第4話 vs.スノーウルフ - 1
彼女は今朝も工房にやってきて僕にキスをする。キスの瞬間、互いの鼻が触れ合って少し恥ずかしかった。
僕はゴーレムを売って手に入れたお金を彼女に渡そうとしたけれど、彼女は無言でそれを押し返し、部屋から出て行ってしまった。
今日も僕はゴーレムを造る。
「次の目標は、スノーウルフか……」
本当はオオコウモリだったけれど、鑑定院のホーゼンフェルトさんが『スライムやオオコウモリよりも強く、スノーウルフよりは弱い』と昨日のゴーレムを評価してくれたので目標をアップさせた。
「頑張るぞっ!」
前回のゴーレムを造ったときのメモを見ながら、まずは同じ量の粘土のカタマリを取り出してテーブルにぶつけるように置く。
腰を入れて粘土を押し、できるだけ体を大きく使ってこねる。粘土が柔らかくなってきてから魔力を練り込みはじめ、少量ずつ長い時間をかけて魔力を行きわたらせる。
「きつすぎるーっ! うおおーっ!」
指先まで魔力を集中させる。金属製のヘラをつかって粘土を縦に千切りにし、それらをまとめずに今度は横に切り刻んでいく。ぱらぱらと細かくなった粘土片がまんべんなく混ざるように粒のまま混ぜてていく。そして大きな一つの塊にする。ね゛りっね゛りっ。重い手ごたえに抵抗しながら、僕は粘土をじっくりと人型に成形していく。
「っしゃあ!」
木製のデッサン人形のような人型のゴーレムが完成した。昨日より今日、今日より明日。僕は自分の成長を感じていた。仕上げとして彼女が作ってくれた術石をゴーレムの胸の中心に埋め込む。術石に触れたまま『我に従え』とだけ唱えると、ゴーレムが硬化していく。
リリアナは本当に凄い。
本来ゴーレムを造るには魔法の技術と知識がいる。詳しいことは分からないけれど、リリアナは魔法を術石の中に組み込み、僕が単純な呪文を唱えるだけでゴーレムが造れるようにしてくれている。
「うんうん」
少し手足が細いかもしれないけれど、とても人間に近いゴーレムが完成した。人間の体型をほぼ忠実に再現していて背丈も1メートル弱まで高くなった。ここにきて急に成形がうまくなってきた気がする。
もしかしたらスライムに続いてスノーウルフも倒すことができるかもしれない。スノーウルフと言えば、冒険者が命を落とすこともある雪原や雪山にいる凶暴な狼だ。僕は造ったゴーレムを鑑定院に持ち込んだ。
「こんにちは、セーシャさん」
「今日のゴーレムは人形みたいに精巧なんですね」
「はい。調子が良かったみたいでうまく形ができました。よろしくお願いします」
鑑定院の受付嬢のセーシャさんは、丸い眼鏡のフチに指をかけ、少し心配そうな顔をしていた。僕は鑑定装置に向かってゴーレムを歩かせた。
「バトルも一緒にお願いします。サイズはギリギリCです」
セーシャさんに必要な情報を伝える。
「ありがとうございます。始めます」
セーシャさんの目の前で、僕のゴーレムが鑑定台の上に立つ。音もなく鑑定装置から一枚の紙が出てきた。今回僕が持ち込んだゴーレムの鑑定証だ。
名称:なし
種別:人型
LV:2
魔力:E
攻撃:F
防御:F
総合:F
サイズ:C
以上、鑑定結果である。
「……あれ」
レベルは1から2に上がっているけれど、攻撃や防御がFだった。総合評価もF。どういうことだろう。何がいけなかったのだろうか。
「それでは、バトルエリアに転送しますね。今回はスノーウルフが相手です。危険ですからシュルトさんは会場の外に転送させて頂きます」
「はい」
セーシャさんは僕とゴーレムを魔法で地下闘技場に転送してくれる。
僕はバトルエリア『ヤマト』の外に転送され、僕のゴーレムは魔法壁の向こう側に立っている。その正面にはスノーウルフの檻があった。スノーウルフは口の中に納まりきらない大きな牙をちらつかせながら、がんがんと魔法の檻に体当たりをしている。
『それでは開始します』
セーシャさんの合図によって檻が開く。
左右にステップを踏みながら、一目散にスノーウルフがゴーレムに向かってくる。
「ゴーレム! スノーウルフを、」
最後まで言い切る前に、スノーウルフは僕のゴーレムの首元に噛みついていた。そのままの勢いで首を食いちぎり、続いて右足首に噛みつく。スノーウルフは大きく首を横に振り、軽々とゴーレムを魔法壁に投げ飛ばす。僕のゴーレムは壁に激突した衝撃で術石が外れ、そのまま崩れ去ってしまった。
「……どうして」
バトル終了ですというセーシャさんの声が耳に届き、僕は呆然としたまま鑑定院の受付に転送された。
【彼女の魔法完成まであと334日】