い訳にシャロンは筆を置き、肩片肘を立ててふくれっ面をする。そのあざとい仕草にミルドは頭を掻いてたじろいだ。

  

「本当ですか〜?はい、これ申請書です。【本部】の受付口に持っていって下さい」


 王都スウェーズルに建つ冒険者ギルド【本部】。

 その名前に相応しい立派な建造物は我々冒険者の活躍のおかげで幅を利かせているということを忘れてはならない。


 1枚の紙を受け取ったミルドはそれを半分に折り、ポーチへと無造作に押し込んだ。


「……昼食の件は王都から返ったら必ず」

「ふふっ、はい、約束ですよ」


 約束を交わすミルドとシャロン。

 昼下がりで閑散としていた冒険者ギルドには人の姿がちらほらと見え始めていた。唯一の受付口で長居する訳にはいかないとミルドは斧を背中に担いで帰り支度に取り掛かる。


「王都へは明後日までに行けばいいのか?」

「はい、こちらの方で当日の早朝、馬車を手配しておきます。『剣闘の集い』のアルシードさんと同行になりますがよろしいですか?」

「……ああ、構わない」

 

 一呼吸置いて頷くミルド。

 ついさっき脳裏にて登場した細長の男のヘラヘラとした顔が浮かび、同時に億劫さも感じた。


「ちなみに王都までは何時間くらいかかるんだ?」

「何事もなければ3時間ほどかと〜」

「……そうか、長旅になりそうだ」


ここまで読んで頂きありがとうございました。

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