08. フルレコードセーブ
「そういえばミチル、あのモヒカンから都市通貨Pカードなる物を手に入れたんだが、5万Pぐらいあるそうなんで、払い過ぎた金の足しにするか?」
「いえいえいえ! それはカッタさんが受け取って下さい! 私は借用書が無効になっただけで十分ですから! それに、これからの生活は、だいぶ楽になりますので、本当に本当に十分です!」
なんや、ええ娘やな。
「そうか? なら、遠慮無くもらっとくわ」
「はい!」
ミチルが笑顔で頷いた。
「じゃー、なんか食べるか。奢るよミチル」
「え? 良いんですか!?」
ミチルが意外と喜んでくれた。
「いいぞ。さっき、食堂を紹介してくれたからな。あそこに行こうぜ」
「は、はい!」
……おっと、その前にセーブをしておかないとな。
モヒカン筋肉男に天誅を食らわしてミチルを助けるイベントを無事にクリアしたわけだし、しっかりとセーブで保存しておかなくてはな。
二度も同じ事をやるのは面倒臭い。
俺はメニューを開くが、そこには「ロード」は存在するのだが、「セーブ」は存在しなかった。
……なぜだ。
システム設定を開いてはみたものの、そこには音量調整やカメラの移動速度などのおなじみなものばかりで、やはりセーブが無い。
……分からんな。
「ちなみにミチル。セーブって分かるか?」
「せえぶ、ですか?」
ミチルがきょとんとしている。
どうやら、分からんようだな。
やはり、ゲーム内住民に関係の無いゲームシステムについては、聞いても意味が無いらしい。
俺は、仕方なく床に放り投げていたパッケージを手に取ると、その中から分厚い説明書を取り出した。
えーと、セーブはセーブはと。
「……あ、あの、カッタさん? 急にボーッとして、どうしたんですか?」
俺が操作を止めたからか、画面内のミチルが呆然と突っ立っている俺キャラを見つめながら、心配そうにしている。
「あー、悪い。ちょっと考え事をしているから待っててくれ」
「あ、はい!」
俺の言葉に安心したのか、ミチルは手を後ろにやって上半身を揺らしながらの待機ポーズに移った。
かわいいやんけ。
俺は引き続き、説明書を調べる作業に戻る。
最初の目次ページにセーブらしき言葉があったので、そのページを開いてみた。
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■フルレコードセーブ
プレイ開始から現在までの全てを記録できる完全自動セーブシステムです。
従来のゲームのように、プレイ中にセーブ行為をする必要は一切ありません。
ロードの際は、過去の好きな場面への、時間の巻き戻しの様なロードが可能となっております。
セーブ枠は全部で5個です。
※ただし、ロードを行うと、新しい箇所にセーブデータが作られて、新しいフルレコードセーブが始まります。空きが無い場合には、どれかに上書き保存を要求されますのでご注意下さい。
※ゲームを終了する時はメニューから「ゲーム終了」を選んで下さい。
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ということは、俺のプレイ記録が常にセーブされているから、いちいちセーブをする必要が無いわけか。
なにこれ、凄い便利。
ようするに、俺のゲームプレイデータがビデオ撮影で録画されているような感じということだよな。
好きな地点への巻き戻しロードも便利そうだ。
昔のゲームにも自動セーブは存在したけれども、時間経過とかチェックポイントなどで定期的かつ勝手にセーブしてくれるだけだったのだが、俺が知らない間に、凄いシステムが開発されていたんだな。
とはいえ、既にもう古いゲームなんだけれどもな。
このゲームはAIも何だか凄いみたいだから、このセーブシステムも少しイカれた凄腕の天才プログラマーが作ったのかもしれない。
ま、なんにせよ、セーブをチマチマしなくていいのは気楽でいいや。
俺は必要な情報を手に入れたので、説明書を床に放り投げた。
「待たせたなミチル。食堂に行こうぜ。道案内を頼む」
「はい!」
先程、ミチルにスラム内の案内を受けたのだが、全く覚える気が無かったので、ミチルに再度、案内してもらいつつお尻を眺めながら、食堂へと向かう。
スラム内に食堂はいくつかあるらしいのだが、ミチルにとってはここが一押しらしい。
看板には「玉将~スラム支店~」と書いてあった。
さっきも見たが、これ、アレだよな。
大手ラーメンチェーン店だよな。
名前がそのまんまだからコラボでもしているのだろう。
ただし、見た目の外装はスラム街らしい質素な食堂なので、ゲーム内の世界観にしっかりと合わせているようではある。
ま、ミチルが何やら瞳を輝かせているので、ここにしておくか。
「よし、入るぞミチル」
「は、はい!」
俺キャラとミチルが店内に入ると、カウンター内のスタッフが元気良く「らっしゃいませー!」と掛け声をかけてくれる。
俺キャラとミチルは自動移動でカウンター席に座ると、画面内に料理メニューの一覧表が表示された。
なにやらミチルがモジモジしている。
「どうしたミチル」
「あ、あの、玉将に入るの小さい頃以来でして……」
「そんなに久しぶりなのか?」
「は、はい。お父さんが生きていた頃に、お父さんとお母さんと私の三人で時々、食べに来ていたんです」
家族水入らずの思い出か。
確か、両親は既に他界していたんだったな。
「でも、借金で大変になってからは、外で食事なんて魔石の無駄遣いですから、とても来れなくて」
「そうか。なら、今日は借金完済祝いだ。好きなものを食べていいぞ!」
メニュー表を見た限り、どれも一品が魔石1個程度だから、平凡な価格帯だろう。
こんな若い娘がたらふく食べたところで、どうってことはない。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、食え食え」
「は、はい!」
ミチルは嬉しそうに頷くと、既に決めていたらしいメニューを俺キャラに示してきた。
「あ、あの、この『玉将の豪華ランチセット』を頼んでも良いでしょうか?」
なになに。
俺はメニュー表を確認する。
・玉将の豪華ランチセット
(玉将ラーメン、餃子(小)、鶏の唐揚げ(小)、チャーハン(小)、肉まん(小))
料金は2000Pか。
たくさんは食べられないけれども種類は食べたいという時のメニューだな。
「いいぞ。頼みな」
「やた! はい!」
ミチルは嬉しそうに店員に注文する。
俺キャラも玉将ラーメンを食べようかな。
俺キャラも注文を終えると、俺キャラの前に「玉将ラーメン」、ミチルの前に「玉将の豪華ランチセット」が並び、二人がガツガツと食べ始るアニメーションが表示される。
こういう生活感を感じられる食事モーションって良いよな。
一見、無駄なアニメなのかもしれないが、ゲーム内の雰囲気に浸れるというか、没入感を感じることができるから、俺は好きだ。
……というか、俺も小腹が空いてきたな。
俺はヘッドセットとコントローラーを装備したまま、部屋の食料備蓄箱を漁って、とんこつカップラーメンを取り出して準備すると、電気ポットからお湯を注ぎ入れる。
画面内ではミチルが夢中で食事を続けていた。
ミチルの食事アニメの表現が、本当に美味しそうに食べている感じが出ていてほっこりする。
「美味そうに食べるなーミチル」
「え? あ? はい! また、玉将で食べられるなんて本当に嬉しいです! ありがとうございますカッタさん!」
こんな状態でも、AIは会話対応してくれるんだな。
大したもんだ。
俺が食事を終了するボタンを押さない限り食事シーンはリアルに進むらしく、なかなか終わらないようだった。
一旦ゲームを停止か終了する事も考えたのだが、それならばと、俺もゲーム内の俺キャラと同じように、モニター画面の前でラーメンをすすり始める。
まるで、ミチルと一緒に食事をしているような錯覚を感じて、なんだか、妙に美味かった。