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ただの白い紙切れ

白札

現れたかと思えば、瞬く間に歴史の中に埋もれてしまった言葉だ


これは何か

僻地で行われた蛮族相手の交易の為に用意された交換手形だ

現在でも入手は比較的容易である

その理由の一つが価値を失った後もコレをお守りよろしく後生大事に保管している者がたくさんいたからだ


まず紙質だが短期間での回収を想定していたものらしくあまりよろしくない

形はお札宜しく長方形で縦長である

裏面は無地に発行年と通し番号が小さく書かれ

表面には蛮族から見れば複雑であろう模様が並び

中央に屋敷の絵が描かれ

その上下に「スズ札」と字体を変えて書かれている

そして屋敷の絵の下に細かな字で「この札は《館》の財を元に発行され、望めばそれを相応の物品と交換する」と書かれている


大きさは大小2種類あるが文面やデザインはどちらも変わらない

蛮族との交易は物々交換が原則である

となれば手形もまたそれに倣っている

ただ、ここでこの紙切れを私が取り上げだ理由

それはこの紙切れが金属硬貨による社会の営みを行なっていた蛮族達に換金など望まぬからとにかくこの紙を刷ってくれと言わせるほどに普及したからだ

蛮族の決して小さくはない国家で、経済を支えていた貴金属硬貨がこの紙切れに入れ替わってしまうほどに

更にそれは、その国家と交易をする別の国家にまで一部が渡り、交易紙幣として使用されていた程だ


この紙切れの発行にはワンワン様が深く関わっている

大森林では誰も見向きもしなくなった物やただ漠然と非常時の備えとして抱えていた物、廃却を待つばかりの売れ残り

そんな物を仕入れそれを担保としてこの紙切れを蛮族に握らせたのだ


一例を挙げれば

材料さえあれば工場で幾らでも作ることができる宝飾用の宝石

しかも未加工の物を

ガラス玉宜しくゴロゴロ転がる綺麗なだけの石ころを

彼らは欲し

農作物や精度の低い金属のインゴット扱いしか出来ない彼らの硬貨と交換したのだ


また、誰も手を付けない等級の低い酒や食用アルコールに色をつけただけの酒もどきにも彼らは財をはたき、それを手に入れる為に白い紙を求めた

そんな彼らの知らぬ所で日々価値の下がり続ける

数年でほぼ交換能力の無い紙切れと化したそれを、彼らはそんな事はつゆ知らずに求めた

いつのまにか、本来交易にのみ使われるはずだった紙切れは彼らの中で絶大な信頼を持つ紙幣となった

保管期限が何年も過ぎ、加工品用にしかならなくなった格安の麦を蛮族相手に金属と交換し

蛮族はその手に入れた麦で作ったパンを紙切れと交換する形で売ったのだ

いやもう訳がわからん

本来彼らはその麦を手に入れるためにインゴットを紙切と交換し《館》から手に入れていたはずが

己らの貨幣経済に取って代わるものとして蛮族内で流通してしまったのだ


余談だがこの紙切れが流通した蛮族の地で「三白」と呼ばれ、それを取り扱うことが商家としてのステイタスとされた大森林製の「小麦粉」「白糖」「食塩」の三つは白札との交換が絶対のルールとして蛮族達の間に定着していた


他には驚くべきことに大森林ではもう何のために作り保管しているのか分からぬくらい廃れてしまった煙草

ある時期、コレが大量に消費された

それも白札普及と蛮族相手の交易品として使われ

それに気が付いた「健康派」と呼ばれる一団がコレを行なっていた《館》行政府に抗議を行なっている

だが当時、「健康派」は驚愕する事となった

《館》側の代表として現れたのがワンワン様だったのだ

大森林世界において全ての長や王の上に立ち

如何なる行政府にも組みする事なく

その全てが己のものである《中央》すらその一切を知らぬと手放した気高き土地無しの王であるあのワンワン様が一体何故

未来から見ている我々からすれば驚くことでは無いが、当時の「健康派」は驚愕するしか無かったろう


ワンワン様は健康派の訴えを丸で取り合わず

大体ワンワン様相手に何かを言える人間もいないのだが

こんな僻地のことは放っておけ、それでもなければ息を止めていろと言って健康派を追い返し

健康派はせめてもの抵抗に《館》を不健康地域に指定した


閑話休題

そして白札はその役目を終える時を迎える

蛮族側の望みを受け入れる形で《館》が彼らとその土地を受け入れ、大森林となる事となったのだ

《館》行政府は頭を抱えただろう

自分達が受け入れる地域には自分達が押し付けばら撒いた紙切れが紙幣として大量に流通し

しかもその換金を受け付けねばならず

その上彼らが白札と呼び信頼している物は実は実態を超え大量に刷られた結果全く価値の無い紙切れである事を伝えねばならないのだ


だがコレらの事実も多少の不満程度で騒動もなく新住民達に受け入れられた

彼らは蛮族時代より良く調教されており

《館》行政府がそうだと言えば受け入れるようになっていた

言うなれば《館》の長は彼らにとって信仰の対象のようなものになっていたのだ

だがここで本当はこんなもん紙切れでしたというのは簡単だが、それでは新住民の生活が早速破綻してしまう

そこで《館》行政府は気持ち程度ではあるが白札と大森林紙幣の交換を行った


その資金もまたワンワン様が用意された

大森林経済の三分の一を握ると言われ、その蓄えは大森林全行政府全ての貯蓄を上回るとも言われるワンワン様であるが簡単なことでは無かっただろう

回収された白札は燃料として再利用された

だが多くの新住民はもう二度と白札が刷られる事はないと知ると、皆多かれ少なかれそれを残すことにした

自分達の出自を示す何か

そんな意味合いで


興味はないかとは思うが一応白札が彼らが新住民となる直前にどの程度の価値があり、それがどの程度で換金となったかだが

彼らが大札と呼んだ大型の白札一枚を手に入れるには1日の労働が必要だった

そしてそれは白銅貨5枚と交換された

学舎生の行くような店のランチセットがようやくと言った所だろうか

無論、新住民となってからは大森林の通貨が給金として彼らにも支払われ

それは大森林の法が定める額とされた

まあ全員がゼロからスタートすることになったと思えば諦めもつくのだろうが

ちなみに小札と呼ばれた小さい方の白札は10枚で白銅貨一枚だ


ここでオマケ話をしよう

新住民がまだ蛮族であった頃

既に白札に書かれている文字は解読され、それの正式な名がスズ札である事は知られていた

「スズ」とは《館》の長の名である

彼らは白札に己らが信仰する《館》の長の名が付けられている事を知ると歓喜したらしい

誇らしくも我々は魔法使い様の恩名を頂いた紙幣を預かっていると

長のことを魔法使いとはなんとも蛮族らしい表現だが

この言葉は《館》では定着し、今でも長のことを魔法使い様と呼ぶ慣わしとなっている

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