難病
「先生、それで検査の結果は……」
おずおずと、正直不安で一杯の声が自然に上ずりつつ、僕は白髪が威厳を感じさせるベテランの先生にそう聞いた。
「大変残念ですが――」
そう前置きされて鼓動が跳ね上がるが、平静を装って続きを聞く。
「もう亡くなられています」
「なんでやねん!」
僕の綺麗な裏拳が先生の鳩尾に炸裂する。
パシッと小気味良い音が清楚で簡素な純白の診察室内に響き渡った。
うむ、コレは気持ちいい。
いや違くて。
「先生、真面目にお願いします」
「私は至って真面目なのですが」
「それもどうなんだ」
「普段真面目過ぎて、時折冗談を言うと周りが吐いちゃうんですよ」
「なんでやねん」
「そう、それなんです」
先生は人差し指を立て、そう告げる。
「はい?」
「貴方の病気は『急性ツッコミ症候群』と言いまして」
「いや、冗談はもういいので」
「いえ、冗談ではなく」
「吐きますよ?」
「真面目な話なので吐かないでください」
「え、まじ、え?」
「事実です」
「え、その、僕がその、ツッコミ何とかいう病気なんですか?」
「急性ツッコミ症候群です」
「ええと、それは一体どんな病気なので?」
「ボケられるとツッコミを入れたくなります」
「誰だってそうなのでは?」
「私は突っ込むなら女性相手がいいです」
「下ネタかよ!」
「この通りです」
まんまと突っ込まされた。
というか、これが、病気?
「いやいや、単にクセというか、気になるボケをする方がむしろ悪いというか、そっちが病気なのでは?」
「……じゃあそういうことで」
「ええんかい!」
しまった。また突っ込んでしまった。
「このように、日常生活に支障が出るほどツッコミを入れてしまうという困った病気なのです」
「いや別に支障はでてませんが?」
「ホントに? 気づいていないだけでは?」
「そう言われると、ちょっと不安になりますけども」
もごもごと歯切れが悪くなる。
「というか、治るんですか? この病気」
「もちろんです。病気ですから」
「それなら、まぁ」
「難病ですけど」
「えーっ」
「進行すると人工透析が必要になります」
「なんでやねん!」
「これは酷い」
「いや、酷いとか言われても」
「ともかく、お薬を出しましょう」
「薬? 薬で突っ込まなくなるの?」
医学すげー。
「いえ、残念ながら現代の医学では、ツッコミそのものをなくすことはできません」
「あ、そっすか」
「ですがちょっと無気力になって、五回目くらいにはツッコミが『もうええわ』になります」
「なんでやねん!」
「とりあえず一週間分出しておきますね」
そんなワケで僕は、意気消沈して病院を後にするのだった。
まさかツッコミが、当たり前のようにしていたツッコミが病気だったなんて。
ショックだった。
三日後、テレビを見ていたら、あの先生が逮捕されていた。
薬はビタミン剤だった。
なんでやねん。