第3話 vs.スライム - 3
『それでは開始します』
セーシャさんの合図を皮切りに、グリーンスライムが跳ね寄ってくる。
僕は足元のゴーレムに対して、
「目の前のスライムを倒してっ!」
と言い放った。
命令を受け、とことこと確かな足取りでスライムに向かって歩き出すゴーレム。
どんっ
スライムからの体当たり。
僕のゴーレムは、その一撃を跳ね返して直立不動の姿勢を保っていた。前回の脆さとは大違いだ。再びスライムが体当たりしてくるが、そのタイミングに合わせてゴーレムが右の拳を振り抜く。
びちゃびちゃとグリーンスライムは四散して、地面にへばりついたまま動かなくなった。
これまでの苦労が嘘みたいに、僕は勝利を手に入れた。
「……やった」
『勝者、シュルトさんのゴーレム!』
「やったなー! ゴーレムのボウズーっ!」
少しの歓声と少しの拍手。いつも罵声を浴びせてくるギャラリーも今日は優しかった。たかがスライムに勝っただけだろと笑う人たちもいたけれど、初めてバトルに勝てた嬉しさで気にもならなかった。
僕は再度転送されて受付のセーシャさんの所に戻ってくる。
戻るなり、両手を握られ、
「おめでとうございますっ!」
「ありがとうございます、セーシャさん」
「私、ずっと心配だったんですよ! あまりにも残念過ぎるゴーレムばかり持ち込んできて! 鑑定料もバトル料も頂いているので何も言えませんでしたけど、リリアナ様の紹介でなければ、早々に転職をおススメしていたくらいです!」
セーシャさんのキラキラした瞳と一緒に眼鏡も輝いて見える。けれども感動したような口調で失礼なことを言われているような気も……ずっとオールG評価だったからそう思われても仕方がないか……。
僕は今回の鑑定料とバトル料を支払う。鑑定料もバトル料もリリアナから渡されたお金から支払っている。住居兼工房も生活費も彼女が用意してくれた。
僕がゴーレム造りに専念できるように、彼女は毎日冒険者ギルドで危険な依頼を引き受け続けている。
「あれ、いつもより安いですよ」
「初勝利ボーナスを差し引いていますから」
「え、そんなものがあるんですか」
「はい。駆け出しの冒険者さんは収入も少ないですから、バトルに勝利すれば少額ですがキャッシュバックされる仕組みになっています」
僕は冒険者じゃないけれどそれは黙っておく。
本来の闘技場の目的は、駆け出し冒険者の技能向上と聞いたことがある。対人と対モンスターでは戦い方がまったく違う。ここで本物のモンスターと戦闘訓練をしておけば実践前の大きな経験になるし、万が一のときも闘技場に常勤している魔法士からの救護を期待できる。まためったにお目にかかれない強いモンスターと戦うこともできるので、冒険者の腕試しの場としても利用されている。
「どうもシュルト君。もし良かったらそのゴーレムを引き取らせて頂きたいのだが……」
話しかけてきたのはセーシャさんの上司――鑑定院の運営管理をしているホーゼンフェルトさんだった。黒のタキシードに赤い蝶ネクタイ、先のとがったぴかぴかの革靴。長い口髭を触りながら、僕の返事を待っている。まだまだ完成には程遠いゴーレムを引き取らせて欲しいなんて、どういうことだろう。
「……いいですけど、こんなものが欲しいんですか?」
これまで僕が造った中で一番いいゴーレムだけれど、リリアナが望んでいるのは全然こんなものじゃない。手放しても惜しくない。
「こんなものだから欲しいのです。シュルト君のゴーレムは、かけだしの冒険者の訓練に丁度いいと思いまして。スライムやオオコウモリよりも強く、おそらくスノーウルフよりは弱い。幸いゴーレムは、術石さえ残っていれば再利用が可能です」
「それでしたらお譲りします」
「では商談成立、ですね」
ゴーレムは術石を埋め込んだ者にのみ服従する。術石を埋め込み直せば主を変えることができるけれど、ゴーレムから術石を正しく取り外すことができるのは創造主だけだ。そのゴーレムを造った者以外が強引に術石を外してしまうと、ゴーレムの体は崩壊してしまう。
僕は一旦ゴーレムから術石を取り出し、そしてそれをホーゼンフェルトさんに手渡した。するとホーゼンフェルトさんは流れるように小切手に金額を書いて僕に掴ませ、術石をセーシャさんに投げ渡した。
「ゴーレムと一緒に闘技場のレオに届けてくれたまえ。その際、術石はこちらで新たに用意するようにと伝えてくれるかな」
「かしこまりました。ホーゼンフェルト様」
いまはまだ駆け出しでも、その中の誰かはいつの日か有名な冒険者や英雄と呼ばれる存在になるかもしれない。僕の造ったゴーレムがそんな人たちの訓練の相手になるなんて。そんな風に考えると僕の胸は熱くなった。
【彼女の魔法完成まであと335日】