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記憶バンクシリーズ

記憶バンク ~悪役になりそこなったご令嬢、平行世界にいるもう一人の私~(前編)

 大財閥の一人娘である、生粋の令嬢。花も恥じらう高校生になったばかりのワタクシ。

 行く行くは大好きな婚約者と結婚し、幸せに暮らす未来が待っている。

 ワタクシは、そのことを疑ったことがカケラもなかった。


 そういえば最近、婚約者にまとわりつく礼儀のなってない小娘が一人いるけれど、そんなものは些末なこと。ワタクシがにらみを利かせれば、すぐに退散するに決まっている。


 ワタクシと婚約者が通う私立帝学院は、政財界の令嬢・令息が多く在籍している名門校。小中高一貫教育として名高いが、高校からは奨学生として外部生をほんの数名募っている。彼らは、高額な授業料が免除される代わり、成績が常に10番以内にならないといけないという。

 礼儀のなっていない小娘も、そんな外部生の一人だ。


 昼食の時間になり、小娘があろうことかワタクシの婚約者と昼食を共にしようと誘いをかけていた。お昼はワタクシといつも一緒なのを、小娘が知らないはずはないというのに。


 これは宣戦布告と受け取りますわ。


 ワタクシは、つかつかと小娘に近づいた。

「ちょっとあなた。ワタクシの婚約者にべたべたしないでくださる?」

「え?」

 愛用の扇を小娘に突きつけると、睫毛が目に入りそうなくらい大きな瞳が、うるうると潤みだした。

 なにかしら、この子。こんなことぐらいで泣くなんて。

 しかも、クラスメイトが大勢見ている前だというのに。この子には矜持というものがないのかしら?

「ご、ごめんなさい。わたし、そんなつもりじゃ」

 おどおどする小娘に向かって、ワタクシの取り巻きのA子とB子がすかさず非難し出した。


「そんなつもりではなかったですって?そう言えば、許されると思って?」

「外からいらした方だから、貞操観念が低いのではなくて?婚約者でもない殿方と親密になるなど、お里が知れますわ」


 虎の威を借る狐のごとく、A子とB子は嬉々として小娘を追及する。それに比例して、小娘の瞳はますます涙でいっぱいになった。


 ワタクシはそこまで言ってはないのですが……。


 若干引き気味になったけれど、小娘の手が婚約者の制服の端をぎゅっと握るのを見て、頭に血が上った。

「その手をお放しなさい!」

「ひッ」

 思わず扇で小娘の手を叩くと、今まで静観していた婚約者が割り込んできた。


「おい、やりすぎだ」

 小娘を後ろに庇いながら、婚約者はワタクシに冷たい視線を向けた。


 そう、彼が誰よりも味方であらなければならない、このワタクシに向かって。

 どうして?なぜ?

 世界が引っくり返ったよりも、ひどい裏切りにあった気持ちになった。


「あなたは、ワタクシより、その小娘の味方をするというの?」

 震えそうになる声を必死に隠しながら、両足に力を入れた。そうしなければ、無様に倒れてしまいそうだった。


 常に毅然と美しくあれ。

 幼い頃よりそう教えられた矜持こそが、今のワタクシを支えていた。


「誰の味方とか、そういうことを言っているんじゃない。俺たちは、もう高校生だ。閉じたコミュニティの中だけではなく、色々な人間と関わり、自分の世界を広げることが必要な時期に差し掛かっている。君も、いつまでも女王を気取らず、周りをもっと見てみることだ」

 婚約者はきっと、正しいことを言っているのだろう。彼は、とても頭がよかった。いつも難しいことを考えているのを知っている。そして、そんなところも好ましいと思っていた。


 だけど、彼の背に庇われた小娘を見ると、どうしようもなく怒りで感情が支配された。


「そんなこと、ワタクシには分かりませんわ!」


 ワタクシは、鞄も持たずに学校を飛び出した。こんなことは初めてだった。

 家に着くまでは絶対に泣くまいと唇を噛みしめ、家の送迎車を呼んだ。


 まだ学校にいる時間なのに帰宅したワタクシを、世話係のばあやが心配したけれど、気分が悪いとだけ告げて、部屋に閉じこもった。今は誰かに気を遣う余裕なんてない。とにかく一人になりたかった。


「ふっ……っくぅ……」

 枕に顔を押し付け、声を押し殺す。

 怒りと悲しみで、胸が苦しい。


 ワタクシはただ、婚約者に近づかないでと言いたかっただけなのに、何がいけなかったというのでしょう?


 確かに婚約は幼い頃に家同士が決めたことで、最初から恋愛感情があったわけではない。でも、ワタクシは彼のことを知って段々と好きになっていた。彼の方もそうだと思っていたけれど、もし独り善がりだったのだとしたら……だから、ワタクシが邪魔になったの?


 ネガティブな想像と不安が、どんどんと広がっていく。逃げるようにして学校を出てきたことも、ワタクシのプライドをひどく傷つけていた。

 そして、泣きながらいつの間にか眠っていた。


 その日から、ワタクシは不思議な夢を見るようになった。

 学校に行きたくないと我儘を通し、三日間ずっと食べて寝るだけの生活をして、ワタクシは夢の結末を知った。


 夢の中でワタクシは、『苛烈女王』と呼ばれていた。

 いえ、ワタクシにそっくりだけれど、ワタクシではない……おそらく、平行世界のワタクシの話だったのだ。


 ベッドから起き上がり、ワタクシは年代物の姿見の前に立った。

 誰もが羨むような美貌と、高校一年生とは思えないような抜群のプロポーション。夢の中のワタクシも、こうして同じ鏡の前に立っていた。屋敷の細部は異なっていたけれど、間違いなく彼女も同じ部屋を使っていた。


 ただ、ワタクシと違うところも多かった。

 まず婚約者は同じ人ではなかった。けれど、やはり財閥の令息で、幼い頃に婚約していたが、恋愛的に好きだったわけではなく、自分の価値を高めるアクセサリーのように思っていたようだ。

 彼女はワタクシよりもさらに気性が激しく、自分の前に立ち塞がる障害は、徹底的に排除した。それゆえ、クラスメイトからは『苛烈女王』と呼ばれていた。


 夢の始まりは、彼女が高校3年生のとき。一人の転入生がやってきた。

 外部入学でも相当難関な試験に受かる必要があるが、転入ともなると、10年に一人受かればいいというくらい難関な試験を突破しなければならない。

 そのため、必然的に転入生は注目の的となった。一体どんな才女なのかと。加えて、大層可愛らしい容姿をしていたことも、人の目を引く要因となった。

 良くも悪くも学院に染まっていない転入生は、男子学生とも気軽に接する明るい性格をしており、たちまちアイドルのような存在となった。


 女生徒からの嫉妬は物凄かったが、表立って非難する者はいなかった。だが、それも『苛烈女王』こと平行世界のワタクシの婚約者と懇意にするまでの話だった。


 元生徒会長である婚約者が、転入生の面倒を見ることになり、二人の距離は日を追うごとに親密になっていった。

 『苛烈女王』とて、最初はまるで気にしていなかった。

 彼女にとって、婚約者はあくまでも自分の評価を上げるための存在であり、恋愛的な嫉妬にかられることはなかったからだ。婚約者としての振る舞いを忘れないのであれば、なんら問題はなかった。


 けれど、彼女の婚約者は違った。愛の無い婚約に嫌気が差しており、明るく優しい転入生に癒されるうち、惹かれる心を止めることができなかったのだ。

 それは、徐々に態度にも表れるようになっていった。


「ちょっとあなた。ワタクシの婚約者にべたべたしないでくださる?」

 ワタクシが持っているものと同じ扇を転入生に突きつけ、奇しくもワタクシと同じセリフを彼女は言い放った。彼女にしては、だいぶ控え目な言い方ではあったが。

 教室の中で、二人の距離があまりにも近く、さすがの彼女も注意せざるを得なかったのだ。


「不快にさせたなら、ごめんね。でも、彼とは仲良くしたいと思っているの。ここで初めてできた友人だし」

 転入生は小娘とは違い、はっきりとものを言う人間だった。承服できないことは、はっきりと拒否をする。確固たる強い意志を持った、一人の人間だった。

 その瞬間、転入生は『苛烈女王』の前に立ち塞がる強敵となった。


 だから、彼女は転入生を排除すること決めた。

 小娘のように男の後ろに隠れるような人間であれば、むしろ『苛烈女王』は歯牙にもかけなかったかもしれない。


「おい、彼女に何かしたら許さないぞ」

 婚約者は敵でも見るように、彼女を睨みつけた。まるで場違いのようなセリフに、彼女は目を細める。

これは、『苛烈女王』とその挑戦者の戦い。原因は婚約者の浮気であろうが、関係ない。


「ふふ。一体誰を許さないのかしら?婚約者様?高校生の間は、あなたの恋愛ごっこにも目を瞑って差し上げるけれど、節度を持ってほしいですわ」

 多少は疚しい気持ちがあったのか、婚約者は視線を逸らした。彼女の方は、婚約者よりも転入生の方をずっと注視していたため、まったく気に留めていなかったが。


「いいでしょう。あなたが自分の主張を通したいというのなら、貫き通してみせなさい」

 愛用の扇をパンと広げ、彼女は口元を隠して笑う。これほど愉快で不快なことがあるだろうか。


 かつて、『苛烈女王』に正面切って歯向かう者は存在しなかった。初めて遭遇する存在に、彼女自身、不思議な高揚を感じていた。興味だけでいうならば、婚約者よりも転入性に対して持っていると言えるだろう。


 『苛烈女王』の行動は迅速だった。だが、意外なことに彼女は自分の手を汚すことは決してなかった。自らが実行しないということが、イコール卑怯という概念を彼女は持っていなかったのだ。自分のあらゆる手駒を使って、全力で叩き潰すことは、彼女にとっては正義であり正道だった。

 取り巻きの生徒たちは、自分の手駒。であれば、それを使って当然と考えていた。


 彼女は、取り巻きたちの前でただ呟けばいいだけだった。

「ワタクシ、あの子がいると、とても不快なの」と。


 転入生はクラスメイトから無視されたり、机を汚されたり、理不尽なイジメを受けた。けれども持ち前の気丈さと明るさ、そして『苛烈女王』の婚約者の支えもあり、転入生はそれらを乗り切っていった。むしろ皮肉なことに、困難を乗り越えるごとに、二人の仲が深まっていったと言ってもいい。


 『苛烈女王』は彼らの奮闘を、高見から見物していた。あらゆる手を弾き返す転入生は、実に愉快だった。

 ただ一つ不満があるとすれば、彼女自身に対して何のリアクションもないことだった。


長くなってしまったので、分割します。

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