第6話 vs.スノーウルフ - 3
工房の空気を入れ替えるために窓を開けたら正面にリリアナが立っていた。彼女はそのまま僕にキスをする。そして冒険者ギルドの方に歩いて行ってしまった。
ジークは早朝に出立すると言っていたからもうこの町――ロドスタニアにはいない。
今日も僕はゴーレムを造る。
「目標、スノーウルフ!」
あらためて口に出してみる。
獰猛な雪色の狼。僕のゴーレムは一瞬でやられてしまった。でもジークのアドバイスを参考に、試してみたいことがあった。
「自由な発想っ!」
いつもより少量の粘土を両手でつかみ取って、念入りに混ぜ、魔力を込めていく。たまにテーブルに投げつけて、平らに潰して、また丸くしてこねる。額から汗がぽたぽたと落ちる。
「……ふうっ」
充分に魔力を練り込んだ粘土を成形する。今度は人型ではなく球体だ。丸い球体にして、金属製のヘラで切れ込みを入れていくつか長細い溝を作る。その溝に粘土をつめて、片側だけを球体に繋げる。
「よしよし!」
僕は術石に触れながら中空を指でなぞり、命令コードを追記する。
リリアナの造る術石は、ゴーレムに対して細かい指示はできないけれど、1行だけ命令を追加することができる。カスタマイズを終えた術石をゴーレムの真ん中あたりにはめる。魔法を唱えるとゴーレムが固まっていく。直径15センチくらいの球体のゴーレムが完成した。僕が『展開』と命令すると、丸まっていたクモが足を延ばすように突起が出る仕組みになっている。
「これでスノーウルフに勝てるかも」
今日は台車使わずに両手でゴーレムを抱える。そしてそのまま鑑定院に持ち込んだ。
「こんにちは、セーシャさん」
「いらっしゃい。あれ、今日のゴーレムは……?」
「アドバイスをもらって自由な発想でゴーレムを造ってみました」
鑑定院の受付のセーシャさんは胸元を押さえ、僕のゴーレムをのぞき込んでくる。僕は持ってきたゴーレムを鑑定台にそっと置いた。
「バトルも一緒にお願いします。サイズはCです」
セーシャさんに必要な情報を伝える。
「それでは開始します」
セーシャさんの合図のあとすぐに音もなく鑑定装置から一枚の紙が出てくる。今回僕が持ち込んだゴーレムの鑑定証だ。
名称:なし
種別:不明
LV:1
魔力:G
攻撃:G
防御:D
総合:F
サイズ:C
以上、鑑定結果である。
「……大丈夫大丈夫」
レベルは1、総合評価も下から2番目のF。だけど僕には自信があった。
「それでは、バトル会場に転送しますね。今回もスノーウルフが相手です。シュルトさんはエリア外に転送いたします」
「はい」
セーシャさんは僕とゴーレムを魔法で地下闘技場に転送してくれる。
僕は最小のバトルエリア『ヤマト』の外に転送され、壁の内側には僕の丸いゴーレムが転がっていた。ゴーレムの正面にはスノーウルフの檻があった。スノーウルフは血走った眼で唸り声を上げながら、がんがんと魔法のケージに体当たりをしている。
『それでは開始します』
セーシャさんの合図によって檻が開く。
前回と同じように左右にステップを踏みながら、一目散にスノーウルフがゴーレムに向かってくる。
「スノーウルフをやっつけろ!」
僕のゴーレムはスノーウルフの鼻先で突き飛ばされる。魔法の壁に勢いよくぶつかったが、特に損傷なく地面をころころと転がった。続いてスノーウルフは僕のゴーレムを噛み砕こうと大きく口を開けてかぶりつく。
『展開っ!』
僕が叫ぶのと同時に、畳まれていたゴーレムの無数の突起が、花開くようにスノーウルフの口の中で一斉に展開した。きゃううんと子犬のような鳴き声をしてスノーウルフはのたうち回る。壁に体当たりをして、激しく地面に頭をこすらせ、悶えながら周囲に血を撒き散らす。
「よし」
『バトル続行不能です。スノーウルフをケージに戻します』
セーシャさんの声が耳に届き、僕は鑑定院の受付に転送された。
「シュルトさん、困ります」
なぜか怒られた。
「え」
「あれでは罠です。ここは闘技場です。スノーウルフを無力化させた発想は素晴らしいと思いますけど、バトルになっていません」
「あのゴーレムは自立して移動することもできます」
「ですが、」
「それなら同じサイズの人型ゴーレムを造って、両腕の先を尖らせて同じことをやらせます。それならいいんですか?」
「……う」
「確かにスノーウルフとのバトルに特化させましたけど、でもあれが今回造った僕のゴーレムの戦い方なんです」
「……承知いたしました。本件は私では判断が難しいのでエスカレーションします。結果は明日にはお伝えできますから、それまでシュルトさんのゴーレムはこちらでお預かりいたします」
「はい。よろしくお願いします」
僕は手ぶらで鑑定院を後にした。
セーシャさんを怒らせてしまったのかもしれないけれど、僕はジークのアドバイスで造り上げたゴーレムを否定されたくなかった。
【彼女の魔法完成まであと333日】