新しい環境になれば素敵な出会いが待っているなんてことはほとんどない
サブタイトルのソースは何かって?……俺だよ!
シリウスの街の中は王都とはまた違った賑やかさがある街だ。王都は飲食店や娯楽の店が多いのに対して、シリウスは武器屋や薬屋といった冒険者や魔法騎士団の人をターゲットとした店が多い。街を歩いている人も、先ほど挙げた人達に加え、バルフィラ魔法騎士学園の制服を着た者、眼鏡をかけた如何にも学者です、といった人が多い。
エンディリオはそんな街並みを見ながらここに来るまでに疑問に思ったことをセラネリアスに尋ねた。
「ここに来るまでに三回も狂化獣に遭遇しましたけど、そんなに出るものですか?」
「いいえ、何回か馬車で来たことはあるけど、一度もないわよ」
「そういえば、リーナって何かとトラブルに巻き込まれること多いですよね」
「…そうね。太陽はどこかのシスコンだけじゃなくて、トラブルすらも惹きつけちゃうのかしら…」
「褒めないでくださいよ」
エイリーナは光り輝く黄金の髪と見る者を無条件で幸せにしてしまいそうな顔立ちから、彼女のことを見た者から『太陽姫』と呼ばれている。そしてそんな太陽の光は厄介ごとも惹きつけてしまうらしい。
「そうそう、たぶんリリーを見たらすごい驚くわよ!」
「そんな凄いひと人なんですか?…もしくは知り合いとか?」
「それは見てからのお楽しみよ!……着いたわ」
セラネリアスがこういうことを言う時、大体ろくなことが起きないと分かっているエンディリオはこれからのことに覚悟を決めつつ、目の前の家を見た。
……デカい
さすが、リリーと呼ばれる冒険者の家兼Sランク冒険者二人の拠点である。
想定していた家よりも二周りほど大きい家を呆然と眺めているエンディリオを余所にセラネリアスは家に入っていく。エンディリオはそんな彼女を慌てて追いかける。
「リリー、リオを連れて来たわよ~」
セラネリアスがリリーに声をかけると奥からその人物が現れた。そして、そんな彼女を見たエンディリオは思わず息をのむ。
「いらっしゃい!…そちらがエンディリオ君?」
「そうよ。…やっぱりすぐに気づいたみたいね」
「流石貴女の弟ね…」
「すぐに気づけるのは私とお父様とエンディリオくらいよ」
「そうじゃないと、不安で人間の街にいられなくなるわ」
リリーは見た目は美人な女性である。ただ、頭の左側の魔力の流れに少し違和感を感じる。そしてその部分とは、魔族特有の角がある位置なのである。なぜ左だけなのかは分からないが。
エンディリオは魔力の流れに違和感を感じるだけで確証はないためリリーに確認をとるため、話しかける。
「リリーさんって…魔族ですか?……しかも、かなり高位の」
「あれ?…そこまで分かっちゃう?」
「魔力の質がいいので…」
魔力の質からかなり高位の魔族だと予想したエンディリオにリリーは少なからず驚いた。ただしエンディリオの予想は当たってはいるが、想定よりも更に上であった。
「それでは改めて名乗らせていただきます。私はSランク冒険者のリリー、そしてまたの名をアリスリー。魔王様から『3』の称号を与えられた、魔王軍の幹部です」
「……は?」
「…くっ……ふふっ」
エンディリオはリリーの予想以上の大物ぶりに呆気にとられていると、それを見たセラネリアスが笑い始めた。
「エンディリオ君、大丈夫よ。私は人間に害を及ぼす気はないわ…それに半分は人間の血だし」
「セラ姉さんの親友ってことで疑ってはいないんですが……予想以上の大物だったので」
「私も初めて見た時は驚いたわ」
「私も初対面で看破された時は…かなり焦ったわ」
そんな会話をしているうちに大分落ち着いたエンディリオはそもそもの質問をしてみることにした。
「何故、人間に変装してまでこちら側に?」
「魔族領ってね、すごくつまらないのよ。脳筋と戦闘狂の集まりだから、食べ物とかも必要最低限の調理しかしないし、娯楽はないし、お洒落という概念もない。お母さんが人間だから、そのことをいつも嘆いていて、私も人間領のことが気になっていたの!そして、思い切って訪れてみたけど…ここは素晴らしいわ!目を引くものがいっぱいあるわ!」
「何というか…行動力がありますね」
「セラよりはマシよ」
「失礼ね。私は興味本位で魔族領に乗り込んだりしないわ」
「それを言われちゃうと、ちょっとキツいわね」
方や魔族領がつまらないからといって一人で人間領に変装までして訪れ、住み着く、魔王軍幹部。方や相手が魔族の大物と分かって話しかけ、親友となる王女。しかも、ペットはドラゴン。それを聞いたエンディリオからしてみれば、どっちもどっちである。
そこで、エンディリオは先ほどの会話でもう一つ疑問を持った。
「リリーさん、人間と魔族のハーフってことは、魔族領の方にも人がいるのですか?」
「…いえ、今は一人もいないわ。というより、歴史上私のお母さんだけだと思う」
エンディリオは「今は一人もいない」ということから、リリーの母親がすでに他界していることを悟った。
そもそも人間と魔族では寿命が違い過ぎる。魔族は高位であれば1000年近く生きると言われている。そのため、目の前にいるリリーがセラネリアスと歳が近いように見えて、実はかなり歳上だったりする。
「ということは、リリーさんは唯一の人間と魔族のハーフなのでしょうか?」
「いえ、兄がいるから…私の知っている限りでは二人ね」
エンディリオは初めて出会った人間と魔族のハーフについての話をもっと聞いてみたかったが、ここまでにする。
そして、エンディリオとリリーの話が終わったのを確認すると、セラネリアスは静かに立ち上がった。
「キタチャン待たせてるし、そろそろ帰るわ。それじゃあ、また近いうちに来るわ」
「ええ。気をつけて帰ってね」
「セラ姉さん今日はありがとうございました。お気をつけて」
「いいのよ!可愛い弟と妹のためだもの」
エンディリオとリリーはセラネリアスを見送った後、再びリビングに戻った。
「明日は君の必需品を買いに行こうと思うんだけど…大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ。何から何まですいません」
「いいのよ。セラの弟なら私の弟みたいなものだし。……それより、敬語やめない?…何だかむず痒くて。あと、リオ君って呼んでいいかしら?」
「…分かった、そうさせてもらうよ。呼び方は親しい人は皆そう呼んでるから、そうしてもらえるとありがたい」
そしてエンディリオは改めて「よろしく」と伝えると、リリーと握手を交わした。
*
エイリーナは今、侍女のレーナと今日から住む部屋の片付けをしている。エイリーナの部屋は学園の寮でありながら、そこそこの広さであり、レーナと二人で暮らしても問題ないほどである。
「今日はもう遅いし、明日の朝から買い物に行きましょうか」
「必要なものを申してくだされば、私が行きますよ?」
「んん…自分の物は自分で選びたいから、一緒に行きましょう。それに街も見て回りたいし…ダメ?」
「……分かりました。その代わり、私からは絶対に離れないでくださいね!あと、危険なこともしないでくださいね!」
レーナは正直に言えば、来てほしくなかった。王女が護衛一人で買い物なんて普通はしない。しかも、レーナは戦闘はそれなりにしかできない。それにエイリーナはトラブルすらも惹きつける太陽だ…先の馬車での移動の際も何回かトラブルに遭遇しかけていた。…本人は気づいてはいないが。不安にならないはずがない。しかし、そんなレーナであるが、エイリーナの可愛い「ダメ?」で思わず許可を出してしまう。どこかのシスコン王子曰く、「あれは逆らえない、可愛い」とのことだ。
「大丈夫よ。そんな危ないことはしないわ…立場はわきまえているつもりよ」
「ならよろしいのですが…」
「それよりも入学式までの一週間、何かしなければならない事ってあるかしら?」
「いいえ、部屋の片付けと心の準備くらいですね」
「心の準備か…やっぱり緊張するわね。…友達とかできるかしら?」
「エイリーナ様ならきっと大丈夫です。ただ、男には気をつけてくださいね!今まではライドボルガ様達が守ってくださいましたが、学園では一人からのスタートですから!」
「大丈夫よ。私を誰だと思っているの?」
「だから不安なのですが…」
エイリーナはとても可愛らしい王女で、太陽のような存在なのである。普通の男であれば黙っているはずがない。今までは家族による絶対防壁が張られていたが、学園ではそれがなくなってしまう。道を歩くだけで襲われかねない、そんな存在なのだ。
しかし、家族の絶対防壁のせいで男から言い寄られたことがないエイリーナは自分には魅力がないと思っているらしい。彼女の中で魅力のある女性の基準は、殆どが正反対のセラネリアスなのである。エイリーナが自分に無自覚なのは仕方ないと言われれば仕方ない。
「だけど、この三年間で素敵な男性を見つけたいわね。そもそも、そのためにここに来たのですし…」
そう言うと、エイリーナは少し寂しそうな顔をしながら作業に戻ってしまった。
レーナはそんなエイリーナを見て何も言えなくなる。レーナは当然、エイリーナの気持ちに気づいている。そしてそれは許されないものであることも…
この二人が『兄妹』でなければ…レーナは何度も考えた。それほどまでにエイリーナのあの表情は見ているだけで苦しくなる。
もし、彼女のこの悲しい思いを消し去ってしまえるくらいの存在が彼女の目の前に現れてくれたら…。レーナはそう思わずにはいられなかった。そして恐らくは、エイリーナの気持ちを知っている者皆が思っているのだろう。
そしてそれと同時に思う、そんな存在は現れないであろう…と
(どんな形であれ、エイリーナ様が幸せになれますように…)
レーナはそう胸の中で祈り、部屋の片付けを再開した。
~ようやく書ける裏設定~
この小説では、人間に比べて魔族はかなり強いという設定です(一部を除く)。
つまり、人間と魔族のハーフが魔族の幹部ということは親のどちらかがかなり強いということになります。