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78.桜花国記(問題は山の様に)


 「はぁ……」


 ギリアムは頭を抱える。


 集落の食糧事情は改善されたが、別の問題が生じたからだ。

 それは、桜花国への移住の話

 長老や婦人たちは、移住に前向きどころか賛成している。



 『ギリアムさん! 俺は……俺達は、今まで人族にどれだけ酷い事されたか忘れていない! そんな人族の王がいる国なんて俺達は行きません。 絶対に俺たちの場所を取り戻すんだっ!』


 若者達の中でも戦いではギリアムに次いで強い獣人族の若者が声を荒げる。

 その取り巻きも、そうだそうだ と騒いでいた。

 彼は、年齢的にもギリアムの次であり、若者達の中でも声が大きくギリアムがいなければリーダーとなっていたかも知れない。


 この集落の長老とは、歳を一番とっている老人達でその長年の経験と知識をもちいて助言・提言をする存在で、皆これを尊重する立場だった。

 しかし、一部の若者の集団は、これを聞かずに自分達の意見、取り分け声の大きな意見に流される傾向にある。


 そして、集落の中で最も力があり、人望共に申し分ないギリアムが、この若者達のリーダーとして纏めているのが現状であった。


 「はあ……分かってはいるが……」


 ギリアムも彼らが言いたい事は分かっている。

 かく言うギリアム自身も昔は血気盛んで、人族に一矢報いっしむくいようと頑張ってきた。


 だが、年齢を積み重ね家庭を持った時、守る対象が出来るとそれは違う事に気付く。

 家族の笑顔のために時には、心の怨嗟の念に蓋をしなければ立ち行かない場合もある事に気付いたのだ。



 一方


 『聞けば、その国では、大人達が汗水垂らしながら働き子供は大人になるために必要な知識を学ぶ、そして、国は安寧で家庭には安心して暮らせるそうな……この里の様に日々人族の襲撃を恐れ恐怖し、今は彼の国から食べ物を分けてもらっているが、もし分けてもらえなんだら、その日食べる物さえ無い始末、ワシは集落の皆、中でも子供たちの未来のため移住に賛成じゃよ』


 長の1人がギリアムに言った言葉だ。


 今のギリアムには、この言葉は重くのしかかる。

 彼が望んでいる事は、家族が幸せに暮らして行ける事だ。

 長老の言葉は、彼が欲するその物だった。


 しかし、ギリアムは若者達を見捨てる事も出来なかった。

 彼らは、幼い時よりギリアムから学び育ち、大きくなっても心底からギリアムを信じている。

 そんな彼らを見捨てる事は、ギリアムには出来ないのだ。

 

 「どうすれば良いんだ……」


 これからの集落全員の行く末を決める重要な問題

 ギリアムは、この2つの違った意見に思い悩む日々を送っていた。


 「あなた……」


 そんなギリアムに妻のミルーカが声を掛ける。

 そのミルーカのお腹は、大きく膨らみ一目で子を宿していると分かる程に。


 「ああ、心配ないよ。 今日は、どうだい? 食べられそうか?」

 「スープだけ頂きましたが……すぐに戻してしまって」


 ミルーカは、ツワリが酷く食欲が低下し妊婦には見えないほど頬がこけていた。

 ギリアムは妻の手を優しく握り心配する。


 彼は、妻のためお腹の子供のために方々《ほうぼう》からツワリの改善になる食べ物や薬草などを集めミルーカに食べさせたが、一向に改善出来ずにいた。

 その間もミルーカは、痩せ細りこのまま行くと子供は死産してしまう可能性もある。


 「何か良い方法は無いものか……」


 ギリアムにとって、集落の人々も大事だが、妻とお腹の子供の方がもっと大事なのだ。

 自分の不甲斐無さに落胆するギリアムをミルーカはそっと抱き寄せる。


 ミルーカは、ギリアムが自分のためにどれだけ頑張っているか分かっていた。

 分かっていたからこそ、お腹の子供のために無理してでも食べ物を口に入れるのだが、体が受け付けず戻してしまい涙を流していた。


――トントンッ


 そんな時、ギリアムの家の扉が叩かれる。


 「こんにちは、ギリアムさん」


 誰かとギリアムが出ると、そこには桜花国から食糧を運んで来る使者の者がいた。


 「そうか、今日はその日だったか……」


 今日は、月に一度の桜花国からの食糧支援の日

 そんな大事な日すら忘れるほどギリアムの頭の中は、現在の問題で一杯になっていた。


 「ギリアムさんの奥さんが、ツワリが酷く食べ物が喉を通らないと報告したら、マサキ様……我が国の国王様が大変心配してコレを渡すようにと言われました」


 そう言って荷物を机の上に置く。

 荷物の中身は、沢山の果物と両手で抱えるほどの大きさの奇妙な四角い箱だった。


 「これは?」


 見た事が無い物を目にしたギリアムは、箱について質問すると、隣には同じ様に不思議な顔で箱を眺めるミルーカ。


 「ああ、これは我が国で作られた中の物を冷たく維持する魔道具です。 こうして……ほら」


 使者が、箱を取り出すと、ギリアムたちに見える様にパカッと中を開けて見せる。

 すると、確かにヒンヤリとした空気の流れが箱から部屋に流れ込んで来た。(※桜花国で作られた魔道具でクーラーボックスではない)


 そんな冷やして持ってきた物が何か気になったギリアムたちは、うながされるまま箱の中身を覗き込むと一層に疑問が膨らんだ。

 中にあった物は円筒形の金属、しかも数本並んで入っているだけだから、ギリアムたちに分かる訳ない。

 

 それに気付いた使者は、円筒形の物体を1つ取り出し蓋になっている上の部分をねじって開けて、ギリアムたちに中身を見せる。

 中には、白い何かが筒の内部の壁面一杯にくっ付いていた。


 使者は、それをさじすくい気皿にのせると、ギリアムたちもそれが食べ物だとようやく気付いた。


 「これは、アイスクリームと言って冷たく甘い食べ物です。 国王様の御后おきさき様も妊娠中ツワリが酷く食べ物を戻していた時に国王様が作って食べさせたと仰っていました」


 使者はマサキからアイスクリームを託された時の事を思い出していた。




 「何? ツワリが酷くて食べてないって!」

 「はい、ついこの前会った時は、随分とお痩せになっていました」

 「そう……それは心配だね」


 母子家庭だったが、母親や祖父や祖母のお蔭で愛情一杯に育ったマサキ

 そして、結婚、子供を授かり、母親や祖父母たちの愛情がどの様な思いだったか一層身に染みるのだった。 

 そんなマサキだからだろう、ミルーカの食欲不振を聞くと心配し良い案が無いか考え込む。


 「そうだ! アルもツワリ酷い時にコレ食べてたんだ」


 マサキは無限収納から金属の筒を取り出す。


 「この中にアイスクリームが入ってるから食べさせてみて、アルの時はこれが呼び水になって食欲も回復したから」

 「アイスですか、なるほど」

 「牛乳と卵を選んで氷の上で回して作ったから素朴ながらとても美味しいんだよ」

 「……これはっ! マサキ様お手製なんですか!」


 大した事じゃない、簡単に出来るよ とマサキは笑って答えたが、使者の驚きはソコではなかった。

 彼が驚いたのは、王様自ら料理しそれを振舞う事に驚いたのだった。

 しかし、すぐにマサキの柔らかな笑みを見て、(このお方だからな……)と悟り頭を下げる。




 ミルーカは、そんなアイスクリームを目の前にし緊張した様子だ。


 「わ、私が食べて良いのかしら?」

 「ええ、ご遠慮せずに国王様も望んでいますから、どうぞ」


 使者に促され恐るおそるミルーカは、アイスを口に入れる

 アイスを口に入れ数舜ミルーカは、固まった様に動かなくなってしまった。


 「お、おい、無理しなくても良いからな」

 「ええ、そうです。 ダメなら果物ありますから」


 ミルーカを心配して声を掛けるギリアムたち


 「お、美味しい~、何これ甘くて、冷たくて、柔らかい、こんな美味しい物があるなんて!」


 そんな心配を他所にミルーカは、アイスを休まず口に運びだす。


 その様子を見たギリアムは、妻が食べ物を口に出来た事に喜びホッと胸を撫で下ろす。


 「良かった。 しかし、ギリアムさん食べ過ぎに注意してください。 冷たい物を食べ過ぎると、子供に悪いですから」

 「あ、あぁ、心得た。 しかし、本当に……良かった。 ありがとう」

 「いえ、感謝は私にではなく国王様にお願いします。 私は運んで来ただけですから」

 「それでも、ありがとう」


 ギリアムは、使者に頭を下げるのと同時に心の中で会った事が無い国王へ感謝の念を送るのだった。





 時は流れ、アイスのお蔭で食欲を取り戻したミルーカは無事出産

 元気な女の子が生まれた。


 ギリアムは、生まれた時は元気良く泣いていたが母親に抱かれオッパイを飲むうちに安心して眠ってしまった赤ん坊を傍らで優しい眼差しで見つめる。


 「母親そっくりの毛並だ……そうだな、この子の名は……ミアーテにしよう将来母親と同じく美人な女の子になるぞ」

 「ふふ、ミアーテですか、良い名だと思います」


 赤ん坊を2人で覗き込み自然と笑顔になる2人


 そして、子が生まれた事である想いがギリアムの中で芽生えるのだった。


 「会ってみたいな……彼の国に王に」


 村の食糧難を救い、妻の食欲を取り戻し無事子供生まれた。

 多くの感謝と、そんな事をする王様に会いたいと自然に呟くギリアム。


 「そうですね、私の事と、この子が無事生まれた事のお礼もしなくてはなりませんね」

 「あぁ」


 ギリアムは、この数日後集落へ来た使者にマサキがこの集落へ来られないか依頼するのだった。

 そして、マサキはこの要請を快く承諾し、獣人族の集落へ訪問する流れとなる。


 これは、1つの家族のささやかな出来事かもしれない。

 しかし、この事は1人の男の心に1つの信念を生み出し、妻もそれを信じ支えて行く。


 たとえそれが、マサキの望む物で無かったとしても……。


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