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ん  作者: NEET0Tk
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ん

「近寄るな」

「気持ち悪い」

「呪いがうつるわ」

「消えなさい」

「こんなもの、産むんじゃなかった」


 どうしてみんなそんなことを言うの?


 私、みんなに何かした?


「お、お父さん、テストで百点取ったの」


 頑張ったよ?


 だから


「そんなもの当然だ。ただでさえお前はいるだけで我が家に害を与えるんだ。せめて学だけは身につけろ」


 褒めて……欲しかったな。


「あ、あの、殿下。今日こそは共に」

「チッ!!」


 婚約者の彼の袖を掴むが、手を跳ね除けられ、まるで汚物に触れたように袖を払う。


「お前いちいちめんどくさいんだよ」

「で、ですが、これは殿下のお父様が決めたことで」

「だからなんだ。まさか魔女のお前が僕に指図するのか?」

「そんなつもりでは……」

「はぁ、もういい。二度と僕に構うな」

「……」


 肩を押され、地面に倒れてしまう。


 彼は振り返ることなく、どこかに歩き去っていった。


「……雨」


 まるで私の心模様を表すように、豪雨が降り注ぐ。


「あーあ、せっかく頑張って買ったドレスなのに」


 小綺麗な衣装がすぐに泥まみれになる。


 僅かなお金で彼に恥をかかせないようにと購入したものだけど、もういいのかな。


「あれ?」


 お陰様で目線が低くなった私はあるものに気付く


「ニャー」


 声


「猫……ちゃんだ」


 雨の中、寒そうにむずくまる子猫。


 体には同族から引っ掻かれたような跡、そして痩せ細った体は、まるで世界中に見放された私と同じようであった。


「大丈夫だから」


 優しく頭を撫でる。


 一瞬私の手から逃げようとしたが、まるで恐怖に慣れたかのように子猫は私の手を受け入れる。


 そしてすぐに、その手が攻撃ではなく温もりと気付いた子猫は目を少し細める。


「気持ちいいの?」

「ニャー」

「そっか」


 優しく、今までの分を取り返すように撫でてあげる。


「ふふ、可愛い」


 どうしてだろうか、今までと違って幸せな時間のはずなのに


「寂しいね」


 目元から雨が降る。


 どうしてか上手く目が開けられない。


「どうして……こんな目に遭わなくちゃいけないんだろうね」

「ニャー」


 この子も、私も、ただ生まれただけなのに。


 普通に生きて、普通に悲しんで、普通に笑う。


 そんな当たり前をどうして


「どうして生まれただけで奪われちゃうんだろ」


 憎い……と思える程、この世界に思い入れはない。


 希望を見出したわけでもない。


 ただ、死にたくないだけだった。


「ニャー」


 子猫が私に同情する様に鳴き声を上げる。


「君は優しいね」


 そう思った瞬間


「あ……」


 子猫の姿がブレる。


「ま、また勝手に」


 素早く手を下げる。


「あ」


 子猫もさすがに驚き、少し足を引き摺るようにどこかに走って行った。


「……帰ろう」


 子猫の行先が幸運であることを祈り、私は激しい雨の中を歩いた。



 ◇◆◇◆



 とある心優しい女の子がいた。


 貧困を救い、他者に気を遣い、常に笑顔を絶やさない素敵な女の子だった。


 ある日、少女は触れた生き物と全く同じ姿をした存在を生み出すことができるようになった。


 しかも、生み出した存在は従順で自身よりも能力が高いという性質があった。


「もう一人の自分がいれば、きっと沢山の人を助けられるね」


 女の子は楽しげにみんなにこのことを話した。


 結果として、二重影の有用性は瞬く間に世間に広がり


「おい、俺の代わりに学園に行け」

「分かった」


「メイクもう少し時間掛かるから私の仕事しといて」

「分かったわ」


 もう一人の自分に働かせ、自身は空いた時間を楽しむといった歪な世界が出来た。


「あー、今日も俺の代わりに行っといて」

「……そろそろ自分で行った方がいいんじゃないか?」

「はぁ?お前は俺の二重影なんだから俺に従えよ」

「分かった」


「仕事早くしてよね」

「……嫌だ」

「え?」

「もう……したくないよ」


 だが、当然ながら二重影にも人の心があった。


 二重影達の不満が昂ってきた頃


「ねぇ君達」


 心優しい少女は二重影達に話しかける。


「本当にこのままでいいの?」


 その言葉は反逆を意味していた。


 当然自身のオリジナルという理由だけで、自由を奪われるなど二重影達は許すことが出来なかった。


「このままなんて嫌だ!!」

「逆らいたい!!」

「ねじふせたい!!」

「変わりたい!!」


 二重影達の従順な性質は初期段階であり、時間経過と共に二重影達は自我を持ち始める。


 それが二重影の本当の意味での性質であった。


「じゃあさ、乗っ取ろうよ」


 優しい少女は既に違うものになっていた。


「自分よりも無能な奴らは消えてしまえばいいんだよ」


 そして反乱は瞬く間に広がる。


 今まで奴隷のように扱っていた二重影達の反逆により、人々は恐れ、慄き、混乱し、そして壊れた。


 そんな人々の弱った心を彼らが見逃すはずもなく


「お前の体、貰うぞ」


 二つは一つとなり、その体と心は奪われた。


「さぁみんな、仲間を増やそう。私達二重影だけの楽園を作ろう」


 一つの国から人間だったものが全てが無くなった時、初めて彼女の存在は認知され、そして討伐された。


 こうして少女は後に、魔女と呼ばれる存在となる。



 ◇◆◇◆



「……」


 私が教室に入ると、先程まで騒がしかった教室が静かになる。


「魔女だ」


 誰かがボソリと呟いた。


「おい、バレたらお前も乗っ取られるぞ」


 ヒソヒソと私を見ながら何かを喋るクラスメイト。


 別に嫌なら無視すればいいのに。


「おい」


 すると声をかけてくれる者が一人


「おはようございます、殿下」


 私は一応婚約者となっている殿下に頭を下げる。


「皆がお前を恐れて震えている。名だけの僕の婚約者であるなら、僕を立てて帰ってくれないだろうか」

「それは……」


 無理な話である。


 ただでさえ魔女と呼ばれる私が学を失えば、きっと生きていくことは出来ない。


 私の答えを察した王子は


「お前、本当に使えないな」


 苛立ちげに机を蹴り飛ばす。


「……」


 私にはそれを受け入れることしか出来ない。


「本当に彼女とお前は大違いだ」

「殿下、まさか本気で」


 教室の扉が開く。


 長く綺麗な黒髪の綺麗な女の子が教室に入ってくる。


「おお!!ヒカリおはよう!!」


 王子の顔は一瞬で優しく朗らかなものになる。


「おはようございます、エイト様」

「アッハッハ、いつも言ってるが様付けは要らないよヒカリ。俺のことは気軽にエイトと呼んでくれ」

「そうですか?じゃあおはようございます、エイトさん」


 王子と彼女が話している間に、私は机を直していると


「あ」


 目が合う。


「大丈夫ですか?机倒しちゃうなんてお茶目ですね」


 彼女は長い黒髪を揺らし、私の机を直すのを手伝ってくれる。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 私にも優しい笑顔を向けてくれる。


「恩人に言うにもあれだけど、例え殿下が許したとしても、様付けは外しちゃダメ」

「あ、そうなんですね。えっと……お名前は……」

「おい!!」


 怒りで顔を真っ赤にした王子がドカドカと近付いてくる。


「お前!!何故いつもそうやって僕達こ仲を切り裂こうとする!!」

「これは殿下とヒカリさんのことを考えーー」

「うるさい!!」


 言葉を遮られる。


「もうお前には我慢ならん!!」


 殿下はポケットから手袋を取り出し


「お前に決闘を申し込む」


 投げつけられる。


「殿下……それは」

「あまり僕を馬鹿にするな」


 王子は鼻を鳴らし


「そう、これは婚約破棄だ」


 クラス中で動揺が走る。


「そもそも魔女であるお前との婚約自体嫌だったんだ。父上も僕が頼めばこの件も許してくださる」


 殿下は指し示すように歩き始めた。


 場所を変えようとの意図であろう。


「……」


 この手袋を取れば、私は王子とのパイプという意味での存在すらもなくなってしまい、家から追い出されるのであろう。


 そして魔女と呼ばれる私が一般社会で生きられるはずもない。


「でも」


 少し疲れた。


 私は白い手袋を取り、王子の後ろについて行った。



 ◇◆◇◆



「勝負はどちらがは降参というまで、それでいいな」

「承知しました」


 戦闘の為に用意された広いフィールドに、私と王子が正面切って立つ。


 周りには噂を聞きつけた大勢の人々が集まっている。


「魔女め!!消えろ!!」

「そんなものが存在してるだけで害よ!!」


 罵詈雑言の嵐が私に受けられる。


「知っていたけど」


 知り、慣れ、耐えてきても、やっぱり辛いものは辛かった。


「王子頑張って」

「どうかそれをやっちゃって下さい!!」


 対して王子には多くの声援。


「さて、王子として皆の期待に応えないとな」


 王子が剣を構える。


 刃は削られているが、当たれば痛いでは済まないだろう。


 そこに、一切の躊躇いがないことは容易に分かった。


「これでも王子の為に頑張ってきたつもりですが」

「そうか」


 王子は何の感情も持たず


「それは何の意味もないことだったな」


 淡々と答えた。


「そう……ですか」


 そして私の心は決壊した。


「私は本当に……何のために」


 頑張り、耐え、生きてきたのだろうか。


「もう……嫌だよ」


 苦しくて、悲しくて、寂しくて、切ない。


「ごめんね」


 何度も


 何度も何度も何度も傷ついてきた胸に、ゆっくりと手を当てる。


「今日まで頑張ったね」


 せめて私だけでも私を褒めてあげよう。


「今日まで辛かったね」


 せめて私だけでも私を慰めてあげよう。


「今日まで……ありがとう」


 もう、楽になろうよ。


「今日まで」

「今日まで足掻いてくれてありがとう」


 突然、何かに私は包まれる。


「今日まで、辛い中でも生きていてくれて、ありがとう」


 鼻声の何かは、私に喋りかける。


「もう大丈夫、君は一人じゃない」


 熱く、苦しいくらいに抱き締めてくれる。


「もう絶対に、君を、エリーゼを不幸にさせない」


 生まれて初めて名前を呼んでくれたそれは、私と同じ顔、私と同じ形、だけど


「いいかクソ野郎共」


 その顔は希望に満ち


「可愛くて優しくて誰よりも強いこの子を傷つけようって言うなら前に出ろ」


 自信に満ち、そして


「残酷に殺してやんよ」


 邪悪で綺麗な笑顔だった。

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