妹の成長を見守ることは兄の義務である
プロローグが少し短かったので、もう一つ投稿します。
今後は主人公のリオさんが戦うまでは一日一投稿する予定です。
冬ももう少しで終わりを迎えようとしている時期のまだ日が見えはじめた時間帯、王城の広い廊下を目にもとまらぬ速さでそれは駆け抜けていく。
普通であれば王城にいる者がそれを目撃すれば警戒されるような事態だが、それの…いや、その男のキラキラと輝く白銀の髪を視界の端に捉えた瞬間、皆一様に温かい視線を向け、「今日も一日頑張りますか」と意気込んでいる。
なぜ皆がそのような反応を示すのかというと、この光景は10年も前からほぼ毎日続いていることであり、ここにいる者にとっては一日の始まりを感じさせるものとなっている。そして、母親譲りの白銀の髪の男…アレインスター王国の第二王子であるエンディリオ・アレインスターは目的の場所である部屋の前にたどり着くと同時に勢い良く扉を開け放ち…
「おはよう、愛しの我が妹よ、朝食の時間まで待ちきれないから来てしまったよ。さあ、その美しくも可愛らしい姿を私に見せておくれ!」
最愛の妹に声をかける。ちなみに、朝食は10分後だ
部屋に入ると同時にエンディリオが声をかけた人物、彼の妹のエイリーナ・アレインスターはこの国の第二王女である。エイリーナは父親譲りの黄金に輝く髪をふわりとさせながら慌てた様子でこちらを向きエンディリオと目を合わせると途端に顔が赤くなっていく。それはまるで、恋をする女の子が好きな男の子を目の前にした時のよう……
……ではなく、羞恥と怒りからのものであった。
今の彼女の姿は、何もまとっていないのだ。そしてそのせいか、彼女の雪を思わせるような白く美しい肌は王城の過剰な明りと、まだ昇り始めたばかりの太陽を反射させており、黄金に輝く髪と可愛らしい容姿も相俟って、その姿を目にしたものは思わず膝をつき、祈りをささげようとするだろう。そう、今の彼女は一言で表すならば「女神」なのだ。
そして、エンディリオはそんな彼女に慌てて声をかける。
「今日は一段と輝いて見えるよ。本っ当に可愛くなった!さあ、おはようのキスを…と、と?」
「おはようございます、リオお兄様。出ていって!!」 バタンッ!!!
エイリーナは彼が声をかけたと同時に近づいていき、エンディリオを入口まで追いやり、拒絶の言葉を言い渡して思いっきり扉を閉めた。
もしも、エイリーナの今の一糸まとわぬ姿を見てしまった段階で謝罪し、部屋の外に出ていればどうにかなったかもしれない。しかし、エンディリオはどうしようもなくシスコンで、どうしようもなく残念な王子様なのだ。ただ、挨拶は返しているのでまだチャンスはある。
そして、残念シスコン王子にそんなことは分かるはずもなく、彼は妹の機嫌を取り戻そうと扉をバンバン叩きながら、残念なことを叫んでいる。
「リーナ、何をそんなに怒っているんだ!…まさか、誉め言葉が足りなかったのか?確かに今のリーナを表現するには『可愛い』だけだと逆に失礼だったことは認めよう。そうだな……今の君を表現するとしたら、女神だな!雪を思わせる白く美しい肌が光を反射させて、金色に輝く髪と可愛い容姿からそうとしか表現できない!いや、それでも足りない!言葉では言い表せないんだ!分かってくれ!!」
「違います!何、人の部屋の前でいきなり恥かしいこと叫んでますの!誰かが聞いてたらどうしますの!…それにいつも、急に部屋に入ってこないでって言ってるじゃないですか!」
もちろん近くにいる者には聞こえてしまっているし、お怒りの言葉を並べながらも、ちゃんとエンディリオの恥かしいセリフをすべて聞いてから言葉を返していることに対して温かい気持ちをエイリーナに向けている。
しかし、やはり残念シスコン王子はそんなことが分かるはずもなく、会話を続ける。
「じゃあ、何をそんなに怒っているんだ?」
「それはリオお兄様が私の!…その…は、裸を……」
「え?何だって?よく聞こえんぞ」
「だから!リオお兄様が私の…裸を…」
「もっと大きな声で!」
エンディリオには彼女の声が聞こえているが、彼女の恥かしがる声に魔が差してしまった。そして、その付けは勢い良く飛び出してきたエイリーナからのどんな攻撃魔法よりも威力の高い言葉の攻撃によって支払わされる。
「馬鹿!大っ嫌い!!」 「グハッ」
エイリーナは目にもとまらぬ速さで逃げ出してしまった。その一部始終を見ていたエイリーナの侍女のレーナは部屋の片づけをしながら、「今日も一日頑張りますか」と意気込んでいる。
もちろん、部屋の前で白くなっている残念シスコン王子はスルーである。
*
日常的な出来事からしばらくして、エイリーナ様の部屋を出ると、白くなった残念シスコン王子がまだいた。
「まだいらっしゃったのですか?ざ…エンディリオ様」
危ない、危ない。思わず残念って言いそうになってしまった。まあ、このお方なら、そんな些細なことは気にしないのだろうけど。私は、このお方が残念だと思うことはあっても軽蔑することはない。この残念さも演技であることはエイリーナ様以外は皆、うすうす気が付いている。そして何より、妹であるエイリーナ様に関わる以外のことにおいては他の追随を許さぬほどに優秀なのである。訳あってほとんどそんなところはお目にかかることはないけど。
「…ん?ああ、レーナか…今の俺には指一本動かす気力がないんだ…」
……たぶん演技だ
「…速く朝食をいただかないと、一人になってしまいますよ?」
「そうだな、俺も行くとするよ。…あまり遅いとお母様に起こられるからな…」
そんな、軽口を言うエンディリオ様を見ていると、つい余計なことを口走ってしまった。
「あの、エンディリオ様はエイリーナ様の気持ちを…」
私はそこまで口にすると、慌てて口を塞ぐ。
エンディリオ様はただこちらを静かに見ている。彼からは敵意や殺意は発せられていないが、なぜか恐ろしく感じてしまい、体が震える。
「ん?エイリーナがどうした?」
「…いえ、何でもありません。呼び止めてしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、いいよ」
彼はそう返すと、再び歩き始めてしまった。そしてその言葉は笑顔で返されたにも関わらず、体の震えは止まらなかった。
*
俺は家族が待つ部屋へと少しはや歩きしながら先ほど言われたことについて考えていた。
「リーナの気持ち…か」
もちろん分かっている。
リーナが俺に対して向けている気持ちは、本来兄に向けるそれではない。ましてや俺たちは王族、リーナの気持ちに気がついていても気づかないふりをしなければならない。それはとても悲しいことなのかもしれないが、俺たち兄妹にとっては最善の選択であると考えている。そして、リーナも自分の気持ちを隠そうとはしている。皆にバレバレで温かい視線で見守られているが…
(それにしても、今日のリーナの反応は一段と可愛かったな。)
「嫌い」と言われた時は死ぬかと思ったが、今日のリーナを思い返すと…ヤバい、ニヤけてしまう。
どうにかニヤけるのを抑え、一度思考をクリアにする。
(ダメだな。日に日にリーナへの気持ちが強くなっていく…)
リーナの気持ちが皆にバレバレな分、俺の気持ちは誰にも気づかれてはいけない。俺のリーナへの気持ちは家族に向ける過剰な愛情と思わせないと…。『残念なシスコン』という仮面を被って、ある程度リーナへの気持ちを発散させて、皆に悟られないようにしないと…決して、男性が女性に向ける特別な気持ちではないと……
(俺たちは王族で、そして何よりも『兄妹』なのだから)
そう、俺たちは王族であり、兄妹なのだ。今は共にいることはできるが、それはもう少しで終わりを迎える。特別な境遇にいる自分は誰かと一緒になることはないかもしれないが、エイリーナはもう14歳にもなる。セラ姉さんは、自分より弱いものに嫁ぐ気はないと豪語しているから、婚約者はいないが、エイリーナはセラネリアスのような性格ではないのでそろそろ本格的に婚約者が決まってもおかしくない。実際、そういった話は少し前から出ている。
(だけど、今は…リーナが嫁いでいってしまうまでは…俺に守らせてくれ)
「リーナは俺の太陽だから…」
そこまで考えていたところでちょうど、家族が待つ部屋へとたどり着いた。
そして、最愛の家族と最愛の女性が待つ部屋へと一歩踏み出す。
この気持ちが悟られないように、溢れてしまわないように、しっかりと蓋をしながら…。
今後はこれくらいの文字数で投稿しようと思います。