60.桜花国記(憲法の公布と、思わぬ報せ)
桜花国歴13年2月
この国で初めて憲法が公布される。
公布とは、国が決めた法を適用する準備期間で施行されるまでは、何か罰則が適用される訳ではない。
日本だと、法律の公布、そして施行まで行なっても自分の生活に係わる法律でなければ、そこまで気にする人はいないだろう。
しかし、ここ桜花の市井では、この公布でにわかに活気付いていた。
「おい、聞いたか? 今年の11月にこの国の憲法が施行されるんだってな」
「ああ、聞いた聞いた。 マサキ様のお蔭でこの国の発展は目まぐるしいな!」
「「うはは、カンパーイッ!」」
昼に発表された憲法公布の情報に、その日、飲み屋に連れ出た会社員の3人は、ビールを片手に机を囲み公布の話をしだす。
「でも、なんで皆そんなに騒いでいるんだ?」
1人の男が、不思議そうに公布の話題に盛り上がる2人を見る。
「お前分かってるのか?」
「何が?」
同僚の一言を理解できずに男は聞き返す。
「マサキ様は、ご自身で我が国の運営をこの13年間行なってきたよな?」
「ああ、そうだ。 俺達がここでこうして酒を飲んでいるのも、マサキ様がここまでこの国を発展させて下さったからだ」
自分達が、その恩恵に多分に賜っている事を男も理解していた。
「だな、ありがたい事だ。 ほんの数十年前では、その日に食べる物にも困っていたのに今では、こうして酒が飲め、飯が食える。 心から感謝している」
「あたりまえだ! あの方がいなければ、これほどの生活が送れるなんて思いもしなかった」
「ああ、そうだな」
分からない男の言葉に2人は頷きビールを煽る。
「で、そのマサキ様が、国の運営を一手に引き受けて下さったんだが、今回の憲法で少し変わるんだ」
「変わる? 何が? マサキ様は、御健在だし何が変わるんだ? あの方無くては、この国は……いや、桜花は桜花じゃなくなるんだぞ!」
別段マサキは、自身を敬愛する様に言った訳でもなく、まして自身の実績を誇張に宣伝したわけでもない。
実際にあったことをそのまま国民に伝えただけだ。
その事は、リアレスから始まった村々の開拓に勤しんだ人々によって伝えられてきた。
だからだろう、日頃のマサキの仕事振りに敬意と敬愛を持って、自分も負けじと仕事に励む者が多かった。
「ああ、お前さんが、言わなくても分かってるって。 でな、その国の運営って言う大変な業務をマサキ様お1人の肩に御乗せしておくのは、国民として申し訳ない」
「そうだな、俺達と比べ大変な激務だろう……」
「だな、俺だって頑張っているが、会社と国では、比べようも無い」
3人は、しみじみとマサキの仕事の大きさを思い知らされていた。
「でな、今回の憲法では、マサキ様の御公務と責任を国民にも負担しようとしてるんだよ」
「ん? どうやって?」
男は同僚の言葉の意味が、まだ分からなかった。
「だから、今回の憲法には、国会について書いてあるんだ!」
「国会ってアレか? マサキ様が、毎日開いている会議だろ?」
「まあ、そうだが、それをマサキ様が御選びしたフォートル様達だけでなく俺達も参加して国の運営に携わる事になるんだ」
「?」
「まだ分からないのか。 日本の歴史で聞いただろう! 国民の代表が国会を運営する」
「ああ! 国会議員のことか!」
この男は、ようやく理解した。
今回の憲法に国会と、それを運営する国会議員の選出が書かれていることを。
「まったく、今のニュースサイトなどでは、この事が話題なんだぞ!」
「そうだ、それに日本の歴史でも学んだはずだろう? 覚えてないのか?」
「いや、すまない。 最近忙しくて……」
分からなかった男に2人は問い詰めると、男は恥ずかしそうに謝った。
友人であり同僚の2人には、この男のこの態度が何を意味しているのか知っていた。
この男は、最近付き合いだした女性がいる。
そして、近々《ちかぢか》その女性と結婚を考え会社での業績を上げたく頑張っていた事を……。
その男の様子を見て2人の同僚はヤレヤレと肩をすくめる。
「てー……言う事は、お前らは、議員に立候補でもするのか?」
「いや、俺は、今回の憲法施行によって拡充されるだろう公務員の募集に応募しようと思っている!」
片方の男はコブシを握り締めて宣言した。
「そんなに公務員が良いものなのか? 日本の歴史では、安定収入で人気みたいだったが企業で働くより安い給料だったと聞いたぞ?」
男は学んだ日本の歴史を思い出す。
そう、確かに男が言う様に日本の公務員は、安定収入で人気だった。
しかし、もっと思い出すべきだった。
企業でも半分以上は、その公務員より低い給料だった事を……。
「お前少し変な覚え方をしているな。 でもこの国では違うぞ。 なんせ正しく評価されて給料の上がり方が違うんだからな!」
「はぁ?」
「だ・か・ら、働けば働いただけ評価され昇給するんだよ。 なんでも目に見えない部分もキチンと評価されて返って来るそうだ!」
「ん~、いまいち分からんな。 だって管理職が俺達の仕事を評価してんだろ? なら、見えない部分って誰が評価してんだ?」
「……さあ? 俺は、そう聞いたけどな」
「ああ、俺もだ。 考えてみれば誰が、そんな色々と目の届かない部分まで評価してんだろ?」
3人が3人とも頭の上にハテナマークを付け考え込む。
彼らが知らないのも無理は無い。
ここ桜花の行政は、日本と同じ人(管理職など)による評価に加え、他にもその人物の仕事状況を評価する場所があった。
それは今回の憲法にも名前が載っている五色花冠である。
彼女らの下には、多くの情報が一手に集まる仕組みになっている。
それは、行政で使用するパソコンだったり、各所に配置してあるカメラであったり、センサーであったりと様々な情報が彼女達の下に集約されているのだ。
その情報により個人で頑張っている内容も手に取る様に分かっており、もちろん管理職が付けた人事評価なども情報として集まっているので、それとは別に評価されていない部分を再評価して人事局に送られている。
基本的にプラスの評価しか付けられないが、目に余るものは評価前に事前知らされ、法的に違反していた場合は公安へ情報がいく場合がある。
このように人では補えない部分を人工知能でカバーしている仕組みが、すでに桜花の行政に組み込まれていた。
「まあ、役所にいる俺の叔父が言ってたんだ、本当だと思うぜ」
「ああ、俺の親父も研究所にいるんだが、そんな事を言ってたな」
「へ~、だったら俺も移動しようかな……」
2人の言葉に真剣に転職を考える男
しかし、3人は知らなかった。
そんな情報は、噂となって巷に広がっており、今現在の行政機関の求人倍率がとんでもない事になっていることなど。
そんな事になっているとは、つゆ知らず
憲法を公布した後のマサキは、いつも通りの日常を送っていた。
今朝も早くから身体の鍛錬を欠かさずに行ないシャワーを浴びて、朝ご飯のため食卓に向かうと夜空とミナ、それにメイド達がテーブルに突っ伏すアルフィーナを囲んでいた。
「どうしたの? 何かあった?」
この状況に訳も分からず、アルフィーナの下に近寄る。
「ああ、なんでもアルの奴が、体調が悪いみたいなんだ」
「えっ! アルが!」
夜空の言葉に慌ててアルフィーナに駆け寄ると、苦悶の表情を浮かべたアルフィーナがテーブルに身を預けている。
「アル大丈夫かい!?」
「うぅ、気持ち悪いのじゃ~」
聞くとアルフィーナは、朝から吐き気とダルさを感じ頭痛もするらしい。
「う~ん、風邪かな? もしかして食あたり?」
出会ってからアルフィーナともども、マサキの家にいる者は誰も風邪などの体調不良になった事が無い。
日本にいた事は、マサキ自身体調管理を怠った事がなかったが、それでも風邪など体調を崩した事はあった。
マサキは、何十年ぶりの事と、大切な伴侶の事に酷く動揺していた。
「アルお母様、体調悪いの?」
「大丈夫じゃチャコ、平気なのじゃ」
耳がペタンと伏せてアルフィーナ心配するチャコに、アルフィーナは笑顔で応える。
しかし、その笑顔には力なく、見るからに辛そうなのは一目瞭然だった。
「アル、こんな所じゃなくてソファーに横になりな。 すぐに車で病院に行こう」
「うぅ~、ゴハン~」
こんな時にもご飯を食べたがるアルフィーナに苦笑いする。
食べても吐いてしまうかも知れないだろうに……。
「そうですね。 すぐに車をご用意致します」
ミナが、舞花達に指示を出して車を用意させる。
「ああ、ミナ頼むよ。 どこの病院が良いだろう? 国立病院かな? 内科に連絡を入れないと……」
「マスター、内科と言うより産婦人科に行かれた方が適切です」
病院の候補を挙げると、ミナから別の場所を勧められる。
「……さんふじんか? 産婦人科って、それって!」
「はい、アルフィーナ様は、現在御懐妊しています。 なので産婦人科が適切かと思います」
その言葉に一同が驚きの表情になる。
「ミナ、本当なのか?」
「はい、アルフェーナ様の腹部より別の心音が聞こえますので間違いないかと」
「ッ!」
全員がその言葉に驚きアルフィーナのお腹に目をやと、アルフィーナ自身も驚きの表情で腹部を手で優しく覆う。
「アル、赤ちゃんが出来たって、おめでとう!」
「う、うむ、私も始めての事じゃから、なんと応えれば良いのか……」
突然の報せに嬉しくなりアルフィーナを優しく抱きしめる。
「アルお母様、おめでとうございます」
「「「「「「おめでとうございます」」」」」」
チャコが駆け寄りアルフィーナの手を握り祝福すると、続いてミナとメイド達も祝福をのべた。
「ほう、子供が出来るのか興味深いな」
「主様の子ですか……」
夜空は、人がどの様に出来るのか興味深げに感想を漏らし、真白は何か思慮深い表情をしている。
俺は、アルフィーナの耳元に口を近づけると、
「……アル」
「ん? 何じゃ?」
「ありがとう」
「う、うむ」
「あのなマサキ」
「ん? 何?」
「やはり、気持ち悪いのじゃ~~」
アルフィーナはそう言うと、俺の方へ持たれかかり脱力する。
急いで車を用意して産婦人科に駆け込むと、医師もミナと同じ様に懐妊している事を告げ今後どの様に変化して行くかの説明を受ける。
そして、アルフィーナは母子手帳を受け取ると、とても大切に手帳を握り締めた。
その報せは国営放送を経て知れ渡り、桜花の国中は祝福ムード一色に包まれていった。




