動物無理人間
解せない。
そんな顔をした女子高生がアパートの一室に一名。にこにこの家主と共にいる。家主も同じく女子高生だろう。
解せないという顔をした女子高生は黒髪だが、インナーカラーにマゼンタを入れていて、なかなか攻めた感じのファッションをしている。ジーンズのショートパンツにニーハイソックス。半袖Tシャツに肩出し腕チラ見せ気味に羽織られたもこもこのカーディガン。Tシャツの肩口には切り込みが入っており、白い肩が剥き出しだ。
一方の家主は素朴な清純派といった感じか。黒髪をハーフアップにして、チュニックを着ている。黒いレギンスの裾がレースになっており、少しお洒落感を出している。
部屋の趣味はというと……もこもこ、もふもふしていそうなものがたくさんある。
そのことにノーメイクのギャルは驚いていた。
「あんた……もふもふ駄目なんじゃなかった?」
「もふもふしてるのは好きだよぉ。マフラーとか、フリースとか好きだし!」
ノーメイクギャルは我が目を疑うかのように清純派女子を見て、それからスマホを取り出し、画面を清純派女子に見せる。
清純派女子は音もなく消えた。見れば、肌触りのよさそうなブランケットをひっ被って震えている。
何をそんなに恐ろしいものを見せられたのだろう、とノーメイクギャルのスマホ画面を見てみると、そこに映っていたのは……
犬だ。
「なんでトイプードルに怯えるのかもわからないんだけど……」
「犬は等しく犬なの!!」
「よっこらせ」
じじくさい声で、ブランケットの塊の前にあぐらをかくノーメイクギャル。スマホを操作し、次の写真へ。
「赤トラちゃん」
「ひぎゃあああああっ!!」
清楚さの欠片もない悲鳴が谺する。ギャルは近所迷惑を思って顔をひきつらせた。
スマホに映っているのは猫である。みんな大好きにゃん公。けれど、このブランケットのおばけは猫も駄目らしい。
「なんで犬猫駄目で部屋がこんなもふもふまみれになるん?」
「犬猫駄目だからだよっ。写真を閉じて!」
「写真になんでビビんだよ……」
ギャルは電源ボタンをワンプッシュして、画面を消してやる。ほう、と溜め息を吐きながら、ブランケットから少女の顔が生えてくる。
このブランケットもこもこ星人……もとい、清純派女子は犬猫が駄目らしい。しかし、傍らに置かれたクッションは犬の毛並みもかくやという感じの毛足の長いもふもふふさふさクッションが置かれている。カーペットももこもこだ。謎にもふもふしっぽ風のキーホルダーが二、三ぶら下がる部屋。
こんだけもふもふもこもこふさふさが大丈夫で、何故犬猫が駄目なのだろう、というのがギャルの感想である。
というか、この清楚女子、犬猫のみならず、動物全般が駄目である。現物はもちろんのこと、液晶画面越しまでもが無理である。
ギャルと清楚女子が知り合ったきっかけは、見た目通りクラスのカースト上位の女子グループの輪の中にいる清楚が顔色を悪くしていたところをさりげなくトイレまで連れていったことだ。
世の中の大半は犬猫が好きだ。もふもふを嫌いという輩は八割方いないと見る。だがしかし、この清楚女子は残念ながら、残り二割の人間だったのだ。
世の中は多数決がほぼ絶対的な権力を持ち、マイノリティは蔑まれ、淘汰されていく。多数決でマイノリティにならない方法は二つ。概ね真っ当な意見を保つこと、権力者の意見に従うことだ。
権力者というと大袈裟に聞こえるが、それを言ったら「クラスカースト」という言葉も十二分に大仰である。顔がいい、コミュニケーション能力がある、勉強ができる。これら一つでも満たせばカースト上位に食い込める。もちろん、全て持てばカースト最上位といっても過言ではないだろう。
ギャルはマイノリティであった。勉強は中の上。コミュ力は必要最低限程度。顔は良くもなく悪くもなく。グレているわけではないが、制服を派手に着崩すタイプの典型的なギャルであった。ギャルらしくないのはメイクはしないというところだろうか。
一方の清純派女子は清純派なだけあって、顔よし、学力よし、コミュ力よし、どこにお嫁に出しても恥ずかしくないタイプの器量よしお嬢だった。お嬢というのは言葉の綾で、親は普通である。
動物が駄目というのを聞いて、よしよし、とギャルは慰めた。ギャルはマイノリティ故に、マイノリティに優しいタイプのギャルだったのだ。
SNSで犬猫等もふもふの生き物の画像が流れない日はない。世界規模のSNSならば毎日のように動画まで流れてくる始末である。犬猫を始めとするもふもふは可愛くて癒し。これはもはや世界の常識である。
そこに入れないとなれば、いくら顔がよくても、グループから追い出されかねない。追い出されなくとも、弄るネタとしては恰好の的だ。
「てっきり、もふもふは全部駄目なのかと思った」
「私の部屋、どんなだと思ってたの?」
「観葉植物とかある感じ? フローリング剥き出しの部屋」
「ふわふわもこもこは癒しなんだよ!?」
「はい、チワワ」
「ひぎゃ」
言っていることとリアクションの齟齬が激しい。
「なんで、ふわもこに造詣があって、犬猫が駄目なんだ?」
「そこに体温があるのがまず無理なんだよ。『生きてる~』って感じが! 無理!!」
うーむ、わからん。
画像に体温はないが、まあ「生きている」って感じがするのはわかる。わざわざ動物の死体を載せるのは害獣駆除専門家くらいなものだろう。
ただ、この部屋のふわふわもこもこふさふさのうちにも、動物の毛が少しは使われていると思うのだが。
「羊は無理だけど、羊から刈られた毛って要はフェルトや毛糸でしょ? そこまで気にしてたら生活できないじゃない」
「それはそうだけど」
まあ、確かに、刈られた毛に対して「生きている」とは思わない。
それでも、犬猫無理なのにこのふわもこ空間に住んでいるのは……理解に苦しむ。
「私だってふわふわしたものは好きだし、クッションもふもふして幸せになったりするよ! でもふわふわもこもこに命が宿ってるのが無理なんだよ!!」
「なんで?」
「わかんないよ……なんかこう、人間以外の生命体が怖いんだよっ」
本人でも言語化の難しい事象のようだ。
「……笑う?」
「笑わないよ。『なんかヤダ』ってことくらい、誰にだってあるさ」
理由は明確ではないけれど、もやもやするような、具合の悪いこと。例えば、ブラウスを第一ボタンまで締めることとか。
理解しがたいことを理解することは難しい。難しいことを進んでしたがる人間はそういない。そういう場合、このふわもこ動物無理人間は誰にも理解されないだろう。わかりやすくマイノリティに割り振られる。
ただ、理解できないからという理由で疎外するのは違う、とギャルは思う。まあ、とりあえず、そのふわふわのクッションは気持ちよさそうだし、もふもふのブランケットは温かそうだ。
今はそれだけでいいだろう、とギャルはクッションを盛大にもふった。