無情に響く天の歌
俺、無常 黒芭の日々に安息はない。なぜならこいつが居るから。
「ねぇ、今日は天気も良いし、帰りにどっかで遊んで帰ろうよ!」
「はぁ?嫌だよ、金もそんな無いし……。第一、俺等受験生だろうが。」
『そんな呑気にしてていいのかよ。』と言ってやれば、目の前の女、響 天音はだって~と頬を膨らます。大方、帰って勉強をしたり、受験について考えるのが嫌なんだろう。
高3に上がってからと言うもの、このやり取りも慣れたものだった。いつもなら、この辺りでバンド仲間の望月辺りが乱入してきてうやむやになるか、3人で出掛けるかなんだが……今日に限ってアイツは休みだ。なんて間が悪い、と、一人でこっそりため息をつく。
「じ、じゃあお金かかんない場所でいいから!ねっ、お願い黒芭!!」
おねだりするように俺の腕にしがみつき、上目使い(俺の方が背が高いので自然とそうなる訳だが)で見上げてくるその姿に心臓が跳ね上がる。全く、こいつは人の気も知らないで……。
「付き合ってくれたら、私の秘蔵の棒つき飴ちゃんもあげるから!なんと、ソースたこ焼味だよ!」
「いや、そんな不味そうな飴は要らねーよ……。」
ソースたこ焼味の飴ってどんなだ!?と一瞬驚きで逆に頭が冷えた隙に、天音の肩を掴んで腕から引き剥がす。このまま引っ付かれていたんじゃ、色々と限界だ。
「ちょっと、黒芭!帰っちゃうの!!?」
両腕をブンブンと振り回して騒ぐその姿にほんの少し苦笑して、首だけで少し振り返る。
「金のかからない所で良いんだろ?屋上でも行こうぜ。」
そう言った瞬間、天音はまた俺の腕に飛び付いて来ていた……。犬かお前は!!
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自分の提案で屋上まで来たものの、別に学校の屋上なんて面白い物も何もない。
最初は物珍しそうにあれやこれや眺めていた天音も、日が傾く頃には飽きたのか次の学園祭で歌う新曲の練習を始めた。
『黒芭も一緒に歌おうよ!』と言われたが、こんな声が人の多い校庭にまで響きそうな場所での自主練は遠慮したい。
と、言うわけで、さっきから俺は何をするでもなく、ただ天音の歌声を聴いている。
(相変わらず、楽しそうに歌うよな……。)
夕陽に向かって軽やかな歌声を響かせるその横顔を少し離れた位置から眺めながら、思えばこいつは最初からそうだったなと過去に想いを馳せる。
初めて天音に出逢った頃の俺は、周りの目から、双子の兄弟なのにアイツと常に比較される毎日から、どうにも逃げ出したくて。
唯一好きだった筈の音楽にすら、光を見いだせなくなっていた。
そんな時、たまにひっそりと弾いていた俺のギターを聴いていたと言う変な女が現れてこう言ったんだ。
『貴方の音楽が必要なの!』……と。それが、天音だった。
天音は始めから強引な奴で、一度目をつけられたらもう、なし崩しに振り回されるしか無かった。何時の間にやら、バンドの仲間に入れられ、ギターだけじゃなくボーカルにも回され、休日には親睦だなんだと遊びに連れ回され……。
本当に、戸惑うことばかりだったけれど。今は……感謝している。天音のお陰で、俺は俺の音楽に、向き合う勇気が湧いたから。
ーー……だけど、この道に進むのは、アイツと離れる道と同義だった。
誰にも言っていないが、卒業したら俺はプロの道へ進もうと思っている。当然大学へは行かないし、仲間と普通に会うことも出来なくなるだろう。
……そうなれば、きっと。“ただのバンド仲間”の内の一人の俺は、アイツの記憶から、消えるだろうから。
「黒芭~?どうしたの、ぼけーっとしちゃって。ちゃんと聴いててよね!」
「はいはい、ちゃんと聴いてるって。」
だから今のうちに、この自由な歌声を、俺の耳に焼きつけて起きたい。
天音が俺を忘れても、俺は、アイツを忘れないように。
だけど、いくら手を伸ばしても、その歌声は……夕陽に溶けて消えていった。
~無情に響く天の歌~
『届かないなら、掴めないなら。知りたくなかった、そんなもの。』




