シスコン王子は残念だが敵にまわすと怖い
明日から平日(ボソッ
現在、エンディリオはレーナから店で起きた事件の詳細を聞いている。先ほどのリーナを前にしたときのデレデレな雰囲気は消えており、鋭い目付きとなっている。
「概ね把握した。報告ご苦労」
「いえ、それでこの件は警備隊に任せるべきでしょうか?」
「いや、事件の現場にリーナが王女だと知っている人がいたら厄介だ」
「確かに、知らなかったとはいえ、王族に手を出した者に対して何もしないのは問題がありますね。アレインスター家の方から男の身柄を預かるべきでしょうか?」
「通常であればそうなのだが、その男は過去に冤罪で捕まった可能性があるのだろ?そうなると、男の処罰に対して意見が分かれるはずだ。そうなると事件と関わったリーナに飛び火する可能性がある。それだけは何としても避けたい。…仕方ない。レーナ、その男を『穏便に消せ』」
「…承知致しました」
あの男も実際のところは分からないがある意味では被害者である。もし、男の言っていることが正しければ、冤罪で捕まり、それに対して過激な方法で文句を言っただけなのである。それに、手を出そうとしたとはいえ、エイリーナには指一本触れることはできなかったのだ。うまくいけば、そこまで重たい罪にはならないはず。仮に釈放直後にまた罪を犯したと考えられても、死罪には絶対にならないほどのことである。それなのに身分を隠した王女が自ら関わって、相手はそんな相手を攻撃してしまったがために死罪を求められる。聞く人が聞けば、「理不尽だ!」「横暴だ!」と思うだろう。そうなれば、王家の信頼にほんの微々たるものとはいえ、傷がついてしまう。そして、エイリーナにも必ず何かしらのことを言ってくる人が出てくるだろう。
かと言って、そうなることを恐れ死罪以外の判決をくだせば、王族に手を出したにしては罰が軽すぎるため、王家の威厳に傷がつく。
どのような判決をくだそうが王家に傷がつくのであれば、その原因を消せばいい。穏便に。
レーナは考える、もしあの男の死をエイリーナが耳に入れてしまったら?エイリーナは自分が切りかかられたとはいえ、あの男は被害者だと思っている。もちろん人質をとり、騒ぎを起こしたことは罰せられるべきだと考えている。しかし、あの男がそこまでのことを起こした原因もちゃんと突き止めるべきであると。そんな優しくて、正しいが最適ではない考えを持つエイリーナが男の死を耳に入れてしまったとき、男を追い詰める原因となってしまった自分に責任があるのではないか?エイリーナはそう考えてしまうのではないか、と。
レーナは止めるべきだったのだ、事件に関わろうとするエイリーナを。
自己嫌悪に陥り始めているレーナを見てエンディリオは気まずそうに声をかける。
「…あぁ、今回の件はそこまで責任を感じる必要はないぞ。…もとはと言えば、俺がレーナに『エイリーナにはやりたいことをやらせてあげてくれ』って言ったわけだし…」
「…いえ、今回の件は流石にとめるべきでした。言い訳のしようもございません」
「…なら先ほど言ったことを絶対にやり遂げろ。それが罰だ」
「はい、必ずや」
「リーナは大人しそうに見せて、こういうところがあるからな…それにまだ若い。これを機に少しは成長してくれるとありがたいのだが…」
「その成長を促すのも私の務め、此度のエンディリオ様の温情に必ずや応えてみせます」
「リーナのこと、今後とも頼むぞ」
そういうとエンディリオはリーナとリリーのもとへと帰っていく。それを見送ったレーナもエンディリオからの命令を実行に移すため、その場から音もなく消える。
ーーー
エイリーナはリリーと喫茶店で向かい合って座っているが、会話はない。エイリーナは初対面での失礼な態度もあり、かなり気まずそうにしながら紅茶を飲んでいる。全くもって関係のない話だが、エイリーナの好きな飲み物はメロンソーダだ。今は少し大人ぶっている。
「…先ほどは失礼な態度をとってしまいました。すいません」
先ほどからニコニコとこちらを見ながら同じく紅茶を飲んでいるリリーの視線に耐えかね、話を切り出す。
「大丈夫よ。リーナさんは全然失礼な態度なんかとってなかったわよ」
「…ありがとうございます」
「やっぱりあの時取り乱していたの?」
「お恥ずかしい話なのですが、あの時の私はどうかしてました」
それを聞いてリリーはさらにニコニコし始めた。エイリーナはそれを見て、セラネリアスと話をしている時のような感覚を覚えた。さすが彼女の友人を名乗るだけのことはある。
「それって、大好きなお兄ちゃんのリオ君をとられると思ったから?」
「……ぶっ!ち、違います!…私は、別に……」
いきなりのことでエイリーナは紅茶を吹き出してしまう。何とか弁明しようと試みる彼女だが、全く言葉が続かない。
「隠さなくてもいいわよ。あの状況でリーナさんが取り乱す原因ってそれぐらいしかないじゃない」
「…」
リリーの揶揄うように言われた図星の言葉にエイリーナは顔を真っ赤にするだけで、何も言えなくなってしまう。
さすがに揶揄い過ぎたと思ったリリーはエイリーナに安心させるように声をかける。
「誰にも言わないから安心して。それに、私とリオ君がそういった関係になることはないから大丈夫よ」
エイリーナはリリーの言葉を聞いて、隠しても無駄だと思い、胸の中に想いを打ち明けた。きっとそれには、リリーのどこか人を安心させるお姉さんのような雰囲気も関係しているに違いない。
「むしろ、そうなってくれた方が良かったのかもしれません……そうしたら、私もこの想いに区切りをつけることができたかもしれませんから」
「ううん、それは無理でしょうね。貴女の気持ちはきっとその程度じゃ消えないわ」
「…そうですか……」
エイリーナはエンディリオに愛する人ができたらこの想いに一つの区切りをつけれるのではないかと淡い期待を抱いていた。そして、同時に感づいていた、この気持ちはその程度では消えてくれないことを
あまりにも残酷だ。叶うはずのない想いは何をしても消えてくれないのだ。それに、この想いに刺激が与えられると、それは胸を突き刺してかき乱す痛みに変わる。
「それは今後も辛くなりそうですね…」
「恋ってね…そういうものなの。私は恋をしたことはないけど、お父さんがそうだから。ところで、貴女はその気持ちを隠していくつもりなの?」
「はい。相手が相手ですし、こんなの王族の恥さらしなので言えませんね」
リリーはエイリーナの自嘲を含んだ言葉を聞き、何かを懐かしむように目を閉じる。次に目を開いたとき、その目はとても真剣にエイリーナを見据える。
「もし、その想いが大きくなりすぎて耐えられなくなったら、ちゃんとリオ君に伝えるのよ。……自分の大切な人がいつまでも傍にいられるとは限らないのだから……失ってからじゃ、遅いからね」
「それは!…できません。もし、リオお兄様にこの気持ちを告げたら、絶対に嫌われます!…何せ兄妹ですから。こんな想い…普通じゃないから」
「そんなことないわ。貴女が一番分かっているはずよ、リオ君はその程度で貴女を嫌ったりしないはずよ。むしろ、泣いて喜びそうだわ。会ってまだ二日だけど、それくらいはわかるわよ」
「…そうですね。リオお兄様はきっと真剣に向き合ってくれますね。リリーさんの言う通り、大喜びしてくれるかも」
「ふふっ…元気になったみたいね。それに、嫌われてなくて安心した」
「嫌ってなんかいません!ただ、昼間のこともあって、少し気まずかっただけです」
「それはよかったわ!」
それからしばらくエンディリオ達が帰ってくるまで談笑して時間をつぶすことにした。
「すまん。長い間待たせてしまって…」
「いえ、大丈夫ですよ。リリーさんとおしゃべりしていたので」
「ええ、楽しかったわ!」
「二人が仲良くなったみたいでよかったよ」
「リオお兄様…昼間はすいませんでした」
「俺は気にしてないから大丈夫だよ。それに、リリーにも謝ったんだろ?」
「はい。……ところでレーナはどこに?」
「レーナは買い忘れがあったみたいだから、それを買いに行ったよ。だから寮までは俺が送っていくことになった。……リリーすまないが先に帰っていてもらえないだろうか?」
「了解。晩ご飯の用意をしておくわね」
「ありがとう。…それじゃあ行こうか」
エンディリオは会計を済ませると店を出て、リリーと分かれ、エイリーナと寮へと向かう。
「今回の件はさすがに出しゃばり過ぎだぞ」
「申し訳ございません。人質を取られているのを見たら身体が勝手に…」
「今回はリーナが王族であることを隠していたからいいけど、王族として出ていたら、相手の首が飛んでいた。…俺たちの名前にはそれだけの責任がある」
「…っ!そうですわね…」
エンディリオは泣きそうな顔のエイリーナを見て、そっと頭に手をのせる。
「リーナはまだ若い、それに、過保護に育ててきた俺たちにも責任がある。これから学んでいけばいいさ…同じ失敗を繰り返さなければいい」
「…ありがとうございます」
エンディリオはエイリーナに笑顔が戻ったのを確認すると、懐から腕輪を取り出した。その腕輪は金色の輪っかに一つだけ赤い宝石が埋め込まれた、シンプルなつくりの物であった。
「これからずっとこれをつけておいてくれ」
「……これは何でしょうか?」
いきなりのエンディリオからのプレゼントに内心どぎまぎしながらも、何とか詳細を聞く。
「この埋め込まれている宝石には術式と俺の魔力を大量に入れてある。リーナがこの宝石に魔力を込めて、頭の中で俺に呼びかけると、高位の防御魔法が発動して、且リーナの位置を俺の持っている宝石を介して教えてくれるというものだ。本気で窮地に陥った場合、発動してくれ」
「分かりました。ありがとうございます!」
エイリーナはそう言うと、腕輪をつけた。つけた腕輪をぼんやりと眺めながら歩いていると、いつの間にか二人は寮についていた。
「それじゃあ俺は帰るが、今日はもう外には出るなよ」
「はい、もう外に出る予定もありませんので」
「学校が始まっても、会うことはほとんど無いと思うから今言っておくが…頑張れよ」
「ありがとうございます!私の卒業までの目標は、王族として恥ずかしくない女性になることですから!…頑張ります!」
エイリーナがそう言うと、エンディリオは安心したように微笑み、来た道を引き返した。
エンディリオは一人歩きながら考える…
(リーナはこの学園で成長しようとしている…そこに俺は必要ない。むしろ、邪魔な存在だろう。だから、遠くから見守ろう…そして、彼女が自立したとき、俺は…そっといなくなればいい…)
それは、きっと遠くない未来の話。エンディリオはそんな訪れるか分からない、しかし訪れなければならないと考えている未来のことを思いながら、不意に溢れ出そうになる気持ちを抑えるためにそっと目を閉じた。
エンディリオさんは妹のためなら何だってする最強のシスコンです。