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70.桜花国記(とある商人の話)


 アノゲート

 ここはケルファルト大帝国が治める港町

 交易が盛んで船の往来が盛んだ。

 道に並ぶ露店では、豊富な種類の食料、雑貨、嗜好品しこうひんが並び、街全体が活気に満ち満ちている。


 多くの商人は、大きな店を持つ大商人を夢見てここを目指す。

 もちろんケルファルト大帝国の首都、フェールでそんな商人を目指す者もいるが、首都では既得権益の大商人達が牛耳ぎゅうじっていて新興の商人が育つ土壌ではない。


 そして、ここアノゲートにある1軒の酒場に1人の男がいた。

 彼の名は、シュノワルト

 30歳半ばの決して悪くない顔立ちを持っていて、中規模ながら店を持つ中堅商人の1人だ。


 そんな彼が、粗末な木で出来てはいるが乱暴に扱っても壊れそうも無い重厚じゅうこうな作りの椅子に腰を掛け、テーブルにのった安酒を口に含み物思いにふけっていた。


 考えているのは、最近一部の商人からの穀物の卸量が増えている事だ。

 もちろん公にされていない。

 彼ら商人は、揃って口が固く入手ルートを漏らすはずも無い。

 漏れればおこぼれにありつこうと、邪な考えを持った連中やライバルの商人を潰すべく動き出す連中がいるからだ。


 それじゃ何故シュワルトが、その事を知っているのか。

 それは、卸量が増えた商人が、ほとんどシュワルトの知る人物達だからだ。

 そして、その商人達全員が、適正に物を売り、品質を保ち、顧客を大事にするといった商売人として極あたり前の、それでいて実際に実行するには難しい事を行なっており、市場や客からの評判も良い。

 もちろんシュワルトもその1人で、そんな者達の結束は強く情報交換も頻繁になされている。

 だからだろう、その事をシュワルトが知る所になったのは。


 シュワルトの頭の中では、ある男が話した内容が響いていた。


 「たまたま訪れた村で声を掛けられてな、小麦を売りたいって言ってきたんだ。 今年の小麦の収穫量が少なくて流通量が少ない中でそんな事を言ってきたんだから最初はあやしんださ。 だから警戒しながらそいつに付いて行くと、本当に有ったんだよ小麦が! しかも馬車2台分も! いや、アレには驚いたね。 石でも混ぜられてないか調べたけど全部本物、で値段の交渉もこっちが拍子抜けする位で、そこまで高値を設定しないんだわ。 最初こっちが言った値段より若干低い位でこっちが不安になる位だったよ。 ん? その後に何かされたんじゃないかって? いや、それが、何も無いから驚きなんだわ。 あいつは何なんだろうな……たまに会って話はするんだけど詳細を教えてくれないし、こっちも大事な客だから聞きにくくてな。 まあ、ほかでも……ほら、ルノート達からも聞いただろう? もっとも向こうは、トウモロコシみたいだが……」


 最近これらの情報を多く聞く。

 しかし、巷でこれらの噂は聞かない。

 彼らは口が堅い事、信頼している者にしか話さない事、それにその様な者としか接触が無いので噂が広がるはずも無かった。


 「ここ、良いですか?」

 「は!?」


 シュワルトは、考えに夢中で目の前に立つ男に声を掛けられて驚きの声を上げてしまう。

 すぐに意識を戻して周りの状況を確認すると、ただでさえ狭い酒場は多くの客でごった返し座れる席は自分の前にしか無い状況になっていた。


 「あ、ああ、どうぞ……」

 「失礼します」


 シュワルトに声を掛けた男は、そう言って前の席に腰を下ろすと酒場の主人にエールとつまみの肉料理を頼む。

 先ほどまで考えにふけっていたシュワルトだが、目の前に座る男を商人らしい冷静な目で観察していた。


 この辺の者じゃないな……南のエトワールか、フォルフェバレク王国の出身だろうか。


 身なりは他の者と変わらないが、シュワルトはその男の髪の毛に注目していた。

 肌は汚れているのだが、男の髪は油で固める事無くサラサラの状態で短く切りそろえられている。


 ナイフできった物ではない、何か鋭利でそれでいて同じ長さに切れる何かだろう。


 そう思ったシュワルトは、何だか男が気になり観察しながら男の素性を考える。

 いつもなら気にもしないが、商人の嗅覚だろうか男の姿や一つ一つの仕草に違和感を感じたからかもしれない。


 「! ……何か?」


 あまりにも長い時間見すぎたのだろうか男は、飲みかけのエールを片手にシュワルトに問いかける。


 「いや、すまない。 少し気になったモノで……この辺りの人ではない様だが、フォルフェバレクのかたかな?」

 「ええ、と言っても首都ではなく田舎のほうですが」


 平謝りしながらシュワルトは、男に問いかけると男も気にした素振りを見せずに答えた。

 変な誤解を招かなかったと、シュワルトはホッと胸を撫で下ろす。


 「ほう! では、その髪は、どの様にしているのでしょうか? 失礼ですが、フォルフェバレクのかたとも取引するのですが、あなたの様な髪をしている人を見かけたことが無くて」

 「髪ですか?」

 「はい、油も付けずにその様にサラサラで艶やかな髪を見たことが無くて」


 シュワルトは、何となく商売の匂いを感じ取り男に尋ねる。

 もしそれで商いが出来れば良い利益になるかもしれない。


 「あ、ああ! これですか……ええと、私の家では、灰を頭にかけて水で洗い臭い消しにこうを付けているんですよ」

 「ほう、香を……」


 香と言えば少量でも良い値がする。

 まったく手が出ないわけではないが、どこか上の身分の者の家に行く時か大事な人と会う時ぐらいしか付けることが無い。

 ましてやこんな小さな酒場で付ける必要が無いはずだ。

 もしかしたら、どこぞの貴族なのかもしれない。

 貴族なら庶民の暮らしぶりを興味本位で体験する人物もいるくらいだ。


 「今日は、大きな商会を行なっているワバーク氏の縁者の方に会う機会がありまして、身なりだけでも整え様と気を使ったのです」

 「ほう、ワバーク氏の縁者……」


 ワバークとは、帝都の大商会を運営している人物でこの国にいるシュワルトも何度も耳にしていた。

 ただし、シュワルトは、ワバークについて余り良い噂を聞いた事が無い。

 貴族に媚びへつらい商いを拡大させてきたワバークは、時にはその貴族の力で強引にライバルをおとしいれたり、気に入った娘を金で無理やり買ったなど市井では噂に事欠かない人物なのだ。


 「もっとも相手にもされませんでしたね……何か取引でも出来ればと考えたんですが……」


 男は残りのエールを一気に煽り、落胆の溜息を吐いて落ち込んだ表情を見せる。

 しかし、シュワルトは、そんな男の姿に同情ではなく安堵した。


 なるほど、この男は他所の国の者、ワバークの噂を聞いた事が無いのかもしれない。


 ここでシュワルトはある事に気付く。


 「と言うと、あなたは何か売る商品を運んできたんですか?」

 「ええ、私の家や村で作った物ですが」


 男は、そんな事を聞いてきたシュワルトの事を何故そんな事を聞くのか不思議な目で見る。


 「ああ、すいません。 私は、ここアルゲートで小さいですが、店を出しているんですよ! 他にも数件の行商なども手がけています」

 「おお、それは!」


 男は、渡りに船といった表情で喜ぶと、シュワルトも思わぬ所に商売の話があり喜んだ。


 「それで品物とは?」

 「はい、先ほど話題に出た香木に薬草と……あとは油ですね」

 「ほう、油も」


 話に出た品物はどれも貴重な物。

 取り分け油は、中から上級家庭での生活必需だ。


 「もっとも今回は、売り込みなのでそこまで量を運んで来てませんが……」

 「いえいえ、ぜひ見せて頂きたい!」


 シュワルトは、この話はあきないになると判断し身を乗り出して男に迫る。


 「っと、もう、こんな時間ですか……」


 シュワルトは、周りの席に客が少なくなっている事に気付き周りを見回すと、いつの間にか随分と時が経っているようだった。


 「何にせよ、ぜひ私の店に来て下さい! 一度その持っている品物を見せて下さい……おっとと、名前を名乗っていませんでしたな。 私はシュワルトと言います。 この先にあるゲットルと言う店の店主です」

 「おお、それは、ありがとうございます。 私は、ハンザと言います」


 2人は、笑顔で握手を交わし後日品物を見せる事約束をして別れた。




 「ふう、髪の毛か……なるほど盲点だ」


 先ほどシュワルトと話していたハンザが一人ごちる。


 『確かに盲点だったな、他の者にも気を付ける様に言っておこう』


 ハンザとは別の声が、男に応える。

 しかし、男の周りには人影一つ無く、声の主がいるような気配はしない。

 ましてその声は、ハンザの頭の中に響いているので仮に人がいても聞こえることは無かった。


 『そうですね、匂いとかも気を付けた方が良いかもしれません』


 男も声を出す事無く声の主に応えた。

 すると、男の目の前、詳しく言うと男の頭の中(網膜もうまくブラウザ見たいな感じ)で1人の人物が姿を現す。

 その人物の姿は、人族中心のケルファルト大帝国や男が来たと言ったフォルフェバレク王国では珍しい鳥人族(きじ)の姿をしていた。


 『そうだな調査研究して何か開発してもらおう。 私はこの姿だから代わってやる事は出来ないからな……他にも些細なことがあれば言ってくれ』

 『そうですね、その辺は一朝一夕とは行きませんから……課長、私の交易が上手く行けば……』

 『ああ、次の段階、奴隷購入を進めていくだろう』


 ハンザが課長、つまり上司に当たる人物に問いかけると、その鳥人族の男も頷いて応える。


 『奴隷になっていない外の集落、部族への交渉は?』

 『そちらは、マサキ様が直接やりたいと言っているんだ。 危険はあるが、あのかたに素手や武器を使って挑んでも我が国に勝てる者はいないからな……まあ、先触さきぶれを出す予定だが』


 鳥人族の男は、首を振って複雑な気持ちを治める。


 そう、先ほどマサキの名が出てきた様に彼らは、桜花国の外国潜入工作員。

 現在彼らは、マサキが宣言した様に各国の資金を集めているさいちゅうなのだ。

 おそらく男のハンザと言う名も偽名であろう。


 『とりあえずシュワルトに渡りを付けたのは重畳だ。 次の打ち合わせも含め船に帰還してくれ』

 『承知しました』


 網膜に映っていた鳥人族の男の映像が切れる。

 すると、次に別の映像が網膜に映し出された。

 そこに映るのは、シュワルトの出身や経歴、趣味や人物像など事細かく書かれた文章だった。


 ……彼は、見た目と反して優しい人物ですね。

 孤児や貧困家庭の救済と、将来性のある若者への投資ですか……。


 シュワルトは、己も親の無い孤児だったが、ゲットル商会の主であるゲットルに拾われ育てられ、今では中規模の商店を預かるほど信頼されていた。

 そして、シュワルトには、血の繋がらない兄妹姉妹が数人いる。

 それは、もちろんシュワルトと同じ様に拾われ育てられた子供達の事だ。


 ゲットル本人にも計画のため、会う必要があるかも知れませんね。


 そんな事をハンザは考えながら、身を夜の暗闇に消していく。

 もし、ここに追跡者がいれば、その姿を見失っていた事だろう。

 仮に襲い掛かっていても撃退出来る実力をハンザは有していた。

 工作員である彼は、そういった訓練を受けているのだから……。


 各国に根の様に張り巡らされた桜花国の工作活動は、まだまだ初期段階

 これから先、もっと根を張り巡らせ深い部分で活動していく事になるだろう。


 そして、彼らが言った奴隷購入とは!? マサキによる部族集落への交渉とは!?

 それは桜花国の歴史が、世界史の中にゆっくりと歩き出しその足跡を残す、初めの一歩なのかもしれない。


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