87.桜花国記(持ち込まれし物)
3人だけかと思い入室した2人だが、もう1人見知らぬ男が女王の前で平伏していた。
ハルダーはこの者に心当たりは無かったが、一方のアルガスの方はこの男の顔を記憶していた。
「おぉ、セレーン子爵では無いか!」
「ご無沙汰しております ヴァンフィール侯、そして、ハルダー軍務卿」
2人に対し丁寧な挨拶をし顔を上げると、そこには老齢で白髪交じりの髪と髭
物腰の柔らかそうな老人にも見えるが、見る者が見ればその細い目の奥底には力強い眼力が伺えこの人物がただ者では無いことが分かるだろう。
「セレーン子爵?」
「ん? ああ、そうだ軍務卿、彼は西の港湾都市を治める領主でセレーン子爵と言う。 ワシの所の者だ」
「ほう、内務卿の……」
ハルダーは、将軍であり武人であったので軍政に興味はあっても貴族同士の派閥抗争などに一生興味が無い伯爵だ。
本来だと、それでは貴族としてやっていけないのだが、彼だからと言う事もあり派閥に属さなくとも他の貴族と良好な関係を築ける信頼関係を持っていた。
ただし、まったく疎いと言うわけでなく、そういった事を察する能力はある。
だから、アルガスの「ワシの所」と言う意味が、アルガス派閥にいる人物と言う意味ぐらいすぐに理解出来た。
「ご紹介にありました、西の港湾都市 フィレーナを預かりますナバル・セレーンと申しヴァンフィール侯の末席を汚させて頂いております。 ハルダー軍務卿とは、お初にお目に掛かりますが以後ご昵懇にお願い致します」
「ふむ、それでセレーン子爵がどうしてここに? たしか今は、ご子息の忘れ形見の教育と領地経営で王都に来れないと聞いていたが……女王陛下、これはいったい?」
アルガスの言うとおりナバルは、子爵位を子息に譲り本来は隠居の身だった。
しかし、子爵位を継いだ息子が一昨年に病死、そのため子爵位の継承権が残された息子の子である孫に移されるのだが、その孫はまだ幼く政が無理だったため前子爵が代理として一時子爵位を預かり成人後に爵位を継がせる予定になっている。
ただし、貴族である以上領地経営のみに力を入れれる訳でなく、王都に都城し国王へご機嫌伺い(貢ぎ、税の支払い)や他の貴族との付き合い等もしなければならないのだが、老齢である事もあってそいった行事は王女から免除され代わりの代官を送っている状態。
そんなナバルが、この王都に顔を出しているのにアルガスが疑問を思うのは当然の事だ。
「内務卿、それについては私も聞いていない。 セレーン子爵より内々《ないない》に話があるので信ずるにあたる人物を同席願いたいと懇願されてな……」
アイリス自身もセレーンが何の話をしたいのか詳しく知らない。
ただ、その内容が現在国の問題となっている飢饉への対策となると言われれば聞くしかないほど、手詰まりに陥っていたのだ。
「セレーン子爵が懇願?」
アルガスは更に疑問を重ねる。
それは、派閥の長である自分に一言も無く勝手に女王へ進言しようとしている事もさることながら、本来はそんな事をする人物では無いとアルガスは良く知っていたため、より疑問が深まっていた。
「勝手を致しまして、侯爵様には大変申し訳なく……」
「うむ、……いや、お主がここまでするとなると、緊急で他言出来ない用件であるからだろう。 それにワシが、ここに呼ばれる事も計算しての行動じゃろう」
アルガスは、ナバルの事を大変評価していた。
ナバルの領地である港湾は、外海に面しており貿易拠点としては向いていない。
どちらかと言うと、周辺の貴族領との交易がメインで他は漁業が盛んなくらいだ。
しかし、ナバルは自身の治世で領地を富ませ西に港を持つ都市としては、1、2を争うまで発展させたのだった。
そこまで優秀な人材を本来だったら王宮勤めにと考えていたアルガスだったが、本人は恐れ多い事と辞意を表明し他の貴族の手前無理い示威出来る状態でなかった事が今現在に至るが、だからと言ってナバルの評価が下がるわけではないのだ。
「侯爵様の思慮分別に頭が上がりません。 たしかに今回の件は、緊急を要するに値するかと……」
「前置きは良いから、話を進めよ、そのために来たのじゃろう?」
不敬にならないように頭を下げるナバルだが、そんな事は公的な場や他の貴族がいる場ならいざ知らず、内々の話で重要な案件とくればそんな事2の次、3の次とアルガスは考えていた。
「ハハァッ……では、失礼して今回聞いて頂きたい話ですが、我が国に食糧を輸出したいと考えている国が有ります」
「ほう、それは何処の国じゃ? 南方の国とは、限界まで交易していると思っているが……まさか、ケルファルトの属領国ではないだろうな?」
「いえいえ、もちろんそんな国では御座いません。 もしそんな事をすれば我が国の糧を他国に握られる事、すなわち属領と言っても過言では無くなります」
他国、特にケルファルトの謀を怪しんだアルガスだったが、それはナバルも知る所でナバル独自の情報網を使い調査している。
それによるとケルファルトからの指示は、一切確認出来なかった。
「ふむ、しかし、お主の港は西の端……と考えると……」
「内務卿、それを今からセレーン子爵が言おうとしていると思うのだが……」
「お、おう、そうじゃった!」
こういった謀が嫌いじゃないアルガスは、思考を謀略の海に泳がせようとしていたが、そこをハルダーに窘められ我に返る。
一方女王であるアイリスは、そのやり取りを気にした様子も無くナバルの続きを待っていた。
「それが……今回の件は、懇意にしている商人からの話で正確にその国を確認した訳ではなく……もちろんケルファルトの影は一切無いのですが……」
「なんじゃ! 勿体を付けずに早く言うのだ!」
「いえ、その商人から聞くと、どうも外海の彼方にある国のようなんです」
「「「外海の彼方?」」」
思わず3人の言葉がハモる。
外海の彼方と言うのは、それほど驚く事で今まで外海の先より船が来た事は無かった。
もちろんコチラから調査のため船を出す事もあったが、全てが帰ってくること無く外海の先に何があるのか霧に包まれた様に分からなかったのだ。
その外海に国があると聞けば驚かない方が可笑しいだろう。
「コチラに商人から預かった親書があります」
ナバルが差し出す新書を一旦アルガスが預かり、危険な箇所が無いか確認する。
もちろんナバルの方でも確認しているが、暗殺が日常茶飯事の時勢なので、念には念を入れて厳重にしているのだ。
「本来ですと外交官を通す所ですが、国交の無い国なので商人を通じたと考えられます」
「羊皮紙じゃないですね、随分と上質な……紙? この模様は、花の模様ですしょうか? 随分と変わった作りですね」
女王は中にある手紙を広げると、自国や周辺国とはまた違う手紙の様式に驚くが、それより驚いたのが今まで手に取った事の無い紙の質感だった。
「………………なるほど、内務卿と軍務卿も読んでみなさい」
「ハハァッ! 失礼します……これはっ!」
「ほう」
アイリスから親書を受け取り読むアルガスは、女王同様手紙の質感に驚き、さらに手紙の内容に驚いた。
ハルダーの方は、手紙の内容に驚いているようだ。
「オウカ……これが、その国の名前なんですね。 しかも、その内容は……」
アイリスが呟く言葉には、疑問と困惑が見え隠れしていた。
その原因である親書の内容を簡単に纏めると、
外海の西の先に私の国があるよ。
桜花って言う名前だよ。
我が国は島国でここからここまで領有するよ。
だから我が国を承認してね。
あと勝手に我が国に入って来ないでね。
貴国が今悩んでいる食料について支援する事出来るよ。
交換する物は、貴国で出させる物で良いよ。
でも他に交換出来る物があるなら別のでも良いよ(赤岩、赤砂、白岩、白砂でも可)。
その辺は、許可してくれれば外交官派遣するからその時に決めようね。
桜花国王 素鵞真幸
と記載されていた。
「う~む……この新書に書かれている内容が本当だとすると、オウカという国に何のメリットがあるのか分かりませんのう」
「確かに……しかも、ここに書かれている赤岩などは、我が国では良く目にする物……」
内政には疎いハルダーもこの内容には首を傾げる。
それ程の内容だった。
「内務卿、ここに書かれている赤岩とは、何ですか?」
「はい、恐らく赤岩と赤砂は、山などで良く目にする物かと思います」
アルガスは内務卿という立場から国内の事をつぶさに調べ上げ、利用できる資源の調査をしている。
それは自国の特産となり国を潤し、他国への武器ともなるのだから当然の事だ。
だから今回の赤岩、赤砂についても頭の片隅に記憶されていた。
「ああ、アレの事ですか! では、我が国ではアレをどの様に利用しているのですか? 食糧と交換するほどの物なんですか?」
「いえ、とても脆く金属でもありません。 火にくべても燃えない、その程度の物で我が国では特に利用している訳でもなく……他の国でも同様と記憶しています」
「そうですか……相手の目的が見えませんね。 では、白岩、白砂と言う物は?」
「はい、そちらは河川で良く目にする物かと……こちらも特に利用されておりません」
アルガスの説明にアイリスの眉がますます寄ってしまう。
それほど考えても相手の目的が分からないと言う事だった。
「ナバル子爵、あなたはコレについて何か聞いてなくて?」
「ハッ! 手前の方でも怪しく思い親書を持ってきた商人に聞きました」
「ふむ、やはりお主も気付いたか……それで何と言っておった」
「はい、その商人がオウカから言われた事は、食糧が不足しているのに食料を交換する訳にはいかないだろう。 それに銅や鉄、金などは、彼の国でも利用する物、樹木も建材や薪に利用されており交換する物が僅か……だからと言って無償支援では、大国のメンツにも係わる事、ならば利用されていない石や砂が良いだろう……と言われたそうです」
国と言うものはメンツを気にするモノで他国との貿易の際には、これだけの物をウチの国では取れるんだ! と自慢する場合もあった。
今回は、それらを大量に交易品として交換してしまうと、国での資源利用に逼迫する可能性があったため先を読んで利用されていないモノを示した事になる。
「国としては、ありがたい事ですが……子爵、その商人からそれ以上は?」
「申し訳御座いません。 その商人は親書を受け取っただけで詳しくは聞いておりませんで……色々と調べましたが、それ以上なんとも……」
アイリスの問いにナバルは、苦しげに平伏の態で応える。
ナバスもあらん限りの情報網で調べたが、返ってくる答えは一様に「その辺に落ちている石や砂に興味が湧く者はいない」だ。
それ程にありふれた物を要求してきた桜花への対応にナバルも苦慮していた。
「……とりあえずココでいくら議論しても解決しませんね。 ともかくその外交官という者を受け入れて話をしましょう」
「ここに書かれている事を信用するのですか? 女王陛下」
ハルダーの問いにアイリスは軽く首を振った。
「いいえ、話を聞かなければ答えも出せません。 とりあえず話を聞くと言う事です」
「確かに……そうですな」
「よろしい、では、内務卿」
「ハハッ!」
アイリスが目配せをするとアルガスが前に出る。
「ナバルよ、後で女王陛下の親書を渡すのでその商人にオウカへ渡す様にするのじゃ」
「了解しました」
「もちろん内密に会談するのでそのつもりで行動するのじゃぞ!」
「承知しています。 今回も聖光教会に話が漏れぬ様に細心の注意を払った上での行動です」
聖光教会とは、太陽の光を聖なる神として崇めている宗教の事で多くの国で活動し改宗や洗礼などを行っている。
すでに敵対するケルファルトでは国教としており、その発言力は強く属国のみならず各国の王にも国教とするように強要していた。
ここフォルフェバレク王国でも同様で貴族を中心に手が伸びており国教とする動きまであるほどだ。
そして、この聖光教の教えにこうあった。
外海の外は、人が住める環境では無い。
もし、そこに生き物がいるとするならヤツラは我々の光とは異なる異形のモノ
ヤツらは野蛮で知能が低く獣同様の魔の者達、魔族でありその地域は魔界である。
光は絶対の支配者
いつしか闇を切り開き人々の生活を豊かにして行くだろう。
長い経典の中には、その様な一文があり
そのため人と異なるモノを亜人として蔑み奴隷へと身分を落としたのもコイツらだった。
ナバルが、派閥の長であるアルガスに相談せず今回の行動に出たのもその教会の手がアルガス周囲の貴族から感じられたためだ。
「うむ、ヤツラの声は日増しに強くなっておる。 昨今では、聖光教で洗礼しない王は王ではない! と言う始末」
「ご賢察です。 今回の件もヤツラに届けば我が国への横槍や発言力の増強になりかねません」
すでに裏から乗っ取られた国もあると、情報を掴んでいた2人。
だからこそ、いまだ戦火の爪あとが残るこの国へ、ケルファルトだけではなく自国に善からぬ手を伸ばしてくるモノを防ぐ必要があった。
「オウカ……どの様な国なのでしょうね。 本当に魔の者達なのかしら」
そんな2人のやり取りを見ていたアイリスは、現在の国難を救う一石となるかもしれない桜花へ思いを馳せるのだった。




