54.桜花国記(小さな反乱)
お疲れ様です。
今回は、3人称視点です。
桜花国暦12年 3月26日
桜舞い散る桜花の国は、今お祭りの様に盛り上がっていた。
花見日和だからと言う訳ではない。
本日26日に国営のインターネットのサイトを通じて、マサキとアルフィーナの婚約が発表されたからだ。
多くの国民は、その報せに一部の者からは、「結婚していなかったんだ」と言った反応があったが、国全体でお祭りの様な祝賀のムードになっていた。
古参の者は、婚約の発表前から結婚式の準備のために奔走し、新規の国民は、お祝いをどうしたらよいのか悩み、また、桜花に入るべきか悩んでいた村や種族は、これを機に桜花に加わるべきと行政に問い合わせするなど、至る所でてんやわんや大騒ぎ状態になっていた。
しかし、これを喜ばない者がいる。
「クソッ!」
モニターの前に腰を掛け、酒ビンをラッパ飲みで煽る。
しかし、中身の酒が空になっていた事に気が付き、腹を立て乱暴に投げ捨てた。
彼の名は、鋭牙ドルフ
幼少期に熊に襲われた際左目を失い、危うく命を失いかけた所をアルフィーナに救われて以来、彼女はドルフの憧れの存在に
そして、いつしかドルフはアルフィーナを懸想するようになっていた。
目の前に映る多くの放送サイトは、各サイト全てこの話題で持ちきりになり。
切替える全てに、おめでとう の文字と、手を握り合う2人の映像が流れていた。
「えぇいっ!」
ドルフは、乱暴に電源を切りソファーに横になる。
もう、日も十分に昇っており、本日は平日
本来だと最近建てられた桜花軍の本部に出社しなければならないのだが、ドルフは無断欠勤をしていた。
家に備え付けられた電話は今も鳴っており、支給されている魔素通信携帯電話の画面には、何十件もの着信があった事を表示されている。
「けっ! やってられるかよ!」
それらを一切無視し、ドルフは目をつぶる。
それは、まるで世界から自分を隔絶するかの様に
しかし、頭の中では、アルフィーナへの思いが、グルグルと巡ってきて一向に眠れる状況ではなかった。
それでも、目を開けないドルフ
巡り来る思いに、いつしかドルフの頭の中では、何らかの解決策は無いのか、自分で何か出来ないのかを考えるようになり、彼は1つの答えを導き出すことになった。
ドルフは、目を開けて勢い良く飛び起きる。
「そうだ! あいつが王じゃなきゃ良いんだ!」
それは、安直でお粗末な考えだったが、酒のため酩酊している上に追い詰められた者の判断の甘さで出された答えだったが、ドルフはこれしかないと決めて行動に移す。
そして、彼は愛用の槍を手に取り外に出るのだった。
「あぁーーーー、忘れてたー」
マサキは、大声を出して執務室の机に突っ伏した。
机の上には、今日も数多くの書類、それに輪をかけた様に別の書類があった。
この別の書類の多くは、祝電とお祝いの品の目録であり、他にもお祝いの報と桜花に移りたい旨の村や部族の嘆願書が、宝物と一緒に送られてきたものだ。
「どうされましたか?」
机に突っ伏しているマサキに声をかけたのは、霜月ノア
彼女は、リアレス学修校の第1期卒業生であり
今では、リアレス学修校の学長であり、リアレス教育委員会の委員長、それに教育関係機関の長をやっている獣人族(虎)の女性だ。
今年で25歳になるが、男っ気が無くいまだ結婚していない。
彼女と同じく卒業したラキアは、フィルの村にいる許婚の家に嫁いでおり、現在長木実ラキアと言う名に変わっていた。
そしてなにより、今では2男1女の母親となり日夜子育てに追われる毎日だ。
ノアが何故ここにいるのかと言えば、リアレスのみならず現在人口が急増している都市に、5歳未満を対象にした幼稚園を設立するか検討する案件の最終報告をしていたからだ。
「ああ、ノア、突然ごめんね」
「いえ、それより何かありましたか? あっ! もしかして、書類の方に不備があったのでしょうか」
マサキは、ノアから渡された書類を握り締めて机に突っ伏したので、ノアはてっきり書類に問題があったのか不安になり書類に目をやる。
「いや、書類は問題ないよ。 違うんだ、俺がすっかり忘れてた事があったんだー」
机に突っ伏した後に今度は、天を仰ぐように頭に手をあてて椅子の背もたれにダラリともたれ掛かる。
いったい何の事か分からないノアは、そんなマサキに心配してどうするべきか考える。
「あの、マサキ様、もし差し支えなければ、私にお聞かせくださいませんか? 少しは気が紛れるかも知れません」
マサキから書類を預かると、ノアは優しげな表情でマサキを見ていた。
「う~ん、まあ私事なんだけど、アルに指輪を渡すのを忘れてたんだ」
「指輪……ですか?」
「うん、そうなんだ。 日本では、結婚や婚約の時には、指輪を渡すのが俺が居た時には常識だったんだよ」
結婚指輪は、古代ローマの時代にあったことから古い歴史を持っている。
日本に入って来たのは、近代になってからだがマサキの中では、これが一般常識として認識されていた。
「ああ、たしかに日本の資料で指輪についての記載がありました。 でも、この国では、そんな習慣は無いのでよろしいのでは?」
「う~ん、そうだけどね。 やっぱり形としてあげたいんだ」
今マサキの頭の中では、給料3カ月分?と古い記憶が呼び起こされている。
「でしたら、一度魔女様にお話になり、お2人でご検討されるべきかと……なんせ、式自体この国では初めてのことですから」
もともと魔界に結婚式は無かった。
あったとしても多少裕福な家庭が、親戚を集めて宴をするくらいで、式として上げるのは今回のマサキの結婚式が初めてとなる。
「なるほど!そうだね、アルに聞いてみる……か……」
マサキが、そう言おうとした時に何やら外が騒がしかった。
今外には、アクサ1人が受付をしている。
アオイは、侍従として結婚式の準備などに関係各所に赴いて調整をしているところだ。
『だから、そんな物持って入るんじゃないわよ!』
『うるせーっ! そこをどけぇ!』
扉の外では、アクサともう1人の人物が怒鳴りあいマサキの下まで聞こえてきていた。
そんな扉の向こうにマサキとノアが視線を移した瞬間!
――バン!
扉が乱暴に開けられ何者かが飛び込んでくる。
「王を辞めろ! 今から俺が王様だ!」
マサキに槍を向けて大きな獣人族の男が大声を上げて入ってきた。
「ドルフ?」
そう、今マサキの前にいるのは、鋭牙ドルフだ。
しかも、顔を赤らめてマサキ達の方まで酒の匂いが漂ってきていた。
「このバカ! いい加減にしなさい!」
その後ろからアクサが、ドルフの腕を掴み押し戻そうとしていた。
しかし、圧倒的な体格差の上に獣人族のドルフの腕は、アクサの胴回り以上もあるのでピクリとも動く気配は無い。
「今から俺が王だっ! お前は王じゃねえ!」
顔は赤く酒臭いが、ドルフの眼だけは真剣そのものだった。
さて、どうしたものかとマサキは思案している時、扉の奥から声が聞こえる。
「何の騒ぎかしら? 私が留守の間に何を騒いでるの、アクサ」
その声の主は、マサキのため方々《ほうぼう》に調整に行っていたアオイだった。
「アオイ様、聞いて下さい! このドルフのバカが!」
ドルフの腕を掴みながらアクサは、アオイに助けを求める。
「あら、ボウヤ、マサキ殿に何をしているのかしら?」
アオイもそれを確認すると、聖獣として持って生まれた力なのだろう、一瞬にしてアオイの周りの空間が歪んで見えるぐらいにドルフを威圧する。
しかし、とうのドルフは、後ろに眼を向ける事もせずにマサキだけを捉えていた。
本来だと、泣く子も黙る聖獣様の登場に獣人族は平伏すのだが、この時のドルフは違っていた。
それはまるでマサキしか眼中に無いとばかりに……。
「いい加減にしなさいよ!」
アオイの眼が、鋭くなり戦闘態勢に移行しようとした時にマサキが
「うむ……じゃあ、ドルフよろしく!」
「「「「はあ?」」」」
ドルフを含めアオイ、アクサ、そしてノアまで突然の言葉に疑問を投げかける。
それもそうだろう、武力で脅してきた者に、じゃあよろしくと席を譲るのだから。
「アオイさん、後はドルフがやるから」
「マサキ殿?」
「ノア、悪いんだけど、ドルフの補助をしてくれるかい?」
「へ? は、はあ……しかし、マサキ様!」
呆気に取られるアオイと、慌ててマサキを止めようとするノア
「じゃあ、2人ともドルフが、“ちゃんと”、王の職務を遂行するように監視よろしく!」
と言うとマサキは、3人を残してサッサと執務室を出て行く。
アクサは、そんなマサキにドルフの腕なんかとっとと離して、マサキの後に続くように部屋を出て行った。
「よろしいのですか、マサキ様、これは犯罪でクーデターですよ」
部屋を出て行くマサキのすぐ横で並んで歩きながら、アクサは小さな声で尋ねる。
さすがに内容が内容だけに、大きな声を出す訳にはいかない。
「ああ、とりあえず今日だけやらせてみて、明日俺がチェックするから」
「しかし……」
アクサは、マサキのそんな行動に心配を覚える。
なんせ、マサキを王にと、押した時にマサキ自身が、皆が必要ないと思った時は辞める発言をしていたのだから。
「ああ、大丈夫。 本当に今日だけ任せて見ようと思っているだけだから」
アクサに笑顔で応えるマサキ
マサキ自身本気で、いま王を辞める訳では無かった。
「10年以上見てきたけど、あいつは真面目で正直者だ。 もしかしたらボルガの助けに成るかもしれないしね」
「ボルガ殿の?」
「ああ、今、事務関係で手を焼いているみたいだから、ドルフをね」
「しかし、ドルフは事務に弱いですよ」
アクサは、そんなマサキの考えに一計を案じて進言をする。
「まあ、それは明日に分かると思うんだ」
「ですが……」
分かりきっている結果にアクサは一層混迷の度を深める。
すると、マサキは立ち止まりアクサに振り返ると
「それに、出来なかったら身体に覚えさせれば良いんだ、ここまでの事をやったんだから多少はね」
そんな発言をするアクサが見たマサキの顔は、悪戯を考えている子供の顔に見えた。
いつもの温厚でのんびりとしているが、必要な時は迅速に決める。
そんないつものマサキとは、違う表情を見た瞬間アクサの胸が少し高鳴る。
「じゃあ、ドルフの監視任せたよ! 俺は、ちょっとアルの所に……指輪を決めないと」
マサキはそう言って、スタスタと歩いて行く。
アクサは、1人廊下に取り残されマサキのうしろ姿を呆然と見送った。
「はっ! や、やだわもう、急にあんな顔を見せるなんて」
アクサは、少しだけ赤くなった顔を抑える。
「さ、マサキ様の言うとおり、あのバカを監視しないと」
アクサは下来た方にクルッと反転すると、何事も無かった様に歩き出した。
その日、ドルフは帰れなかった。
山の様にある書類に目を通して、問題点や課題を見つけ出す作業に没頭する事になる。
もちろん逃げ出さない様にお目付け役のアオイが、常に監視をして書類に不備があればノアから指摘が入るのだった。
次の日もドルフは、マサキの下に拘束される。
前日にチェックした書類に不備があったので修正するようにと、書類の束が目の前に突きつけられ逃げようとするが、マサキの膨大な魔力で無理やり拘束されたドルフは、書類と格闘する事になった。
もちろん拒否やサボろうとした場合は、軽い電撃が流され手を休める事を許されなかった。
これが毎日繰り返され、逃げ様としてもメイド達に取り押さえ連行と、ドルフにトラウマになったのは言うまでも無いだろう。
ドルフのサポートには、常にノアが付いてチェックを欠かさない。
彼女も忙しい身なのだが、一度の乗りかかった船と、もともと教えるのが好きな性格なので、ドルフに分かり易く熱心にマンツーマンで教える事になった。
のちにノアの名前が、鋭牙ノアになるのだが、それは少し先の話になる。
こうして英才?スパルタ?教育を受ける事でドルフの恋焦がれる思いは真っ白に燃え尽き
事務仕事をそつなくこなせる様になったドルフは、軍の政策形成や予算の確保に携わっていく。
「やだわ、年甲斐も無くトキメクなんて……」
「何の事かしらぁ? ア・ク・サ!」
「ヒッ! い、いえ何でもないです。 アオイ様」
「いいから、教えなさあぃ。 何があったの?」
「ちょ、あの、アオイ様、龍に戻って私を締め付けないで下さい。 あの、ちょ、ストーップ……アーーッ!」
それはもう、獲物を絞め殺す蛇のようでした(アクサ談)
お読み頂き、ありがとうございます。
以前書いた、ドルフの反乱です。
また、指輪は? と思われた方に補足みたいに書いております。
まあ、もともと結婚指は、日本の文化ではないのですいません。
次回は、結婚式になります。




