最後の一人
今日は講義に目障りな一団が居るが気にしないように
私の講義に価値がないと言い放った連中だ
なので今日は飛びっきり役に立たない話をする
それでは始める
引き揚げ者
そんな言葉があった
《館》が周辺地域を併合し一帯が大森林となった前後の時期に旧レーダと呼ばれる地区へと流れ込んだ人達のことだ
《館》周辺地域は大森林編入までに猶予として5年を待った
その5年の間にこちらへ来るものは来なさいと言うわけだ
帰郷するもの
移住を望むもの
正体不明の怪しい奴
そんな人達が流れ込み、旧レーダがヒバナ侯爵領と呼ばれていたそれ以前に比べその5年間で同地域の人口が3割も増した
中には一攫千金を夢見て乗り込み、結果、目論見は外れ、外との連絡を断たれてしまった者もいた
悲劇的な別れの話もたくさん
そうやって旧レーダは国を閉ざし大森林へと組み込まれた
と、ここまでは本題ではない
その後《館》では共化のための大公共工事が10年に及び
それまで槍を構え鎧をまとっていた原始人の如き彼らが槍をツルハシに変え
鎧を作業着に変え馬を重機に変えて大森林に尽くした
それは現地で狂歌時代と呼ばれ今に至る
ああ、誤字ではないよ
狂ったように働き明るい未来を歌おうだったかな?
何かそんな当時の流行り言葉さ
街に明かりが灯るまで半年
田舎の小さな村に至る隅々まで灯るまでで3年
動輪対応の道が行き渡るには流石に10年単位で時間を要したが
最初に加工品工場が出来ると皆こぞって子女をそこに勤めさせ
それを誉とした
大森林の各地域はは非分断の鉄則に従い惜しみのない援助を旧レーダへと行った
有名な一万台の銀輪という話もある
親か祖父母に聞いてみるといい
各地の学舎で「皆で新しい仲間に贈り物をしよう」と言う取組を盛んに行った時期がある、それがそうだ
中には明らかな不用品を送りつける者や古着の詰合せを送りつける者も多くいたそうだが
そんなゴミみたいなものや古着でさえも有難がって受け取ってしまうのが蛮族上がりの悲しさだ
あ、最後の言葉は忘れてくれ
その際、《館》の長も不要になった衣服を率先して旧レーダに寄付したのだがそれらはみんな博物館行きとなった
旧レーダで長は主人様と同じく崇められているからだ
この中に《館》出身者はいるか?
では家に帰ったら折に親か祖父母に白いハンカチを持っているか聞いてみるといい
《館》の長は周辺地域併合の折、全住人に白いハンカチを贈っている
今日からあなたも同胞だとの言葉を添えて
皆家宝にしたそうだ
墓に一緒に入れてくれと言うのも流行ったそうだな
言っとくが安物だぞ?
そりゃ何百万人に贈ったのだ
少しでも安い方がいいに決まっている
とまあそれもあって《館》では併合記念日に各家それぞれが玄関に白い旗を立てる
なかなか見事な光景だよ
街行く人は皆手に手に白い小旗を持ちその日を祝うんだ
「閉ざしましておめでとうございます」
それがその日の決まり挨拶で
子供達は白い旗を手に片端からその挨拶をして周り
大人はその子に褒美の菓子を与える風習になっている
《館》全般が大森林の中でさほど見落とりのしない生活を送るようになるまでには30年の時がかかった
それはおおよそ最期の引き揚げ者が戻って来た年と一致する
国を閉ざし大森林とする事は簡単だ
閉ざせばいいのだからね
しかしそれを円滑に進めるには内側だけでなく外側にも人が必要になるのだ
外側にでその日を迎えなければいけない人達は残念でしたでは済まない
閉ざしたのちに順次引き揚げていくのだ
あまり興味のそそらない話をしようか
《館》周辺が閉ざすにあたり協力した外側で一番の大物はテイコクと呼ばれる周辺一帯を支配する勢力の権力者の1人だ
彼自身はその地に残ったが協力の見返りとして子供の何人かを大森林に送っている
それも自身に手が及ばぬように妾に産ませた子達を
言っておくが彼の一族は依然として大森林の協力者だ
万が一外に出てしまった者を保護してもらう先は確保せねばならんのだ
外の協力者という者の大半は大森林へ加わる事を何らかの理由で拒んだ者達だ
大森林とそれを天秤にかけ、己にとって大切な方を選んだ結果そこに残ったという事だ
彼らとその子孫には大森林の秘密を守る代わりに何らかの加護が与えられている
それ使い蛮族の王になるもよし
宗教を始めるもよし
ひっそりどこかで集落をつくり暮らすもよし
その数が多いか少ないかは分からない
彼らのためにもそれは伏せられているからね
外界調査団などなら知っているのだろうが
いやいや、大脱線してしまった
話を戻そう
30年ぶりに旧レーダの街へと帰ってきた引き揚げ者はそれはもう驚いたそうだ
少年の日に信仰心からその役を買って出て
中年になり家族を連れて戻ってみれば
己を送り出した国よりも大きな宗教団体は観光施設になっていて
懐かしの街はまるでお伽の国
最後の一人という事で彼は特に厚く迎えられ《館》の長直々に出迎えたそうだ
記録があるよ
長は引き揚げ者の緊張をほぐそうと冗談のつもりで「おかえりなさい、お疲れ様でした。改めて大森林へようこそ、さあお湯でも浴びて外の匂いを落としてください」と笑顔で声をかけ
引き揚げ者「御無礼を致しました!」と言って這いつくばったそうだ
その場は凍りついたそうだが
正堂の洗脳教育はそれほどだったという事だな
彼のために「市民の為のファンファーレ」という曲が作られてる
彼はそれくらいには英雄だったのだ
多くの末期引き揚げ者がそうであったように彼にはその労に報いるための恩給が終生与えられ、それで余生を過ごした
働けと言われても余りにも違いすぎてもう無理だからな
朝から酒を飲んでは尋ねてくる人にホラ話を聞かせていたよ
私の覚えている彼はそんな人だ
会ったことが有るのかだと?
そりゃ有るさ
私の父の話だからな




