触らないで!私に触れていいのはお兄ちゃんだけなの!
ちゃんくろ自炊やめるってよ
レーナは制止の声を無視して歩きだしてしまったエイリーナを慌てて追いかけた。レーナは本来であれば、すぐにエイリーナを止めることができただろう…しかし、今回は反応が遅れてしまった。一瞬だが、エイリーナを怖いと感じてしまったのだ。
レーナが三人のいる場所に近づくと話声が聞こえてきた。
「おはよう!リーナは今日も凄く可愛いな~」
さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへやら、妹の前では相変わらず残念なエンディリオにレーナはいつもはため息の一つでも吐いていたかもしれないが、今回は少し安心してしまう。
しかし、エイリーナからはまだ不穏な空気が漂っている。
「リオお兄様、そちらの方はどなたですか?」
「…この人は昨日からお邪魔させてもらっている家の主のリリーだ。ちなみに、セラ姉さんの親友だ」
妹の素っ気ない返しに心を痛めながらも質問に答える。
エンディリオは残念な対応をしているが、ちゃんとエイリーナのただならぬ雰囲気にも気が付いている。そして、その正体にも… そして、心の中はさらに残念なことになっている。
(え?リーナ、今嫉妬してる?…やべぇ可愛い!)
「初めまして。私はリリーよ」
「初めまして。エイリーナと申します。そちらにいらっしゃるエンディリオ様の妹でございます」
「話はセラやリオ君から聞いているわ!…話を聞いて予想はしてたけど、それ以上の可愛さだわ」
「言っただろう、リーナの可愛さは言葉だけでは表現できないと」
いつものエイリーナならば「何、恥ずかしいこと言ってるんですか!」と照れ隠しで叫んでいたに違いないが、今の彼女にはそんな余裕はない。少し落ち着いた今でも、黒い何かが胸の中でざわついている。
「…そうですか。それでは私は買い物があるので、これで失礼します。リリーさん、今後ともリオお兄様のことをよろしくお願いいたします。」
「…ええ、任せてちょうだい!」
「リーナせっかく会ったのに…」
「すいません。リオお兄様……レーナ行きましょう」
「は、はい。…エンディリオ様、リリー様、失礼いたします」
レーナはようやく三人のもとへたどり着いたと思ったら、すぐにエイリーナはレーナに声をかけて早歩きで立ち去ってしまった。レーナは慌ててエンディリオとリリーに声をかけて、エイリーナを追いかけた。
一方、エイリーナはそんなレーナを気遣っている余裕はなかった。一秒でも早くあの場を立ち去らなければ、自分が何を言ってしまうかわからなかったから…
(これって…嫉妬よね?……リオお兄様への気持ちに区切りをつけるって言いながら、リオお兄様が女の人と話しているだけでこれって……笑っちゃうわね。それに、リリーさんいい人そうだったのに失礼な態度をとってしまったわ…)
エイリーナは初めて感じた気持ちに戸惑いつつも、リリーに対しておこなってしまったそっけない対応に申し訳なさを感じていた。
「リーナ様、待ってください!そんなに早く歩くと危険です」
「え?…ごめんなさい。気がつかなかったわ」
「気分がすぐれないようでしたら…」
「大丈夫よ。ちょっと自分に呆れてただけだから」
「…そうですか。何かあればお申し付けください」
「ありがとう、心配かけてごめんなさい」
エイリーナが初めて感じた嫉妬という黒い気持ち。これが今後、いい方に転ぶのか悪い方に転がってしまうのか、今はまだ分からない。しかし、レーナはこれ以上は今は触れない方がいいと判断し、深く追求せずにエイリーナを見守ることにした。
「それよりもお腹がすいたわ。リオお兄様達はあそこのお店に入ったみたいだし、私達はこっちにしましょう」
「はい、リーナ様」
レーナは幾分か雰囲気が戻ったエイリーナを見て安心し、店に向かって歩き始めた彼女の後を追いかけた。
ーーー
エイリーナとレーナは昼食を終え、店を出た。なぜか二人は腹を満たしたにもかかわらず、何とも微妙な顔をしていた。
「何というか…個性的な味だったね?」
「そうですね…次の機会があれば、エンディリオ様達の入ったお店に行きましょうか」
「そうね。それがいいわ」
二人が感じた個性的な味…甘いの後に辛いがきて、美味いと思ったら急に苦味が押し寄せてくる。
美味しいと思う瞬間も確かに存在するのだ。故に、個性的な味…ただし、もう食べることはないだろう。
そんな個性的な味に何ともいえない気持ちになりながら、二人は目的の日用品売り場へと足を運び始めた。
「日用品売り場は初めてね。大抵の物はここで揃うのかしら?」
「はい。ただ、ここで買うものが多いので、今日はここで必要なものを買ったら一度寮へと戻らなければなりません。残りの買い物は後日することにしましょう」
「分かったわ。とりあえず、一通り見て回りましょうか」
店の中に入ったエイリーナはまず、その商品多さに驚いた。そして、普段からあまり目にしないものもたくさんあるため、言葉にはしていないが、どこかウズウズしている。端的に言えば、兄と同じ反応をしている。
居候のエンディリオとは違い、エイリーナ達は一から部屋の整理をしなければならなかったため時間がなく、二人は買い物のリストを用意していない。そのため、二人は店を全部回り、見落としがないようにすることにした。もっとも、エイリーナのウズウズの具合を見るに、結局全部見て回ったのであろう。
エイリーナがレーナに「あれは何?」「これはどこで使うの?」と質問しながら、店を回っていると、突然レジの方から悲鳴が聞こえてきた。
「なに⁉︎」
「リーナ様、私から離れないように!」
「ええ。…悲鳴の聞こえた方へ行くわよ!」
「…まったく、王族だというのにアレインスター家に大人しい方はいらっしゃらないのですか」
レーナはトラブルに自ら突っこんでいく主に、そしてその遺伝子を持っている者に愚痴を零さずにはいられなかった。
二人が事件の現場にたどり着くと、そこにはエンディリオに見つめられてあわあわしていた女店員さんを人質にした男がいた。
「お前らは俺の人生を狂わせたんだ!だからその分の金をよこしやがれ!」
「お、お客様…何かの、間違いでは?」
「間違いなわけあるか!俺は三年前ここで冤罪をかけられたんだ!」
――曰く、普通に買い物していたらレジのところで突然裏に連れて行かれて、「マジックリーダーの読み取りの部分に細工をしたか?」当然、身に覚えのなかったことなので「やっていない」と答えたが、取り調べをすればするほど怪しいと言われ、牢屋に入れられたそうだ。何でも同じ商品でも男が持っていた商品だけが細工されていたそうだ。
しかも、男は普段から店の中で大声で怒鳴ったり、女の店員がいれば、必要以上に声をかけたり、酷い時は触ったりしていた。
そのため、男の信用はほとんどなく、牢屋に入れられるまでは早かったそうだ。
今もなお叫び続けている男に対してエイリーナは声をかける
「あなたの言い分は分かりました。ですが、そこの店員さんに罪は無いはずですので、解放してくれませんか?」
「そんなこと言って、解放して瞬間に全員で襲いかかるつもりだろう!」
突然現れたエイリーナに男は声を荒げるが、エイリーナの姿を目に入れた瞬間、怒りで満ちていた目はエイリーナを舐め回すような目に変わった。
「いや、いいぞ。解放してやる。ただし、お前が代わりになれ」
「…っ!……分かりました」
「ダメです!リーナ様!」
「ごめんなさい、私は大丈夫よ。いざとなったらリオお兄様に教えてもらった技があるし」
男の目を見て嫌悪感を感じるが、レーナに大丈夫と言うと、男に近づいていった。
それを見て男は口を歪ませ、エイリーナに手を伸ばした。エイリーナはそんな男に対して嫌悪感を抱き、咄嗟に身構えたが、男の手がエイリーナに触れることはなかった。
――バチッ
「…ぐわっ!……お前!今何をした!」
「…え?……私は何もしてません!」
「噓をつくな!…どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!」
男は叫びながら、持っていたナイフをエイリーナに切りかかった。
――キン
が、またしてもそれはエイリーナに届くことはなかった。それもそのはず、家族の中で一番弱いのはエイリーナだが、それは化け物級が何人か混ざっている中での話で彼女自身が弱いわけではない。入試の成績は二位、防御魔法においては、その分野を専門とするなら知らぬ者はいないとされている『エンド』ことエンディリオに直接手ほどきを受けている。
<初級防御魔法・風盾>
「すいません。今のは流石に防がせていただきました」
「クソッ!」
男は短くそう言い捨てると、逃げようと店の出口に向かって走り出した。しかし、出口にはレーナが立っていた。
「そこをどきやがれ!」
男はレーナに襲いかかるが、腕を掴まれ、気づいた時には組み伏せられており、痛みが後からやってくる。
「もうすぐ警備隊が来ると思われるので、それまで大人しくしておいてもらいます」
「…畜生!離せ!……ぐっ!」
男はレーナに取り押さえられているが、それでも逃れようと暴れるためレーナの力が更に強くなり、やがて男は抵抗しなくなっていった。
ーーー
男を警備隊に引き渡した後、エイリーナとレーナは帰路についていた。
「リーナ様、あまり無茶はしないでください」
「ごめんなさい。身体が勝手に動いちゃって…」
「…まったく、少しは自分の立場というものを…「お~い!」」
レーナの説教が入るかと思いきや、タイミングよく二人に声がかかる。声の主は騒ぎを聞きつけてやってきたエンディリオだ。
「リーナ!無事か?怪我はないか?」
「はい。どこも怪我はしていないですよ」
「そうか!それは何よりだ!」
「実はリーナにかけていた試作の防御魔法が発動したのを感じて、心配していたんだ!」
試作条件起動式防御魔法『触らないで!私に触れていいのはお兄ちゃんだけなの!』である。名前はあれだが、最先端技術の集大成と呼べるものである。発動条件はエイリーナが嫌悪感を抱いた者がエイリーナに触れた直後に発動する。つまり、エイリーナの感情を読み取り、それをもとに対象を認識する…世に出せば間違いなく魔法技術に革命が起きると予想される。
もしそんなことになれば、すべての始まりが『触らないで!私に触れていいのはお兄ちゃんだけなの!』になってしまうため、エイリーナは断固拒否するだろうが…
「あれはリオお兄様が私にかけてくださった魔法の一つなのですね…ありがとうございます!」
「こんな時のためにかけた魔法だからな。…試作だったけど、ちゃんと発動してよかったよ」
エンディリオはエイリーナとの会話を終えると、リリーと話をしていたレーナへ話しかけた。
「レーナ、今日の事件の詳細を教えてくれ」
「承知致しました」
「リリーすまないが、リーナとあそこの店で待っててくれないか?」
「了解。リーナさんとは話したいこともあるし、ゆっくりでも大丈夫よ」
「ありがとう。…リーナ少しレーナを借りるぞ」
「ええ…分かりました」
エンディリオはリリーにエイリーナを任せるとレーナと裏の路地へと入っていった。
前からそうですが、この世界は何でも魔法や魔法具が解決してくれる都合のいい世界です