81.桜花国記(運命は残酷)
住民達の移動が行なわれた集落では、1つの騒動が起こっていた。
朝が明け集落の住民が忽然と消えていた事には、反対派にとってまさに寝耳に水、その動揺は小さな物ではなかった。
ある者は頼りにしていた人がいなくなったと絶望し、ある者は出て行った住民は腑抜けと怒り、ある者は自信がどうして良いのか分からず戸惑っていた。
そんな多くの者が混乱の渦中にあったが、ギリアムが残っていた事には混乱していた者も一時が安堵させた。
ギリアムがいれば何とかなる。 そう若者達に希望の芽を芽吹かせるほどに……。
しかし、一部でギリアムの妻子がいない事に気付く者もいる。
反対派のリーダーとして奉っていたギリアムが、妻子を移住させたのは裏切り行為では無いのか? と疑問がだんだんと大きくなり最後は一方的に決めつけてギリアムから距離を置くものが現れる始末。
特に実力共にナンバー2がそれであった。
そして、他の過激な思想を持つ者達も、このナンバー2に集まり
移住した住民の事など構わず、ただひたすら人族への復讐をどの様に行うかを密かに計画していったのだった。
「なにっ! 人族の村を襲いに行っただと!」
「はい、夜に偶然、外に出ようとしてたアイツらに会ったんです。 それで俺、何しに行くんだ? て聞いたんです……そしたらアイツら……俺達の力を見せてやるって……」
「くそっ!」
憤りを隠せないギリアム
なぜ自分に、すぐに知らせなかったのだ! と叫びたい気持ちを抑える。
何故ならギリアム自身、今集落に帰ってきたばかりなのだ。
ギリアムは、2日前から狩りに出ていた。
桜花からの支援物資(食糧)は、集落にそっくりと残っていたので無駄にしなければ今年の冬を過ごす分だけはあった。
しかし、それは飽くまで無駄を省いて細々と暮らしていけばの話であって、集落に残る者達は若い。
若いだけあって食べる量も子供や老人の比では無く、余剰分を確保しなければ油断出来ない。
そのためギリアムは得意の弓で狩猟を行い、ただでさえ不安の残る集落の者達を少しでも安心させようとしていた。
「クッ、不平不満は知っていたが、この様な早まったマネをしおってっ!」
使者から全ての住民に向けて、移住計画の禁則事項の節舞を事細かに受けていた。
マサキからも軽挙妄動を謹むように言われている。
そんな事をすれば桜花で安全に暮らすチャンスが、遠のく事など言われなくても分かっていたはずだ。
ギリアムは、自分が不平を募らせた者達にもっと積極的に接触して行くべきだった、と後悔するが、まずは村を襲撃に行った者達を急いで連れ戻すべく行動を開始する。
「動ける者を集めろ! あの馬鹿どもを連れ戻すぞ!」
この事は、監視衛星などで常時監視していた桜花も知るところになる。
緊急の閣議が開かれ、実行犯は厳罰として、5年以上の移住申請不許可を
ギリアムら巻き込まれた者達には、情状酌量として比較的早い段階で移住の申請を出来るようにする事が決まった。
しかし、事態は桜花が思ったよりも悪い方向へ傾く。
獣人族の集落からもっとも近くに住んでいた人族の村々は、度々の家畜、食糧の強奪に業を煮やし、この一体を治める領主へ嘆願書を提出していた。
嘆願書を受けた領主は、この襲われた村の近くに獣人族などの亜人達が住んでいる可能性が高いと予想し、ここで亜人達を一網打尽にして奴隷として売れば良い金になる。
しかも自分の領地に住む村の者達からの嘆願、これを聞き叶えてやれば自身の評価も高まり多少の増税にもとやかく言わなくなる。 と考え隣の大領主であり、強力な私兵を持つ寄親の叔父に相談したのだった。
叔父もコレには、二つ返事で快く承諾し村の周囲に私兵を送る事になった。
小さな領主ならともかく、大領主でもある人物が大した金にもならない亜人狩りに快く兵を送り出したのか疑問に残る。
だが、話は簡単でこの大領主の性癖によるモノだ。
この領主は、拷問関係が大好きな人物
特に活きの良いモノが好きで人族や亜人関係なくジックリと甚振るといった残虐性を持っていた。
だからこそ今回、良い獲物が取れると期待しての派兵なのだろう。
そして、その送った時期が、運が悪い事に獣人族の一部の若者達が暴挙に及んだ、その日だった。
日が昇る前
まだ、村の人々が起き出すには早い、そんな時間
村の近くの草むらに潜むものがあった。
「人族が、目に物見せてやる!」
獣人族の若者達だ。
彼らは、人族の村から盗んだ金属で槍や鉈加工した得物を握り締めている。
さらに興奮しているのか目は血走り息遣いも荒かった。
「行くぞっ!」
1人の獣人を先頭に一気に村へと走り出す。
今回、彼らが考えた攻撃目標は、まず、この村の一番偉いヤツを殺す。
次に、抵抗してきた者を殺し、自分達の強さを見せ付け食糧を奪って逃げる事だった。
だから村の中央付近にある一番大きな家に向かって走る。
なぜこの家に向かうのかと言えば、一番偉いのだから一番大きな家に住んでると判断したからだ。
「もう少しだ」
声を潜めつつ身を屈め音を立てずに走る。
しかし、その獣人族達を監視している者達がいた。
「放てーーーーーッ!」
広場の中央付近に差し掛かった時、突如大きな声が聞こえた。
その声に獣人族の若者達は、慌てて物陰に隠れようとする。
しかし、その行動はすでに遅く、彼らに向けて投網の様なものが投げられ大きく開かれると、さしもの俊敏な動きの獣人族も幾重にも投げつけられ網に手足を絡み取られていく。
「くっそ、罠かっ!」
必死の抵抗も虚しく襲撃しに来た全員が網に絡みロープ等で捕縛されていった。
「くっはははははは、所詮は獣だな、罠と知らずに掛かりに来るとは!」
この村で人族部隊の指揮を取っていた者が、地面に這い蹲る獣人族を見ながら高らかに笑う。
「ウオォォォーーーッ、人族がぁーーーーっ、グハッ」
立ち上がろうとするが、両足にも縄が掛けられ左右に引っ張られたため踏ん張りが利かず倒れ込むと同時に後ろから猿轡をされ首に鉄の輪をつけられた。
これは隷属の首輪と言う魔道具で反抗的な奴隷等につけられる物で、反抗をすると対となる魔道具がスイッチの役割になっており首輪が締まる仕組みになっている。
「ふはは、吠えるな! 獣は活きの良いヤツが良い、高く売れるからな! 他にも仲間がいるはずだ、コイツらの住処を吐かせろ!」
「ハッ!」
「グウァァァァーーーーッ!」
男の言葉を聞き部下の者が、獣人達を引き摺って連れて行く。
それと同じくして朝日が昇ると、村一番の高台から狼煙が焚かれる。
これは四方に散った仲間へ、この村に襲撃があった事を伝えるためだ。
「俺達は当たりを引いた。 お前ら、領主様からの褒美を期待出来るぞ!」
「おおーーーーーー!」
その言葉に兵達も活気付く。
1匹なら安く買い叩かれるが、数百匹でもいれば……笑いが止まらんな!
亜人奴隷は基本安い。
しかし、ある程度纏まった数になれば、色々な労働力として使い潰せるので高値が付く場合が多い。
また、良い毛並や変わった種の亜人なら物数奇な資産家が高値で買うのでさらに値段が跳ね上がるのだった。
もしかすると一攫千金、または、昇進し領主直属になるかもしれない。
そうなれば今の給料の倍、いや3倍になる。
そう思うと、指揮を取っていた男は笑いを抑えきれず。
「くくくっ、はーっははは、ガフゥッ!」
「隊長?」
笑い声はいつもの事と気にしなかった部下も、隊長の笑い声が途中で止まった事に疑問に思い顔を上げる。
「ッ!!!」
そこで部下が見たものは、右目を矢で貫かれ後頭部から鏃が飛び出して立ったまま死んでいる隊長の姿だった。
「てっ、てきしゅっ、ウッ!」
次に叫ぼうとした部下の胸元に矢が突き刺さる。
絶命に至らなかったが、瀕死の重傷で声も出せないまま倒れこんだ。
「よし、救出しろ!」
そう叫んだのはギリアムだった。
彼は、得意の弓を使いなんと400メートルの距離から一撃で人族の兵を屠ったのだ。
実際、人が弓矢で殺傷出来る距離は200メートルが精々なので驚くべき精度と、弓を引いた筋力である。
そして、救出に来た仲間に指示を出すと、仲間達も心得たとばかりに村に突撃して行く。
「さっさと終わらせて逃げるぞ!」
今の目的は、馬鹿な行動に出た仲間の救出が目的なので目的を果たせば戦いを続ける事無く退散する予定だ。
「て、敵だーーーー! 敵だぞーーーー!」
「クッ、気付かれたぞ、ここは俺が抑える」
「だけど1人じゃ無理だよ、ギリアムさん」
「良いから行けーーーーっ!」
ギリアムは弓を槍に持ち替え敵の部隊に正面から挑みかかる。
それを見た仲間の者は、事前の打ち合わせどおりに救出へ向かう。
ただし、仲間の数人はギリアムを助けるために加勢しに行っていギリアムから怒号が飛ぶ所だったが、いかに武に秀でたギリアムでも数の劣勢には抗いきれず仲間の加勢があった事により何とか、この場に踏み止まっれた言えたのでそれ以上何も言わず前だけに
集中するのだった。
こうして、人族の村へ救出に行ったギリアム達だったが、狼煙を見た人族の他の部隊がこの村に駆けつけ。
圧倒的に不利な状態になり、何とか数人の仲間を逃がす事に成功するが、もともと捕まっていた者達を含め捕縛されてしまうのだった。
ギリアム達が村に詳しく地理を把握し、人族の部隊がどこにどの様に配置されているか敵戦力を知っていたのなら、成功していた可能性が高い。
しかし、突発的な出来事、敵勢力が通常より多かった事、情報が極めて不足していた事など、彼個人の武力では、どうにもならない状況になっていたのだった。
この件についての桜花は、ギリアム達が人族の村へ救出に行った時、支援部隊を送るか検討するが、そもそも対象とする亜人達の集落は世界各地に多数あって今から部隊を編成しても間に合わないため見送り、ギリアム捕縛後の集落へ働きかけ残った者を移住させる。
その後も捕まり奴隷落ちたギリアム達を直接救出するべく計画するが、ギリアムがこれに首を縦に振ることが無く、桜花への移住を頑なに拒否するのだった。
ギリアムは、捕まり奴隷として屈辱的な日々を送るも、同じく奴隷に落とされた仲間を桜花への救出を手引きし、また、他の亜人奴隷の説得、ほぼ全ての亜人達が桜花へ渡る事に
この間もギリアムは、病的な領主の拷問を受けるが屈する事無く亜人救出に桜花の手助けをしたのだった。
しかし、そんな頑強なギリアムも日々繰り返される拷問と、酷使される肉体労働に肉体的、精神的に限界は訪れる。
数年後
ある領主近郊 廃屋
ある程度雨露がしのげる小屋の中にギリアムは寝ていた。
呼吸は浅く、体中に受けた傷の痛みはすでに痛みと感じないほど悪化し意識が混濁した状態で仰向けに倒れていた。
この廃屋は、ギリアムの住まいではない。
どう見ても朽ち果てる寸前で何とか雨露が凌げる程度に原形を止めているに過ぎなかった。
そんな廃屋になぜギリアムが寝ているのか?
それは、使い続けたオモチャに飽きた子供の様に領主が瀕死寸前のギリアムをこの廃屋近くに捨てたのだった。
かろうじて息のあったギリアムは、這ってこの廃屋を見つけ中に入ったのである。
「失礼」
扉も無い廃屋の入口から懐かしい声が聞こえたので、ギリアムは混濁する意識の中、虚ろな表情で入口の方向へ顔を向ける。
「久しぶりだね、ギリアム」
そこにいたのは、マサキだった。
「おひ、おひさぶりで……」
「無理に喋らなくて良いよ。 大丈夫だから」
ギリアムの口の中は歯を抜かれたり砕かれたりしているため、まともに開く事が難しかった。
他にもマサキは、ギリアムの姿を見て険しい顔になる。
「酷い……な」
何とか出せた言葉だった。
マサキが見たギリアムの姿は、体中傷だらけであり左腕が切断され右足の健が切られていた。
また、片目、片耳を潰され火傷の痕も多数身請けら得る。
あの、綺麗だった白くて美しい雪豹の毛並も今では見る影も無い位に汚れてしまっている。
「ギリアム……なんで桜花に行くと言ってくれない」
ギリアムは、これまでマサキを含め多くの者から領内から逃亡し桜花に逃れる事を何度も提案されていた。
しかし、その全てを断り、他の奴隷達の解放に尽力していたのだ。
ギリアムのこの行動に桜花の移住計画実行部隊は大いに助かった。
奴隷として身を落とした者達への接触は、商人に扮した人族か、闇夜に紛れ他に気付かれない様に接触するのが精々で直接話をするのは難しい。
ギリアムならば直接語りかけ、同じ亜人、同じ奴隷の身分である事が、奴隷達の心を開き説得に応じる事が1つや2つではなかった。
だからこそ、毎日の様に繰る返される暴力や労働を見て、マサキや桜花政府もギリアムの移住をもっと早い段階で実施したかった。
だが、ギリアムは拒否した。
桜花の条件で移住には本人の同意が必要であるため、これでは行動に移す事が出来ない。
家族の意思も確認したのだが、ミカーナからは本人の意思を尊重して欲しい。 と鎮痛な面持ちで言われそれ以上何も出来なくなった。
そして、なぜマサキが、ここにいるかと言えば最後の確認のためだった。
「ギリアム……」
マサキもミカーナ同様、沈痛な面持ちで顔を下に向ける。
「マサキさま、私はお役に立てたのでしょうか?」
その言葉にハッとなり、マサキは顔を上げギリアムの顔を見るが、彼の目は虚空に向けられまるで焦点が合ってない状態だ。
「あ……あぁ、もちろんだ」
「よ、よかった……」
そう言うと、ギリアムは残った右腕を震えながら少し上に突き出す。
マサキは、両手で掴みシッカリとその手を握り締めた。
「娘……ミアーテに渡して下さい。 私には、コレしかもう無いので……」
ギリアムは、マサキの両手の中に何かを握らせる。
マサキは、手を開き渡された物を確認すると、その手にあったのはギリアムと初めて会ったあの時に作ったペンダントだった。
ギリアムは、奴隷になってもコレだけは頑なに放さなかったのである。
たとえ、それで左腕が切り落とされようとも……。
「待て、ギリアム! これはお前が直接渡すべきだ」
「わたし……は、もう……」
ギリアムの肉体も精神も限界だった。
マサキも事前に医師にギリアムの身体について聞いたが、外側だけでなく臓器や骨にも損傷が見られ脳も出血、体力も無く精神的にも限界が訪れており、すでに手の施しようが無いと診断されていた。
だから今この場所に医師は同席していない。
マサキは握るギリアムの手から力が、どんどん失われて行くのを感じた。
だから、聞くなら今しかない!
「ギリアム、もう一度聞こう。 桜花に来てくれないか?」
ギリアムの腕には、もう力が残っておらず自重の重みを感じる。
その目もゆっくりと閉じようとしていた。
「ギリアムっ!」
ギリアムの心に届けとばかりに大きな声で名前を呼んだ。
「承知」
その一言が、ギリアムの最後となる。
マサキは、同行してきた者達と共にギリアムの身を綺麗にする。
そして、ボロボロの服からギリアムの毛並みと同じ真っ白な衣を纏わせ、棺に丁寧に入れてあげた。
棺の蓋を閉めると、マサキは蓋の上にそっと桜花の国旗を纏わせる。
それはマサキと、桜花国の感謝の印だった。
桜花国内では、国営放送を使ってギリアムの事をすでに伝えてある。
国民は、ギリアムのことを国士として桜花国内に迎える。
政府もギリアムの国籍を桜花にし、彼の実績と功績から桜花国の国事に殉じた者として迎えた。
「この度は、この様な結果になり誠に申し訳無ありません」
ギリアムの遺体を残された遺族のミカーナ、ミアーテの下に帰した時、マサキ達全員が頭を下げる。
「マサキ様、これは夫が望んだ事です。 だから顔をお上げ下さい」
彼女は、眠るように横たわるギリアムの横に座り然として応えた。
「夫は常々マサキ様に感謝していました。 だからマサキ様からの度々の要請にも断ったのでしょう」
マサキと向き合うミカーナの目は、一転の曇りなく、ようやく帰って来た夫にどこかホッとしているようだ。
「ですから、私も含め夫に代わり感謝を申し上げたいと思います。 ありがとうございます」
ギリアムを死なせてしまった事に何も感謝をされる事がない。 そう思っていたマサキは、ミカーナの言葉に言葉を詰まらせ目礼でその感謝を受け取る。
次にミカーナの隣にチョコンと座る獣人族の女の子に向き直ると、懐から絹で丁寧に包まれたペンダントを取り出す。
「これは、君のお父さんから渡して欲しいと頼まれたものだよ」
「お……とうさん……」
ミアーテは、渡されたペンダントを見てもキョトンとするばかりで表情の変化が無かった。
まだ幼く、父親の死やペンダントの意味を理解出来ないかもしれない。
そんな少女を見た瞬間、マサキの胸は強く締め付けられる。
元気な父親に……逢わせたかった……な。
マサキは自分の父親の顔を知らない。
だからこそ……だからこそ、
この幼い少女に生きて父親に合わせてあげたかった。
話をさせたかった。
一緒にいる時を作ってあげたかった。
その思いは、まるで胸に杭が刺さっている様に痛む。
……だから
「ごめんね」
そう、少女に謝るしか出来なかった。
これにて獣人族のギリアムの話は終了です。
ちょっと急ぎ過ぎた感があります。
もっと話を広げれれば良かったんですが……。
この後は、桜花へ移住してきた民のその後 と 閑話を2話ほど挟みたいと思ってます。




