あの……部屋、間違ってますよ?
ランダン……3.1%…………
エイリーナを含む一年生が入学からもう少しで一ヶ月が過ぎようとしている頃、もうすっかり新入生達も学園での生活に慣れている。
そんな新入生の一人であるエイリーナも学園での生活には慣れており、いつも通りギガコヤスの時々うざい自慢話が混じる授業を王女の名に恥じぬように真面目に取り組んでいた。
ちなみに、エイリーナの友達は未だにレイジ一人であり、レイジも彼女以外に友達がいない状態である。本人達は二人でそのことを慰めあいながら、どうすれば友達ができるのか等を昼食の時間などに話し合っているが、まだ何の成果も得られていない。
なぜ二人に友達ができないのかというと、やはり二人の立場の問題である。エイリーナとレイジは王女と勇者という皆の憧れの存在であり、それだけでも近寄りがたいというのに、それに加えて二人とも学園ではかなりの実力者で容姿端麗ときている。学園の他の生徒達からすると、もはや雲の上の存在となってしまっているのが現状である。
また、二人は入学式の日から友達となっており、端からだととても仲良しに見えるのだ。事実、二人の仲は良いのだが、そんなこともありこの二人の中に入っていける鋼のメンタルを持つ者などこの学園の生徒には一人も存在しなかったのである。
これらの理由から、同じクラスどころか同じ魔法科にも友達がいないエイリーナは授業で聞き逃したところがあった場合、他の人にその部分を教えてもらうというのがとてもハードルの高い行為なのだ。
よって、エイリーナの授業に対する姿勢は理想的というほかない。そして、それがまた他の生徒達の感心を高めている。
「それでは次は教科書の21ページを開いてくれたまえ!」
ギガコヤスがそう言うと、生徒達は教科書のページをめくる。当然ながらエイリーナもページをめくるが、ここで教科書に書き込んだメモを見つける。
実はエンディリオが自分のクラスに配った教科書をエイリーナにも渡している。しかし、彼女のクラスでは通常の教科書を使うため、エンディリオ作の教科書は使えず、こうして重要な部分や変更された部分は自分でメモをすることにしている。
そして、メモにはこう書いてあった。
『魔方陣の組み方は基本的には発動する魔法の規模、属性、指向性と組んでいくが、最近では規模を最後に持っていくことが多い』
エイリーナにはこの辺りはサッパリであるため、丸覚えするところなのだが
(さて、どうしましょう…ここは質問した方がいいのかしら?)
どうするべきか悩んでいると、丁度授業がその部分へと差し掛かる。
「それでは魔方陣の組み方なのだが、実は魔方陣はいくつかの役割を持たせたものを組み合わせることによって発動することができる。基本的には規模、属性、指向性を使うのだが、上位魔法ともなるとそれに加えて安定性を助けてくれるものや、自分を守るものを加える。…まぁ、最後の方はテストには出ないから、興味のあるやつは見ておいてくれ。覚えるのは規模、属性、指向性、そしてこの順番だ」
「先生!」
ここだ!というタイミングでエイリーナは手を挙げる。
「エイリーナ様、どうなさいました?」
「質問がありまして…あと、今の私は王女ではなく生徒の一人なので、様と敬語はやめていただけないでしょうか?」
「そういうわけには……いや、分かったエイリーナさん。…して、質問とは?」
ギガコヤスはエイリーナの要望に対して一考したが、一人だけ特別扱いするのも良くないだろうと思い、本人も望んでいるのであればそうするべきだろうと結論づけた。
「魔方陣を組み立てる順番ですが、最近では規模を最後に持ってくると聞いたのですが…」
「…それは、確認してみないと分からないですね……。すまないが明日まで待ってもらえないだろうか?」
「分かりました。お時間を取らせて申し訳ありません」
「いや、その場で質問してもらえるのは有難いからな。他の皆もどんどんしてくれたまえ!」
エイリーナの質問が終わると、他のSクラスの皆は口々に「さすがエイリーナ様」、「最新の知識まで身につけておられるとは」、「今日もお美しい」等々呟いている。
もしこれで、エンディリオの書いてあったことが間違っていたら恥ずかしいにもほどがある。しかし、エイリーナのエンディリオに対する信頼は小さい頃からの先生ということもあり、絶対的なものである。本人はそういった心配を全くしていないどころか、思いつきもしていないのである。
(それにしても、リオお兄様からいただいた教科書…凄いわ…ひょっとして今まで凄い人に魔法を教わってた?だから、お父様もお母様も家庭教師じゃなくてリオお兄様に私の先生をお願いしたのかしら?)
エイリーナは改めてエンディリオからもらった教科書に感心する。
学園の教師ですら知らないような最先端の内容も書かれている。さらには現在も研究されているものは研究者たるエンディリオの考察も書かれており、難しいところは分かりやすく丁寧に説明されているというオプション付きである。
この教科書は生徒達には少しばかり過ぎた物であり、学園の教師どころか、研究者達も欲しがるような代物である。
しかし、ライドボルガもセミラリネスも優秀だからエイリーナとローレンスの教育を任せたわけではなく、当時、自分の存在意義を疑い始めていたエンディリオに役目を与えるためだったのだが、彼女はこのことを知らない。
そんなこんなで授業も滞りなく進み、午後の授業も後半へと差し掛かる。
「それでは今日は残りの時間を使って魔法陣を組み合わせて、簡単な魔法を作って終わりにしましょう」
ギガコヤスはそう言いながら魔法陣を埋め込む石を配り始める。
魔法というのは魔法陣に魔力を流すことによって発動する。ただ、魔法を戦闘で使うときにいちいち魔法陣を書くわけにはいかないので、何か魔法を行使しても耐えられるような丈夫なものに魔法陣を予め埋め込んでおき、それを身につけておくのが一般的だ。
そこで、魔法陣を埋め込むのに最もよく使われているのが宝石だ。頑丈なうえにネックレスや指環にして身に付けていてもおかしくないという、まさしく理想的な魔法媒体なのだ。
しかし、宝石は高いため、一般人は多くは持てない。そこで宝石の次に使われるのが、今配られている石である。
石は宝石に比べて強度も見た目もかなり落ちるが、何といってもお金がかからないのが魅力的である。人によっては宝石は一切持たず、魔法陣を刻んだ石を大量に用意して、使い捨てにする人もいるくらいである。
「先ほど質問がありましたが、今回は教科書通りの順番でお願いします。…それでは始めてください!」
ギガコヤスの合図と共に生徒達は一斉に作業に取りかかる。
「いいですか皆さん。魔法陣は雑に書けば書くほど魔力が伝わりにくく、魔法の放出も弱くなります。ですので、丁寧に正確に書くことを心がけてください」
ギガコヤスが言う通り、魔法陣は丁寧に書かなければ、それだけで魔法の質を落としてしまう恐れがある。生徒達もそれは十分に理解しているが、現実はそんなに甘くない。
「あっ!」
誰かの声が教室全体へと響く。恐らくは魔法陣を書いていて針があらぬ方向へといってしまったのだろう。
魔法陣は見れば頭が痛くなるような複雑な構造をしている。そして、それを石に書くというのは想像以上に難しいのである。
しかも、少なくとも3つは書かなければならないという点から、魔法陣を重ねる位置などの調整や大きさを考えなければならない。
石に書く場合は使い捨てにするため、上から書いて終わりだが、指輪にするような小さな宝石に魔法陣を埋め込むとなると、より精密な作業になる。さらに、それに加えてコーティングなどの作業が追加されるため、それこそ専門の職人に頼むしかない。
次々と声をあげて脱落していく生徒達を尻目に、エイリーナは着々と作業を進めていく。
いくら簡単な魔法陣を比較的大きい石に書くといっても、素人であるエイリーナには楽な作業ではない。
(そういえば、リオお兄様は家族全員分の魔法陣を宝石に書いていたような…)
エイリーナは自分の手で作業することにより、改めてエンディリオが今まで当たり前のようにやっていたことが実はとてつもなく凄いことであったと気づかされる。
ちなみにエンディリオは独自の魔法を開発するにあたり、魔法陣も手探りながら書いているため、そこらの職人よりもはるかに作業は丁寧で速い。
作業を続けているうちに、いつの間にかエイリーナとヴィーレだけが手を動かしていた。どうやら、他の人はもうリタイアしてしまったようだ。
残る二人が同時に最後の仕上げに手をかけようとしたときに、それは起きた。
--ガチャ
「邪魔するぞ!」
「…誰です?今は授業中……っな!」
授業中であるにも関わらず遠慮なく入ってきた不届き者に一言物申そうとするギガコヤスであったが、相手を見た瞬間に驚きの声をあげる。
それもそのはず、その侵入者の額には人間にはないもの…魔族のみが持つ角が存在に気づいたからである。
侵入者は教室にいる全員が呆然とこちらを見ていることを確認し、自分の登場が『盛大に、壮大に、豪快に』キマったことを確信する。
そして、それにより気分をよくした侵入者は片手を後ろへ向け、もう片方の手で自らの顔に翳しながら自己紹介を始める。
「我は魔王軍幹部が一人、エルファイブ様の忠実なる部下の一人にして隊長という重役を与えられし者…トゥウェルスである!ここに勇者がいると聞き、訪れさせてもらった。……さぁ勇者よ、出てきたまえ!」
勇者であるレイジの部屋は、ちょうどこの部屋の1つ上である。
オリジナル魔法を作る際は、複雑な魔法陣の隅々まで理解した上で応用させていく必要があり、手書きで書くしかないため、相当な時間がかかります。つまり、このシスコン王子は学園に来る前はただの暇人でした。




