へぇ~お父さんはいつもこんなお風呂に入ってたんだね
郊外の住宅地にある表向きはごくごく平凡な佐藤家。実態は異世界帰りの女の子である父と青年(母好みのイケメン)になった母。そして先祖返りで女の子になる体質になった高校生になりたての兄と未だ何の変化もない(当たり前だが)中学2年の女の子である美衣の4人家族である。
未だ「モンスター」が跋扈し、毎年少なくない死傷者が出るこの世界では、特定の組織からはここの家族は貴重な戦力として組織に重宝されている。まだ高校生となったばかりの兄も「ジュニアメンバー」として活躍している。そのような意味ではまるで平凡でもない家庭だが、まあそれは裏の顔。表向きはごく普通の家庭なのであった。そしてこのような前振りをして恐縮ではあるのだが、今回のお話ではそのような裏家業は描かれないのである。
佐藤家のある一日。家族は「モンスター」退治へと出かけており、ゴールデンウィークに入ったばかりの家の中は陽射しが入って暖かい。しんと静まり返っている家の中にとんとんとんと軽い足音。1人で留守番中の美衣が階段を下りてくる足音だ。
新しい巻が出たために読みなおそうと、父に貸していたライトノベル(ラブコメである)を返してもらいに書斎の扉を開けた。「いるー?」……夕方であり、西日が入り他の部屋より暖かい部屋の中はがらんとしている。
あ、モンスター退治行ってたんだった。
若干の寂しさを感じつつも、部屋に入ると机の上にはパソコンと紙束が放置されている。どうやら何かを印刷したもののようだ。はて、とぴっちりと書かれている文章を読んでみて美衣は仰天した。こんな場所があるのかと。そして呆れた。こんなガイドを書いて何がしたいのか。ひょっとして売れるのかと思っているのだろうか。タイトルを見ても本物のガイドブックになるとは到底思えない。
父は異世界帰りだ。何かの儀式で女の子になり、魔法を使えるようになった。本人は魔術と呼んで区別しているようだが、美衣からはまるで区別がつかない。あちらではどこかの宗教団体の役職についていたらしいので、あちこちに顔を出す機会もあったのだそうだ。この文章はそんな時の体験談をまとめたのであろう。
~異世界の秘湯~地球の秘湯とは一味違うファンタジー浴場
私、ディアーナ・ローゼは異世界人である(誰から見て異世界人なのかしら)。地球では温泉大国日本で所謂「マニア」と呼ばれる程度には様々な秘湯を経験してきた(たまに振り回されるのでやめて欲しいかな。ボロ宿とか)。そんな私がこの世界で温泉を探し、入浴していくのであるが、地球ではありえないような驚きの温泉が存在する。この世界(確か大陸のの東部って言ってなかったけ)は一部の裕福な大国以外は未だ旅行は一般的ではない上に、目指すところが魔物 (モンスターみたいなのかな)のひとつでも現れそうな秘湯・野湯では人など皆無である。それでもいつの日か訪れる普通に旅行へ出かけるような幸福を得られたならば、どうかこの本のことを思い出してほしい。
前書きを読んだところで、これがどうやらアチラの人向けに書かれているあるらしい。「これ向こう向けに翻訳するの大変そう……」
不思議現象が満載の異世界において、名所と呼ばれるものについても当てはまるのである(あれっ! 不思議現象ってこっちの人から見ると不思議だろうけどアッチの人から見たら普通じゃないのかしら)。
有名なところでは聖都と呼ばれる都市がある。というか私が居住しているところであり、宗教都市として大陸東部の国々から人が集まる大きな都市である。夏は涼しいのであるが冬は雪が積もり、大変寒い。大変寒いのであるが、寒さを乗り切る手段がここにはある。
大聖堂が建つ丘の上から見下ろす景観と各所から湧き出る温泉だ。軽い傷なら一晩で癒す不思議パワーが溶け込んでいるのだ。何の成分なのか私にはてんでわからぬ。湯はエメラルドグリーンに輝く。比喩でなく普通に暗闇でもぼぅっとあたりを照らすのだ。
初めて見たときには、私は大変驚いたものである。
夜になると、あちこちの温泉が湧出して湯気が立ち上る個所がぼんやりと緑に照らされている光景は幻想的である。
ちなみに私が居住している宮殿に引かれている湯は無色透明である。MT湯である。以前から白濁した硫黄の湯を好んでいた温泉好きの親父的視点から見ると、MT湯は少し残念なところもある。毎日入るのだからこれはこれで良いのかもしれないが。どうやらこの街にはいくつかの湯脈が通っており、様々な効能が感じられる温泉を楽しめるというわけである。
とはいえ、私も聖女と呼ばれてしまっている身だ。おいそれとは街に出かけるわけにもいかぬ。というわけで住処としている大聖堂に引かれている温泉を利用することとなる。
まずは自分専用らしい浴室。私の部屋の隣にあるそれはある意味一番やばい温泉だ。なにせ一人で入ることが出来ないのだから。
浴室といってもユニットバスがすっぽりはまっているわけではなく、浴室と脱衣所と前室、それから介助人の控室からなる。浴室はそこそこの広さ。洗い場と頑張れば6人くらいはイケそうな湯船。全て石造りだ。ここに絶え間なく透明なお湯が注がれているのだ。なんという贅沢。しかし、ここの浴室はおいそれと使うわけにはいかないのだ。
介助人。ここには入浴する者を介助する人間が常駐しているのだ。そして利用者は私だけなのである。なんということだ、私は介助されてしまうのであった。以下に如何にして(シャレではなく)入浴するのか記してみる。
まず風呂に入りたいと思い立つ。大体は夕方の会食前(この会食も中々のものだ)であったりするのだが、遺憾ながら元々入浴の習慣がある日本人の親父がこの少女の中身であるので、飯前には風呂で出た後は冷たいのをキュッとやりたいのだ。故に入浴する。
入浴するにはベルを鳴らしておく。ちりんちりん。石造りの建物でそんな音が通るのか不安になるがどうやら通じているようで、不都合があったことは無い。自室を出て隣の浴場入口の前には既に介助人の人が待ってくれている。当然というかなんというか、女の人である。これがむくつけき男であったら今頃別ジャンルの書き物をしていたであろう。
ともかく今日の人は少々ベテランのおばさんであった。ふっくらしていて健康的である。「こんばんは。よろしくお願いしますね」と挨拶すると黙ったまま扉を開けて通してくれる。基本的には私に話しかけるのは宗教上の理由で禁止なのだそうだ。このおばさんに聞いたので確かである。話すのが禁止なのに聞いちゃったのである。基本的にこのおばさん(一応このおばさんと限定したが、基本的におしゃべりが大好きな生き物なのである)は話しかけていると、壁が決壊するのだ。ちなみにこの人の名前はレナさんである。修行の一環としてこの介助をしているのだとか。おしゃべり禁止も多分修行なのだ。いつも邪魔してすみません。
入ると簡素な椅子とテーブル。水と小さな焼き菓子が置いてある。入浴前に水分と糖分を採るのは理にかなっているらしい。バターが香ってきて中に挟んでいる何かのジャムの甘酸っぱさがいいね。何のジャムだこれ。ちらりとレナさんを見ると答えたさそうにウズウズしているのがわかる。聞かないでおきますか。
さて、次は脱衣所に入る。当然脱衣するが、レナさんともう1人で僧服を脱がされるのである。レナさんより若い女の人だ。このひとはまだ口をきいたことが無い。すっぽんぽんなったが、タオル的なものをくれないので丸出しで仁王立ちしておる。本当は前をタオルで隠したいのだが、両手は手をつないでる状態になっているので(ばんざいしたらあの宇宙人のような感じだ)、そのまま浴室へ向かうのであった。
最初の頃はもうこの辺りで帰りたくなっていたのだが、慣れるとまあなんとか気にならなくなる。手術室に入る前の心境のような感じである。ちょっと違うかもしれない。
浴室の扉が開く。中にはさらにもう1人色々準備して待ち構えているのであった。部屋を進むごとに1人ずつ増えていくのである。つまり、今浴室には4人。裸なのは私1人である。だが今の私は菩薩の如き心持でいたって平坦。
体を洗う作業は特筆すべきことは無い。なにかの油を塗られて何かの葉っぱで拭う作業の繰り返しだ。問題があるとすれば弱い箇所を触られると変な声が出るくらいか。あと弱いところを攻めるときのレナさんが浮かべる満面の笑み(無言)が怖いところか。
髪も洗われて割と(自分でゴシゴシやりたいところだ)さっぱりしたところで、ようやく浴槽に浸かる。
はぁ~っとため息が出る。もう少し広ければ泳ぎたいところであるが、まあやめとく。皮膚に纏わりつくようなお湯はいわゆるところの「美肌の湯」というやつだ。アルカリ性だとこんな感じらしいですね。元々長湯はしないたちだ。額が汗ばんできた辺りで浴槽から出る。
出るときは入るときと逆順で進んでいく。それもそうか。人数は前室まで3人のままなのだが、出た後のほうがやることが多いからだろうなと納得はしている。体を拭われ替わりの服を着せられてお茶を飲む。涼んでいるとノックが鳴る。飯だ飯だ!
さて、この大聖堂の敷地には私が把握しているだけで10以上の浴場がある。次回はそのうちいくつか紹介できたらと思う。
すいません、キーボード替えたので誤字多いかもしれないです。
5/17 変な書き方していたところを修正しました。
5/18 加筆&変なコピペミスっぽい文章を削除。