07. ミチルのスラム案内と借金取り
なんだったのだろうか、あの言葉は。
なにやら妙に格好良い台詞回しだったが、演出だったのかな?
まー、いいや、ゲームが再開されたことだし、続きを始めるか。
俺キャラを動かしながら、ミチルのスラム案内を聞いていく。
スラム内は活況があり、裸族な俺キャラや、ビキニと木の棒だけなミチルとは違い、行き交う人々はそれなりに装備が整った男や女の戦士が多かった。
ミチルと共に道具屋、武器屋、酒場、食堂、宿屋を見て回る。
「どうです? スラムとはいえきちんと揃っているんですよ?」
「みたいだな」
あと、さすがは日本製のゲームというべきか。
スラムという名のわりには、清潔感のある街である。
昔、とある海外製の中世ファンタジーなオープンワールドRPGを遊んだら、街中のモブ住民な男女達が「カーッ! ペッ!」とボイス付きで道端に痰を吐きまくる姿を見て、げんなりした思い出がある。
リアル中世ヨーロッパ辺りはう○こを道端に捨てていたらしいから、作り手もそういう発想になるのかもしれないな。
ちなみに、日本は昔からう○こを、ちゃんと集めて肥料にしていたらしいので、いくら中世な西洋風ファンタジーが好きでも、不潔さは見習わない、というか発想が無いのだけかもしれないが。
日本ゲームは今のままでいておくれ、絶対に真似はしない方が良いよ。
綺麗な生活感のある和製の西洋風ファンタジーは、とても素晴らしいと思います。
「最後に、防衛圏ギルド支店を見ておきましょうか」
「ギルドでは何が出来るんだ?」
「ギルドに入れば、資材集めや、討伐任務の依頼を受けたり、魔石の換金や、懸賞首の情報を調べたり、その報酬や懸賞金を支払ってもらえたり、専用アイテムや装備品の購入などができますよ」
「あとはランクをもらえるということか」
「そうですね」
「無職でもギルドに入れるのか?」
「それは無理ですよ。最低でも戦士にはならないと」
「どうやってなるんだ?」
「防衛圏ギルドで『ジョブクリスタル』が販売されていますから、それを購入して使用すれば良いだけです」
「なんだ、簡単だな」
「使用するのは簡単なんですが、お値段が結構しますよ? 私も購入資金を貯めるのに大変だったんですから」
「その最低クラスの戦士職でいくらぐらいなんだ」
「都市通貨20万P、小魔石200個分ですね」
それが高いのか安いのか全く分からんわ。
「つまり、魔石がお金で良いのか?」
「はい、魔石はお金です。ただし、都市通貨ポイントに換金しないと買い物はできませんけれども」
そうかい。
「なら、食堂での定食1食分はいくらだ」
「都市通貨1000Pなので、小魔石1個分ですかね」
1Pを1円と考えた場合、食堂での1食が1000円か。
ならば、ジョブクリスタルは小魔石200個=20万円相当になるわけか。
もはや、単位のポイントを円に置き換えれば良いだけだから、計算や価値判断としては楽だな。
しかし、リアルマネーで考えてみると、確かにお安くはないわな。
ただ、これはゲームだし、青アメーバ200匹分でしかないから、あとで狩りまくろう。
「ここですよカッタさん」
スラム街だというのに、しっかりとした石壁作りの大きくて広い平屋建てな建築物が目の前にあった。
「立派だな」
「それはそうですよ。なんたって人類の砦である防衛圏ギルドなんですから」
なぜかミチルが自慢げに胸を反らす。
でっかいおっぱいを俺に見せつけやがって、この淫乱ピンクが。
おっぱいパンチをしてやろうか!
などと俺が考えていると、防衛圏ギルドの入り口で立っていたモヒカン頭の男が、何かに気がついたという感じで、俺キャラとミチルの方向へと走り寄ってくる。
「――おい、てめぇぇ!! ミチルぅぅ! 見つけたぞぉぉ!!」
「――ひぇっ!?」
モヒカン頭は、質の良い服の上に革の胸当て、腰には平凡な剣を下げており、体格はしっかりとした戦士らしい筋肉男であった。
先程まで自慢げにしていたミチルが、一瞬で顔を青ざめながらガクブルし始めている。
ミチルの眼前まで詰め寄ったモヒカン筋肉男は、なにやら大層ご立腹のようで、額に青筋を浮かべながらミチルに罵声を浴びせかける。
「このクソアマ! 優しくしてやっていればつけ上がりやがって! お前、俺に隠れてへそくりを貯めて、ジョブクリスタルを購入したらしいな! そんな金があるなら母親の残した借金を返すのが人の道だろうが!! ああん!?」
「い、いつもの分割返済金はきちんと返しているもん! でも、金利ばっかりで元本は一切減らないんだもん……。だから、一生懸命に働いて余分に貯めただけだもんっ!」
涙目でミチルが反論するが、モヒカン筋肉男は更に怒りを増してしまったようだ。
「それは、お前が期限内に全額返せないからだろうが! それに、もっと稼ぐためにも娼館に入れと言っているだろ! というか、働いて余計に貯めていたなら、それも借金返済にあてろってことだよこのクソアマ!!」
「い、いやだもん! 私も防衛圏ギルドに入って、お父さんのように自由に楽しく生きるんだもん!!」
「母親と娘を残して死んだヘタレな父親なんぞ真似てどうする! お前は、その若い女の肉体で、人類の為に働く戦士様達を慰める方が、よっぽど世の中のお役に立つってなもんだろうが!」
「そんな、つまらなさそうな人生はいやなんだもんっ!!」
「このクソアマがぁ! 現実を見ろ現実を! 何が戦士職だ! 借金に追われているクソ貧乏なお前の装備を見てみろや! ビキニと木の棒だけだろうが! そんなクソ装備で魔物狩りなんぞしていたら、即死だ即死! そんなことはガキでも分かるぞバカ女!」
「うぅぅ……」
「とにかく、そんなクソ装備のまま、魔物狩りなんぞで死なれてはこっちは大損害なんだよ! せめて、今まで通りにスラム内で真面目に働けや!!」
さすがはスラム、話の内容が重い。
というか、ミチル、お前、アホの子に見えたけれど借金を返しながらも、更に働いて余分にお金を貯めてジョブクリスタルとやらを買って、夢の職業に挑戦していたのか。
お前、頑張りやさんな、ええ子やったんやな。
あと、そのほぼ裸族なビキニ装備は、ピンク色な髪ゆえのエロエロではなかったんやな。
俺と同じ趣味の裸族キャラかと思ってたわ。
そもそもさ、俺なんかさ、仕事を辞めたからリアル無職ニートだしさ、暇潰しに中古ゲームを買って全裸キャラでやりたい放題プレイ中なダメ野郎なんやで。
おっぱいパンチしてごめんな。
でも、きっと、またすると思うけど。
というわけで、ゲーム内突発イベントに遭遇したわけだが、俺は○ボタンを押して音声入力をONにすると、イベント会話に介入を試みることにした。
「おい、ミチル。借金はいくらあるんだ」
「え? えと、合計で都市通貨300万Pです」
300万円か。
でかいな。
「で、元本は」
「10万Pです。お母さんが食費が足り無くて借りたんですが、それから全然、返せなくて」
は?
10万円が、膨らみに膨らんで300万円だと?
「金利だけで、どれだけ返した」
「80万Pぐらいは、返したかと思います」
10万借りて、既に80万は返したわけか。
おうおう、元本の8倍も既に儲けておいて、更にミチルを娼館に沈めて荒稼ぎをするつもりなのかよ。
というか、それが目当てで恫喝しているようなものだろうな。
ミチルは若くて美人でおっぱいピンクだから、娼館に入っても人気が出るのは間違いないし、キックバックの報酬やらで更に儲けられるのは確実だろう。
おっと、これはゲームだったか、そこまでの設定は無いよな。
ただ、ゲームとはいえ、このモヒカン筋肉男はクソムカつくな。
「ミチル、木の棒を俺に貸せ」
「え?」
「いいから、貸せ」
「は、はい」
俺キャラがミチルから木の棒を受け取る。
俺はメニューからアイテム欄を開いて、分類の装備系に入っている「木の棒」を選択して装備した。
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◆名前 カッタ
◆職業 無職
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■レベル1
----------------------------
■体力 8
■魔力 0
■攻撃 4(↑1)
■守備 2
■魔攻 0
■魔防 0
■速さ 0
■運 0
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◆装備品
木の棒
----------------------------
◆スキル
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攻撃力が1アップしただけか、まー、無いよりかは全然いいだろう。
俺キャラの右手に木の棒が握られる。
俺キャラがモヒカン筋肉男の前に行くと、そのままモヒカン筋肉男の頭を、木の棒で思いっきり殴りつけた。
「――ガッ!?」
モヒカン筋肉男に「1」のダメージポップアップ。
体力バーも青アメーバよりかは少し長い。
くそ、木の棒が無かったらダメージが通っていなかったな。
こいつとのレベル差か、それとも身なりの良い装備をしているせいかもしれない。
「カ、カカカ、カッタさん!? な、ななな、なんてことを!?」
「バカ野郎ミチル! こんなクズ野郎は天誅だ天誅!!」
これこそがゲームってなもんだろうが。
「て、てめー! ぶっ殺してやる!!」
モヒカン筋肉男が剣を抜いて攻撃してくるので、俺はひらりと横転して回避する。
なんのなんの、アクションゲームってのは、当たらなければどうということはない、ってなもんよ。
俺はモヒカン筋肉男の大振りな攻撃モーションをすぐに見抜くと、右に左に回避しながら、一方的にタコ殴りにしていく。
「――ガッ!? グゴ!?」
モヒカン筋肉男の上に「1」ダメージが次々にポップアップしては消えていく。
死んで詫びろモヒカン野郎!!!
俺キャラの最後の一撃を食らったモヒカン筋肉男は、呻きつつ軽く吹っ飛びながら地面に倒れ込んだ。
ふん、強そうな見た目とは違って、ほぼザコ野郎だったな。
「――す、凄いですカッタさん!! 無職なのに、剣装備の相手を倒すなんて!!」
「よく覚えておけミチル。相手がどれだけ攻撃力があっても、当たらなければダメージは0だ!」
「――は、はい!」
なんだか、ミチルの俺キャラを見る目が、先程までとは少し違っているような感じだった。
「ほい、返すわ」
俺キャラがミチルの側でメニューを開くと、アイテムを渡す相手欄にミチルの名前があったので、それを選択して木の棒を返却した。
「ど、どうも」
俺キャラは次いで、倒したモヒカン筋肉男に近づいてボタンをポチポチと押してみると、案の定、俺のアイテム欄とモヒカン筋肉男のアイテム欄が開いた。
うひひ、そうだろうと思ったわ。
「な、何をするつもりですかカッタさん?」
俺キャラがゴソゴソしているのが気になったのか、ミチルが恐る恐る聞いてくる。
「命懸けの死闘をしたのだ。負けた方の身ぐるみを剥ぐのは、勝者の権利であり礼儀であり報酬なのだ!」
「え”!?」
俺は白目を向いてのびているモヒカン筋肉男の所持品を、全て奪い取ってやった。
・剣
・布の服
・革の胸当て
・ミチルの借用書
・都市通貨Pカード(5万P)
お、重要アイテム「ミチルの借用書」を手に入れたっぽいぞ!
これがあれば、モヒカン筋肉男に代わって、ミチルから借金の取り立てができそうだな。
しないけど。
「おい、ミチル。お前の借用書を手に入れたぞ」
「え!?」
ミチルが目を見開いている。
「ど、どうするんですかそれ!?」
「元本の8倍は既に返しているんだ。もういいだろう。破るぞ?」
「え? え?」
「というわけで、ビリビリビリー!」
俺はアイテム欄で「ミチルの借用書」にカーソルを合わせて、特別に表示されていると思われる「破り捨てる」コマンドを迷いなく選択すると、俺キャラが紙をビリビリと破く動作が表示された。
「あ、あわわ」
口をパクパクしているミチル。
「はい、というわけで借金はこれにて終了だなミチル」
「は、はい」
感極まってきたのか、瞳を潤ませるミチル。
「今日まで良く頑張ったな!」
「……うぐぅ、あ、あい!」
ミチルは両目を閉じてボロボロと大粒の涙をこぼしながら、ぶんぶんと顔を縦に振るのだった。