愛しい子
キィの死んだ亭主?
ああ、ユミヒコの事だろう?
覚えてるよ
私はキィのオシメを取り替えた事だってあるからね
はっはっは、役場に長く勤めると色々あるのさ
うーん
それには先ずキィの家のことも少しばかり話さないと
長くなるよ?
キィの家系は代々農家でね
まあご存知の通りそこそ裕福だよ
蔵もあるし
だが人を雇うほどでは無いかな
もちろん収穫なんかはご近所総出で手伝うのさ
まあ田舎では珍しくもない事さ
それにあの家の血族の殆どは街に出てしまってね
そりゃこんな田舎より街の方が良いだろうさ
キィの父もキィの娘の夫達もみんな街で働いて、畑仕事は女ばかりさ
キィの家に出入りしてる偉そうなちっこいエルフの女の正体?
そこは気付かないフリをしなきゃ
それでキィなんだけどね
アレは賢い子でね
まだ20になるかどうかって頃には本を読んで字を覚え、親や兄弟達の教科書をめくって計算やらを覚えてしまうような子でね
もうこの子に学舎なんて必要ないななんて思ったものさ
アレは確か、確か
ちょっと待って
うん、キィが六百になる少し前だね
キィの家に男が赤ん坊抱えてやって来てね
聞けばキィの父方の遠縁で
年賀の挨拶くらいでしか知らない様な間柄
そう、耳なしのね
もう親戚とかそんな感じでもないよ
でも女房に逃げられ
抱えた赤ん坊なんかは周りにワンワン様の子にしてしまえなんて言われ、縋る思いでキィの家を訪ねたんだと
ん?ああ、父がエルフでも母が耳なしならその子は耳なしだ
だからキィの家系に耳なしがいてもおかしくはないんだ
男はどうかどうかと頭を下げ
キィの母もキィの様な人だったからね
いいよいいよと言ってその子を預かったのさ
で、その子をお前が子を産んだ時のためだって言ってキィに面倒を見させたのさ
まあキィも妹達の面倒を見たことがあるからね
しょうがないなとか言って育てることにしたのさ
おんぶして畑仕事をしたり夜泣きだと言ってあやしたりオシメを取り替えたり
中々の母親っぷりだったよ
あぁ、ユミヒコが熱を出した時はひどく騒いでいたね
なんせホラ、私らエルフは病なんてかからないし
熱が出たなんて言ったら大怪我した時くらいだからね
医者を叩き起こして診察させて
ん?医者?トカゲのお爺さんだよ?
それに呆れた様に言われていたよ
耳なしの赤ん坊なんてひと月に一度は熱を出すもんだって
笑い話だね
キィも色々頑張っね
ユミヒコの為に鼻をつまんで肉料理を耳なしから教えてもらったり、魚をさばいたり
味見くらいはしてたと思うよ
で、おんぶからちょこちょこ歩き回る様になった頃か
ユミヒコも学舎に通う年頃でね
うん、耳なしの子は直ぐに大きくなるから
五つか六つかそれくらいさ
余程ユミヒコが可愛かったんだろうね
キィも学舎に通うなんて言い出してね
皆んな呆れてたよ
お前が今更何を学ぶんだって
いや、エルフの大人が他種属の子供に混じって学舎へ通うのは珍しくはないんだ
ただね、言っただろう?キィは天才ってヤツさ
問題を見せられたら途中式なんかすっ飛ばしていきなり答えを書いちまうような
そんな《山田》始まって以来の天才が子供の手を引いて私も小学舎へ通いますなんて言うんだからね
私らエルフの女は他種属の男、特に細身が好みな男達には全員美形に見えるんだろう?
私に言わせるなら目医者に行きなさいって話なんだけど
まあそれでもキィは私らから見ても美人だね
そんなキィにユミヒコの同級生たちはちょっかいを出さずにはいられないんだけど、ユミヒコがね、キィの前に立っんだよ
可愛いね
いやいやキィもやっぱり男の子だって嬉しそうにしていたよ
まあキィにちょっかい出そうとしたのは子供ばかりじゃないんだけど
手を出そうとした大人はキィにチョイと捻られて悲鳴を上げるのがオチさ
アレの母も凄かったけどキィはそれに輪をかけてってヤツだね
ああ、ちなみにその時の学舎の学長が私
男性教師達が本当に悲鳴を上げるのが面白くてね
何があっても知らん顔してたよ
耳なしの子はあっという間に育つからね
ユミヒコが十五か六になった頃だったと思うけど、キィを捕まえて言ったんだ、そろそろ子離れしたらどうだって
キョトンとしてたね
うん
キィの二つ名を知ってるだろう?
そうさ《狂人》さ
天才とナントカは紙一重ってヤツだね
私らの常識なんてキィにはわからないのさ
ユミヒコかい?
うーん
成績は中の中と中の下を行ったり来たり
キィは困った困ったって嬉しそうにしてたけどね
いや、耳なしとして育ててたよ
ああ、キィにもちゃんとそれは分かってるさ
ああ、コレはキィも隠してもいない事なんだけど、キィはユミヒコとずっと風呂と寝所を共にするのをやめなくてね
ユミヒコだって色々あるしもう一人でって何度もキィに言ったみたいなんだけど
まあキィだからね
その度にユミヒコが反抗期だって嬉しそうに困ったフリをしてたよ
ユミヒコが思春期を迎える頃には周りはもうキィの子離れは諦めてたよ
ん?ユミヒコかい、キィの事はずっと「キィ」って呼んでいたよ
自分の母親だって自覚はあったろうけど
母親で同級生で女性
よくそんなの相手に正気だったと思うよ
キィがユミヒコを婿にすると言い出した時は周りもうあっそうって感じで
何言ってもムダだろうってのとやっぱりなってのが半々
ユミヒコ?
そりゃ苦笑いしてたよ
その時の役場の窓口は私だったからね
よく覚えてる
それからしばらくはキィも落ち着いたと思ったんだけど、初子を授かった後は発情期が来るたびに子をこさえていたね
最後の子のアコなんてユミヒコが七十の時の子だ
耳なしの七十なんて私らの五千くらいじゃないか
本当にユミヒコは頑張ったよ
キィもキィでね
ユミヒコの事を死ぬまで可愛がっていたよ
白髪が生えたって言ったり
シワが出来たって言ったり
その度に素敵だ素敵だって
ユミヒコかい?七十二の夏に畑で倒れてそれっきりさ
そりゃ私もコリャ大騒ぎになるかもって思ったけどね
いやそれがね、キィは落ち着いたもんで
何時も甲斐甲斐しくユミヒコの面倒を見てたのと同じ様に葬式やらなんやらをね
せっかくお昼に素麺を茹でていたのに無駄になったなんて溜息をつくキィをみて逆に心配したくらいさ
葬式が終わるとそれまで断り続けていた盾への誘いを受け入れてね
まさか其れがセン様に決闘を申し込むためだったとは恐れ入ったね
キィは頭が良くて面倒見が良くて性格も良い
その上《山田》から出た初めての醜い盾
ここだけの話ってわけでもないんだけど
魂が見えるって言うトカゲのおっさんがキィの事を見ると何時も首をひねるのさ
こんなのは他に見たことがないって
あの子は魂まで特別なんだろうねぇ




