80.桜花国記(各々の決断)
桜花では、今回の移住計画で予算を付け、法律を制定している。
そして、移住する住民に対してもある条件をつけていた。
さまざまな条件を上げているが、もっとも大事とされるのが、
移住計画の報せを受けた後に犯罪行為をしない事
である。
つまり、移住希望者、または移住対象者が桜花への移住計画を知り、知った上で泥棒、正当防衛以外の殺傷、暴動などを起こした場合、移住の許可、または対象を外す事になっていた。
犯罪者を桜花に迎え入れ無罪放免をする訳のはいかない。と内閣で決定した事であった。
では、桜花の法を持って裁判をすれば良いのでは? と思うかもしれないが、それは他国である事、まだ桜花国民でない事、それに被害者や被害物などを桜花に持ってくる訳には行かないので仕方が無い事である。
ただし、犯罪を犯しても永劫に対象とせぬ訳ではない。
おおよそ5年ほど経つと移住取消し者に対して再移住許可・不許可の再審議が行なわれ、そこで許可が下りれば移住の申請が実行される予定だ。
もちろん本人の意思確認も必要で、拒否すれば無理やり連れ去る様な事は出来ない事になっていた。
このように幾つもの条件をクリアする事で移住になるのだが、この事が多くの種族の運命を変える事になる上、1人の勇士に使命を与える事になるのだった。
新月の夜、霧が立ち込める獣人族の集落傍で蠢くモノがいた。
「足元に注意して下さい!」
先頭を歩くのは、桜花国軍の隊員
後に続く者は、獣人族の集落の者達
彼らは、手に1本の長いロープをシッカリと握り隊員の後を必死に付いて行く。
何も見えないこの日、何をしているのかと言えば、この日は桜花へ移住する人達の移動日だった。
隊員は、住民一人ひとりに聞こえる程度の声で話、決して声を張り上げる事はしない。
誰も話をせず少しの物音にも気をつけ歩を進める。
なぜ音を立てずに移動しているのか? 疑問に思うところだ。
1つは、周辺に住まう人族を警戒して
もう1つは、移住反対派とのトラブルを防止するためだった。
人族は言わずもがな移住反対派へは、移住者や桜花国軍への暴行や暴動にならない様にしている。
これは、もちろん移住者への安全配慮もあるが、移住反対派がもしトラブルを起こせば、今後移住反対派の中から移住を希望しても桜花国法律で移住が数年先に遠のく可能性があり、悪くすれば許可が下りない可能性がある。
法の遵守はもちろんだが、桜花の政権も情がある。
ここで有無を言わずに彼らを切ったのなら、この先に多くの問題を抱え悩む事になるだろう。
だから、桜花側も配慮し慎重に行動していた。
「もう少しです! この先に……」
「「「ッ!!!」」」
隊員の言葉に前を向いた住人達は息を呑んだ。
そこには、金属で出来た大きな鳥の様なものがあったからだ。
「こちらで皆さんをお送りします。 中へ入って指示に従って下さい!」
隊員はそう言うと、鳥の様な物の後部に住民を案内する。
後部は穴が空いており空洞になっていた。
しかも、その中には先に移動していた住人達が席に座り何かで身を固定している様だ。
住民達は恐る恐る中に入ると、中で待っていた別の隊員の指示に従い席に着く。
事前に説明を受けていたが、とてもコレが空を飛ぶとは俄かには信じられずにいた。
住民達が自分達を乗せ、空を飛ぶ事に疑問を思うのも仕方が無い。
そう、これは桜花国のVTOL機(垂直離着陸機)でエルフ族を移送するさいにも使われた物だ。
当時も事前に説明をしていたが、エルフ達の驚きは驚愕に値するものだったので獣人族も同様なのだろう。
しかし、そんな半信半疑の住民たちの中で別で心配する者がいた。
ギリアムの妻 ミカーナである。
その横には、特別に備え付けられたチャイルドシートに眠るミアーテ
しかし、肝心の夫であるギリアムの姿は何処にも見当たらない。
「あなた……」
ミカーナは、叫びにも似た悲痛な声を出す。
そして、その手に握り締めるのは、マサキが撮影した親子3人が写る写真であった。
持ち運びがし易いようにハガキの大きさの写真が、綺麗に額に入れられている。
同じ写真が収められたペンダントは、本来ミカーナの首にかかっていたはずだが、今は別の持ち主に預けられていた。
彼女は、写真を抱きしめ思い出す。
マサキが去った後も集落で移住の可否について話し合いが何度も行なわれる。
しかし、賛成派と反対派の溝は埋まらず、もう話すことは無いとばかりに集落で顔を合わせても声を掛けないほどに悪化していった。
溝が深まる両者に何とか橋渡しが出来ないものか、ギリアムは奔走するが一度離れた心は元に戻る事無く。
ギリアムの努力も徒労に終わる。
マサキが問いかけた1件は、この集落に修復し難い隔たりを作り
ある者は武器の手入れに余念無く、ある者は他に気付かれる事なく荷物をまとめ移住の準備をするのだった。
そんな中、ギリアム家でも今後の話し合いがなされていた。
「あなた……どうしても残られるのですか?」
ミカーナは、ギリアムを心配そうに見つめる。
その目には、薄っすらと涙を滲ませるほどに……。
「ああ、あいつらを納得させるには、もう少し時間が必要だ。 大丈夫心配はいらないよ、私も後から必ずお前達の下へ行くから」
そんな妻を心配させまいと、ギリアムは必死に微笑み語りかける。
ギリアムは、今回の移住で桜花へ妻と娘を長達と一緒に桜花に送る事を決めていた。
夫であるギリアムから、その相談をされた時ミカーナは取り乱す事無く静に頷き夫の意思を尊重する。
本当は、移住するべきか、残るべきか、心が揺れていたが、夫の心情も良く理解していたミアーテは何も言わずにギリアムの決断を受け入れたのだった。
ギリアムにとって妻と娘は、自分の命より大事な存在
しかし、集落の若者も次に大事な者達
どちらかを切り捨てる事は、ギリアムには出来ず今回の苦渋の決断に至った。
時間をかけ仲間を説得し1人も残さず、妻と娘が待つ桜花に行く事を心に決めて……。
「でしたら……コレをお持ちになって……」
ミカーナは、自分の首からペンダントを取外すと、ギリアムへと手渡した。
そのペンダントの中には、マサキが撮ってくれた親子3人の写真が収まっている。
離れてもいても、いつでも傍にいると言う思いを込めて……。
「しかし、これは……」
ギリアムも妻の気持ちが痛いほど分かっていた。
しかし、せっかくマサキが作ってくれたペンダントを自分ではなく妻か娘に持っていてもらいたい。と、そう思っていたのだ。
「「……」」
お互いに続ける言葉が無く、沈黙し見つめ合う。
「アッ、アーッ!」
そんな空気を切り裂いたのは、ミカーナが抱いていた赤ん坊のミアーテだった。
ミアーテは、両親の心配を知ってか励ます様に笑顔で手足をバタつかせて元気な様子を見せる。
「まあまあ、ミアーテたら、お父さんは強いから大丈夫よ」
「あぁそうだぞ、お前の父は強く負けることは無い。 だから、お前達は先に行って待っているんだぞ」
写真と同じ様に赤ん坊を挟んで笑い合う2人
「あなた……必ず来て下さいね」
「ああ、もちろんだ!」
妻の言葉に力強く頷く。
ギリアムはマサキへの恩返しも含め、使者になぜ今回の移住の話が出たのかを聞いてみた。
そして、マサキが何を目指しているのかを知ったのであった。
俺は、あの方が目指す物に未来を見出した。
だから仲間を……いや、この地に残る全ての種族の手助けをして少しでも力になりたい!
そう思うんだ……。
ギリアムが、どの様な未来を見たのかは分からない。
ただ、その目には、何か決意するモノが宿っていた。




