第5話 vs.スノーウルフ - 2
スノーウルフに惨敗した僕は、とぼとぼと帰路についていた。
ごろごろとゴーレムの残骸を乗せた台車を押す。夕日が背中に当たって長い影を作り出している。伸びた影の頭あたりに、その人は立っていた。
「よう、シュルト。元気か?」
落ち込んでいた気持ちが一瞬でどこかに行ってしまう。
僕は急いで駆け寄る。
「ジークハルトさん! どうしてここに!?」
王都に住んでいるはずなのに。
「呼び捨てでいいって言ったろ。ジークでいい。ちょっと仕事で立ち寄ったんだ」
僕はジークの上腕に絡みつくと、そのまま勢いよく持ち上げられる。がちゃりとジークの装備がぶつかりあって音を立てる。ジークはリリアナと一緒に300年前の僕を救ってくれた命の恩人だ。
僕は前の世界で兄と生き別れた。ジークはこちらの世界にやって来た僕のことを心配して、よくこうして様子を見に来てくれる。父親というには歳が近いし、兄というには歳が離れている。でも僕は実の兄のようにジークを慕っていた。
「お前さっき落ち込んでいただろ。またスライムにやられたか?」
「ううん。スライムは倒したよ」
ジークは意外という顔つきをしたけれど、すぐにまた笑顔に戻り、
「そうか! ついやったか!」
「うん。でもスノーウルフに一瞬で」
台車にある粉々になっているゴーレムを指差す。
今回は綺麗にできたと思っていたのに。
「スノーウルフと戦ったのか? 俺も冒険者になった頃、やつらの群れに襲われて危なかったことがある。そんなに簡単な相手じゃないぞ」
「はい。今日のバトルでよくわかりました」
「それじゃあ俺がヒントをやろう」
「えっ! 本当に!?」
ジークはリリアナから必要以上に僕の手助けをしないよう言われているらしい。でもリリアナの目を盗んでは僕にアドバイスをくれる。
「もっと自由な発想でゴーレムを造れ。人型にこだわるな。人間に似せれば似せるほど、ゴーレムは脆く弱くなる。そいつがいい例だ。俺の体格くらい大きなゴーレムなら話は別だが、1メートルもないサイズのゴーレムならその特性を生かした形造りや機能造りをしたほうがいい」
確かに僕は人型にこだわり過ぎていた。人間に似せて綺麗に造ることばかり考えていた。
以前スライムを倒した時の僕のゴーレムは、体に厚みもあって重心が下半身に寄っていて、いかにもゴーレムという体型をしていた。そっち路線に特化させたほうがいいってことか。
「それと、もう一つだけ良いことを教えてやろう。ゴーレム用の粘土に自分の魔力を練り込んだ後、何日か粘土を寝かせるといいらしいぞ。そうして作り置きしておけば作業効率が上がるし、より大きなゴーレムを造ることもできる」
「でも放置するとせっかく粘土に込めた魔力が離散しちゃうから」
「そこで術石の出番だ」
「あ、そうか」
「術石をはめ込んだ後、呪文を唱えずゴーレム化しないで取っておけば、込めた魔力は維持されるだろ」
「はい! その通りですっ!」
考えたこともなかった。ジークの言われた通りにすれば、僕の魔力を込めた粘土を劣化させずに保管することができる。もっと大きなゴーレムを造ることだってできる。
「じゃあ最後にもうひとつ」
僕の喜びようを見てジークも嬉しそうだ。
次から次とヒントをくれる。僕はこんなジークが大好きだ。
「ゴーレムの特性はその堅さにある。古代では城や砦を守るために大量に造られたのがゴーレムだ。攻撃よりもまず防御。かといって堅すぎても衝撃に弱くなってしまう。適度な柔らさも必要だ。木の棒で殴ったくらいじゃ崩れないゴーレムを目指すといい」
「ジーク、ありがとうっ!」
と言ったところで、急にジークのバランスが崩されて、僕は地面に落ちてしまう。
「ってえ! 誰だ!?」
彼女が無言で立っていた。
前蹴りのポーズで固まっているのは、僕にヒントを与えまくるジークに怒って蹴りを入れたからだろう。
「よ、ようリリアナ。お前も元気そうだな」
リリアナは頷く。
「そうだ。土産をもってきてやったぞ。ルーシーの手作りミートパイだ! 夕食にみんなで食おう!」
喋れない彼女――リリアナは親指を立てて嬉しさを表現する。
ルーシーとはジークの奥さんだ。とても清楚な美人で誰にでも優しく、ルーシーの前になるといつもジークは顔を赤くしている。結婚して何年たっても好きすぎてうまく喋れないそうだ。
この世界にやって来た僕は、1か月ほどジークたちの家に住まわせてもらった。2人は恋人になったばかりのカップルのように初々しく、見ているこちらにも幸せが降り注いでくるようだった。
「ルーシーは来てないの?」
「ああ。俺は王都からの要人警護の仕事で、たまたまこの町に来ることになったんだ。だからルーシーは留守番だよ」
「そんなぁ」
「そう言うな。あいつも会いたがっていたぞ。俺たち夫婦にはまだ子どもがいないから、ルーシーはシュルトのことを自分の子どものように思っているんだ。今でもシュルトがこの町で一人暮らしをしてるのが心配でたまらないらしい」
「僕はここに来て半年になります。もうすぐ10歳ですし一人でも頑張らないと」
「そうか。まだ9歳か。シュルトは大人びてるから安心しちまうけど、まだ9歳なんだよな……」
急に不安そうな瞳を向けてくるジーク。
「だ、大丈夫だよ。歩いてすぐのところにリリアナも住んでるし」
その言葉にリリアナは、こくんと頷く。
「本当に全然喋らないんだなお前。1年かけて唱える大魔法か……」
「ジークはどんな魔法か知っているの?」
「いや、何度聞いても教えてくれなかったよ。リリアナはいつだって俺の考えつかないことを考えていて、いつだって無理難題を解決してきた。今回も大丈夫さ」
「うん。そうだね」
「そろそろ暗くなってきたし、シュルトの家でメシを食うか」
「うん。すぐに工房を片付けて準備をするよ。ミートパイは石窯で温めなおす?」
「ああ。その方が何倍も美味い」
僕たち3人は工房に入る。
こね台の上を綺麗に片づけて、椅子を並べ、石窯の中に薪を入れて火をつける。僕はお酒は飲めないけれど、工房の地下にはちょっとしたワインセラーがある。リリアナは地下室からワインを1本持ってきてテーブルに置き、僕は温まってきた石窯にミートパイを入れて、簡単に二人のつまみになりそうな料理を作り始める。ジークとリリアナは武器や杖を壁にたてかけて椅子に腰かける。
「僕はいま幸せです」
「どうした急に」
「300年前……僕にとっては1年も経っていませんが、僕を救ってこの世界に連れてきてくれてありがとう」
僕は素直に感謝を述べる。
「いいって、そういうのは。照れるだろ」
リリアナはそうよ気にしないでと笑顔だけで示してくれる。
「僕はこの世界を守るためのゴーレムを造ります。だから見ていてください」
「おう。期待してるからな。そのうち、俺の剣の相手をしてくれるゴーレムを造ってくれよ」
「うん。まずは闘技場のモンスターを全部倒せるように頑張る」
「そうだな。あそこで一番強いのは、キマイラの亜種……カオス・キマイラか。俺とリリアナの二人なら楽勝だけど、俺一人だと厳しいな。魔法士がいないとキツイ」
「……ジークよりも強いの?」
途端に勝てる気がしなくなってしまう。
ジークは一流の剣士だ。少なくともこの町にはジークよりも強い剣士はいなくて、王都で5本の指に入る実力だと闘技場の人たちが話しているのを聞いたことがある。
でもたとえジークよりも強いからといって諦めるわけにはいかない。僕にとってのゴーレム造りは2人との絆で、彼女との盟約だ。
今日はジークから沢山のヒントをもらった。明日からまたゴーレム造りを頑張ろう。
【彼女の魔法完成まであと334日】