64.桜花国記(帯祝い)
桜花国歴13年5月
「はい、アルフィーナ様、私どもが巻きますので手を挙げていて下さい」
「う、うむ、これで良いか?」
アルフィーナは、ミナに言われるがままに手を挙げてバンザイの状態になる。
そこへミナとメイド達が、明らかに大きくなったアルフィーナのお腹に240センチの紅白の布を巻いていった。
「なんと変わった行事じゃのう」
アルフィーナは、困った様な驚いた様な言葉を漏らす。
今日は、アルフィーナが妊娠して約5ヶ月
お腹の子供が、無事に出産し健やかに成長するように願いを込める儀式、帯祝いの日だ。
帯祝いとは、地方によって違いがあるが、妊娠5ヶ月の戌の日に神社に行ってお祈りをする。
これは、犬の出産で多くの子供を生む事に安産の象徴とあやかっている事が由来している。
また、紅白の8尺布は、5ヶ月の安定期に入った赤子へ、丈夫な赤ん坊として生まれて来る様に願掛の意味もあった。
紅白の布は、ミナとメイド達が丹精込めて織ってくれた物で絹のような滑らかさと、良い感じの保温・保湿を持った布らしい。
「アル、準備できたかい?」
「うむ、終わったのじゃ」
別室に待機していた俺が、アルフィーナに声をかけると帯が巻き終わり準備が整ったようだ。
扉を開け中に入ると、ゆったり目の服を着たアルフィーナが準備万端とばかりに待っていた。
「ふむ、聞く所によると、昔は着物を着ておったのじゃな」
「そうだね。 でも、今じゃ畏まらずにどんな服でも大丈夫だよ」
和服しかなかった頃の話しだから常時帯をお腹に巻くよりは、今の様なゆったり目の服の方がお腹に優しいだろう。
「アルお母様、準備出来ましたんですか?」
「うむ、チャコ、まあもっともお腹に直接巻いておるし、服の下なので見えぬがな」
一緒に待機していたチャコは、アルフィーナの元まで駆け寄り優しくお腹に手をあてる。
チャコも最近は、大きくなっていくアルフィーナのお腹に興味心身で、また、姉になる喜びにアルフィーナ傍にいることが多くなっていた。
「マサキ、車の準備が出来たぞ!」
「主様、陽気も良いので薄着で良さそうです」
夜空と真白が、車の準備で外に待機していた。
「ああ、ありがとう。 それじゃ皆行こうか」
「うむ」
俺はアルフィーナの手を取ると、外へ出て待機していたバスにアルフィーナを乗せ出発する。
行き先はもちろん天乃神社だ。
この世界で初めて出来た神社だし、神社を守る狛犬は聖獣である真白とチャコを模して造った物なので戌の日にはちょうど良いだろう。
もっとも真白に言わせると、「私は犬じゃありません!」 と怒るが、それは勘弁して欲しい。
他にも、昔真白に世話になった集落では、白狼神社なるものが建てられていたりする。
真白自身は、昔気まぐれで何かをした程度でハッキリと覚えていないらしく、この神社の建設には困った様子だった。
日本でも実在の人を崇め奉る氏神社もあるので何とも言えないが、本人が存命なのに良いのだろうか?
まあ、聖獣って、この世界では古くから信仰の対象らしいから、しょうがない所ではあるんだろうけど……。
と、まあ色々と考える事はあるのだが、拝むなら近くにあることだし天乃神社にする事にした。
天乃神社に着くと、さっそく数人の者達が迎えてくれた。
彼らは、ここ天乃神社に研修に着ている宮司見習い達だ。
この神社は、ミナが宮司をやっているので手順などを完璧に教えられる。
ここで修行を終えれば桜花の各地方にある神社で宮司として勤める事になるだろう。
「これは、マサキ様、ようこそ御出で下さいました」
見習いの1人が、代表して挨拶すると並んだ皆頭を下げる。
「やあ、今日は、よろしくね!」
「ははっ!」
こちらも挨拶を返し周りを見ると、いっそう深々と頭を下げていく。
中には、感激して土下座する獣人族の者や翼龍人族の者達も中にはいた。
真白や夜空も一緒に来ているので、おそらく彼らは、彼女らの信奉所なのだろう。
「キャーーーーチャコ様ーーーー!」
一部で熱狂的な声を上げる巫女も居るのだが……彼女はチャコのファンなのだろうか?
半分聖獣だけら信仰の対象なのかもしれないけど、それで良いのか巫女さんよ……。
「しかし、今日は人が多いよね」
周りに目を向けると、鳥居の前の道路や境内に多くの人々が行き交っているのが見える。
それを宮司見習い達に聞くと、なんでも俺達にあやかりたいと妊娠5ヶ月の妊婦さんとその家族が集まっているそうだ。
中には、遠く遠方から来ているの者もいるらしい。
うーん、高速地下鉄や航空機も整備されているから、遠方でも無理なく来られる様になったが、妊娠中なのだから無理はして欲しくないものだ。
昨今、遠距離高速移動用の地下鉄も新しく開通し、各地に空港も整備されているので人や物が以前よりずっと早く移動出来る様になっていた。
ただ移動だけ早くして味気が無いので、他にも旅行向けの地上をゆっくりと走る鉄道を敷設する計画もあるのでそちらを使えば観光気分で来られるかもしれない。
何はともあれ境内に入り本殿を目指す。
人が多いので前に進めるか心配していると、なぜか十戒の様に人の波が分かれて本殿までの道が作られる。
割れた両サイドの人々が、こちらに向かって頭を下げるのが見えたので、どうやら気を使わせてしまったみたいだ。
時間をかける事無く本殿前まで到着すると、巫女に初穂料を渡し本殿内へ移動する。
「じゃあミナ、頼むね」
「うむ、ミナ苦労かけるのじゃ」
「お任せ下さい。 全力を尽くして祈願させます」
今日は、ミナが実際の祈祷してくれる段取りになっているのでいつに無く力を入れている。
いや、祈願するのは、こちらなんだが……。
本殿内に入ると、そこには多くの妊婦さんとその夫が座っていた。
聞くと、なんでも俺とアルフィーナと一緒に祈願して欲しいのだと……ここでもか!
真白と夜空、それにチャコ達には、本殿内の後方で待機してもらう事にして一番前に設けられた席に移動する。
俺達が着席したと同時に巫女服のミナとメイド達、それに宮司見習い達が本殿に入ってきて祈願の祝詞が挙げられる。
しかし、着替えにもう少し時間が掛かるだろうと思っていたんだが、まったく時を空けずに入ってきたな。
おそるべき早着替えだ!
儀式が終わり、安産祈願の札とお守りを貰い帰路につく。
その後もミナが、並ぶ妊婦さんに祈祷をするのかと思ったのだが、どうやら見習いに任せたようだ。
不平が出るだろうと心配したが今日やる事に意味があるらしく、まったく不満の声を聞く事は無かった。
あとの予定は無い。
今日は、みんな丸1日休みなので、居間で寛ぐ事にした。
まあ休みと言っても、皆に心配されてまともに働く事が出来ないアルフィーナの話し相手になるだけなんだが……。
こちらとしては、少しでもアルフィーナのストレスの解消になればと微力を尽くそう。
「へー、ナノマシンの開発も上手く行けば、5年を待たずして完成しそうなんだね」
「うむ、まあ、実験と臨床試験が上手く行けばの話じゃがな」
話題は医療の話になった。
アルフィーナの専門分野と言うだけあって、活き活きと話し始めるアルフィーナ
とても楽しそうに話を弾ませる。
「じゃあが、どの様に命令を理解させ行動させるかがネックなのじゃ」
アルフィーナは腕を組み今ある課題に思い悩ませ始める。
「うーん、門外漢の俺には、良く分からないんだけど」
「む? 別に何か気になる事があれば何でも言って良いのじゃぞ。 もしかすれば別の切れ込みから答えを得るかも知れんのじゃから」
とは言われても本当に俺の頭じゃ良く分からない。
まあ、ここは適当に答えて話を別の方向に持っていけるかもな。
「じゃあこう言うのは、どう? ナノマシンに魔結晶を付与して動かすみたいな?」
「ふむ……」
話を変えるどころかアルフィーナは、さらに考え込んでしまった。
「……なーんて、出来るわけないよ」
「いや、面白いのじゃ!」
「ね……はあ?」
まったく思いもよらない答えに驚く。
「うむ、この桜花の住民は全員魔力があるのじゃ、それをエネルギーにして動かせるのじゃ! それに各粒子別にイメージを刻む事が出来れば……うむ、うむ!」
アルフィーナは、何かに考えを集中させそれに没頭してしまった。
彼女の性格は、よく分かっている。
こうなっては、なにを話しても無駄だと……。
「あぁっ! そうだ! チャコ、それに夜空」
アルフィーナとの話を一旦止め、ある事を思い出しチャコと夜空を呼ぶ。
「何ですか? お父様」
「なんだマサキ?」
2人で遊んでいたので、すぐにこちらに顔を向けてきた。
「そうそう、2人にコレをあげるのを忘れてたよ」
無限収納からアル物を取り出して2人の手に1つずつ渡す。
受け取る2人の手の上には、銀色に光る小さな物が乗っていた。
「これは何ですか?」
「ああ、なんだコレ?」
2人は銀色のソレを摘み上げてシゲシゲと観察するが、分からないみたいだ。
「これはね、耳の耳輪に付けると、どんなに離れていても話が出来る特別な物なんだ」
そうコレは、個別に通話通信が出来る神様の贈り物だ!
これがあれば脳内で話や通信、他にも色々と出来るとミナが言っていた。
「え! 電話のような物ですか?」
「良く分からんな!」
「ああ、口で説明するよりチャコも夜空も耳輪に付けてみて」
俺の言葉が半信半疑の2人に言葉で説明するより、実際に使ってもらった方が早いだろう。
2人は恐るおそるといった感じで耳輪にソレを付ける。
すると、スーッといった感じに耳にソレは、耳に溶け込んでいく。
初めて付けた時は分からなかったけど、俺が付けた時もこんな感じだったんだな。
初めて他者が付けた所を見た俺は、なぜか感心し納得してしまう。
まあ、以前は見る暇も無かったからね。
「よし、それじゃ! 」
『チャコ、夜空聞こえるかい?』
「っ! は、はい」
「うわっ!」
いままで耳から入ってきたのと違い、突然脳の中に俺の声が響き驚いているみたいだ。
『はは、ゴメンゴメン、これで声に出さなくても話が出来るよ。 ただし、話そうと思った事だけ聞こえるから、話そうと思わなければダメだけど』
コレは、自分の心が筒抜けになる装置ではなく、声に出す代わりになるだけだ。
他にも映像や音、触覚や匂いなんかも送れるのだが、それはミナを介さないと送る事は無理のようだ。
『き、聞こえますか? お父様?』
今まで体験した事がない感覚なのだろう、恐るおそるチャコが通信を送ってきた。
『大丈夫、聞こえてるよ』
『っ! わぁぁっ』
チャコはそれが嬉しいのだろう、お尻の尻尾が勢いよく振られている。
『へえ、これで良いのか?』
『ああ、感度良好だ』
『おっ! なるほどなるほど、これは何かと便利そうだ』
夜空もすぐにマスター出来たみたいで、オモチャを貰った子供の表情を作る。
「まあ、直接会って話をするのも忘れない様にね」
「はい! お父様」
「ああ、分かってる分かってる。 チャコい~っぱいお話しような~」
ヤレヤレ、本当に分かっているのか?
そんなチャコと夜空を見ながら、意識を無限収納の目録に向ける。
そこには、まだ1つこの通信機が残っていた。
さて、これは誰にあげよう……それと……。
「それと、こんな機能が一般でも使えるように出来ないかな? 脳にも血液が行くからノナマシンで!……なんてね」
また、ふと思った事を口にすると。
「それじゃ!」
ナノマシンのワードに反応したのかアルフィーナが、大きな声を上げる。
「ど、どうしたの?!」
驚いてアルフィーナの方を向くと、いきなり両肩をガシッと掴まれ目の前には、凄く……いや、凄い笑みのアルフィーナの顔があった。
「それじゃマサキ! お主は、本当に凄い奴じゃ! なるほどナノマシンを介しての通信か……うむっ! ミナ少し聞きたい事があるのじゃ!」
そう言うとアルフィーナは、俺の事を放り投げてミナに声をかける。
「どうか、なされましたか? アルフィーナ様」
無表情ながら、何事かとミナはすぐに飛んできた。
何を思ったのか知らないけど身重なんだから、ほどほどにね、アル。
すでにミナを連れてどこかに消えてしまったアルフィーナの残像を追いそう思わずにはいられない。
そして、俺の身重の奥さんは元気一杯に何かに邁進して行くのだった。
【今後のネタバレかも……補足解説】
魔力について、3.魔法使いたい で体を循環させイメージを送っています。
ナノマシンに魔導(魔石=魔結晶)を付与する事で魔導ナノマシン(仮名)になり、
これによりナノマシンの体循環と、ナノマシン自体のエネルギー供給(本人の魔力)が可能になり他、
イメージを脳に送る事が可能になります。
言うなればイメージの相互送信が可能になったと言う事です。
ただし受信送信デバイスが、今は無いため上記の相互送信は今のところ不可能になります。
今後、この内容が登場する時に説明があるかもしれませんが、先んじて解説を載せておきます。




