117.それぞれの帰路
アイリス・フォルフェバレク
アイリスは現在自国の船に乗っていた。
やはり、小さいですね……。
もちろん、この船は、自国の最新鋭である。
大きさ・性能ともにフォルフェバレク内でも1番を誇るはずの船と自負するものだが、やはりアノ船と比べると物足りなさを感じずにはいられなかった。
その船とは、もちろん隣に並んで走る桜花国の巨大な戦艦、榛名
その他にも周りには複数の巨大な船が追走していた。
現在アイリスたちは、桜花国からフォルフェバレクに帰路についていた。
オウカ国から旅立つ時、あれだけの多くのオウカ国民が集まり盛大にお見送りをして頂きた事、正直感動しかありません。
やはりオウカ国 王太子のユキクニ殿とクリスとの婚姻、結べなかったのは残念な限りです。
「女王陛下、彼らが遠のいて行きます」
ハルダーの声で我に返ったアイリスが顔を上げると、隣に併走していた榛名とそれと同じく周囲の船たちが少しずつアイリスの船から離れていくのが分かった。
しかも遠のいて行く船の甲板の上には、桜花国の船員が綺麗に並び立ち敬礼をして最後の別れをしている。
「最後まで見事なモノですね」
「ハッ、ここまで統率が取れているのは見事としか言いようが御座いません」
アイリスは、等間隔で並び一糸乱れぬ動きで敬礼する桜花国の軍人を見て褒める。
遠のいて行くそれに見入っていると、1隻のみフォルフェバレクの帆船に追走する船があった。
「我が船と一緒に来るのは、従来の木造帆船ですか……」
アイリスが言うとおりに、そこには、これまでと同じくフォルフェバレクに訪れる際に使っていた桜花国の木造帆船が追従していた。
「他の船は来ないのですね」
「はい、そのようですね。 おそらく我が国にいらぬ動揺を与えないためかと……」
ハルダーの言葉にアイリスは頷いて返す。
あの様な大きな船があると知れれば国民に恐怖を与えるでしょう。
それに他の国に余計な情報を与えないため、ですか。
「軍務卿は、桜花国をどう見ましたか?」
「ハッ、悔しいですが、率直に言って圧倒的かと……オウカ国の軍事力、それに経済力と生産力、人的資源、その全てに我が国を圧倒していました」
「そうですね……私もそう思います」
答えたハルダーの表情は暗い。
軍事専門であるハルダーだが彼が見た桜花国は、彼自身が計る事が出来ないほど巨大で圧倒的だった。
あの軍事演習で見せられた力……あの力が、もし我が国に向けられたとしたら……。
そう考えるハルダーの顔は、ますます暗く沈んだ。
「ふふっ、軍務卿、そう暗い顔をしなくても大丈夫です。 我々が変な気を起こさなければ彼の国も手を出してこないでしょうから」
「陛下、その通りでは御座いますが、現在の我が国には一部に不安の種が……」
「存じています。 一部貴族の間で妙な動きがあるのですね」
「ご賢察に御座います」
これにはアイリスも眉を寄せる。
国内の一部貴族は、桜花国を小さな国と笑い蔑んでいた。
それは食糧支援の条件が、フォルフェバレクに優位であった事に起因する。
彼らからしてみれば周辺国と同じく、食料を渡して大国に擦り寄る小国に映ったのかもしれない。
もし、その様な者達が、これまで同様桜花国に不敬な行動をとったら、と考えたアイリスは眉間にしわを寄せたまま目を瞑る。
「無知……とは、怖いものですね」
「たしかに、しかし我々もその目で見るまで信じる事は出来ませんでした。 この情報を生かしオウカ国への考えを変えていくしかないでしょう」
「そうですね、しかし、軍務卿? その情報を聞いたとして考えを改める貴族はどの程度でしょうか?」
「……2、いえ3割ほどでしょうか」
「それでようやく半分と言った所ですね」
アイリスは、心の中で溜息をつく。
フォルフェバレク最大派閥のアルガスは、貴族全体で半分近くを占めている。
それ以外の半分は、ハルダーの中級派閥が数個と少数派閥が雑多となっていた。
ただしこれら派閥として一致団結しているかといえばそうではない。
大派閥でもその中には、さらに派閥がありその派閥が別の中級派閥と繋がったりと決まった纏まりが無かった。
アイリスが言った半分とは、その中で桜花に下手に手を出さない人数の事になる。
「その件については、内務卿たちと良く話し合わねばなりませんね」
「はい、内務卿には、今回見聞きした全てを事細かに伝え今後の策を練ろうと思います」
「そうですね、よろしくお願いします。 しかし、惜しい事をしました。 事前に知っていればもっと文官を連れて行きオウカ国の情報を得られたと言うのに……」
アイリスの言う情報とは、桜花国が内包する技術的情報が含まれている。
その情報分析能力をマサキに高く褒められたアイリスだったが、さすがに桜花国の情報量の膨大さを事前に予測する事は難しく、それゆえアルガスとハルダー達の強い勧めもあり文官の人数を3人にし、他を護衛と侍従で編成したのだった。
訪問の際にオウカ国が出した条件、
【オウカから許可無く物を持ち出す事の禁止】
アイリスを含めフォルフェバレク側では色々と持って帰りたいものがあったのだが、その事如くに許可が下りず諦めていた。
もちろんコッソリと懐に忍ばせたり荷物に紛れ込ませて船に持ち込もうとした者たちもいる。
これは桜花渡航前にハルダーが考えていた「持ち出し禁止と言っても見付からなければ問題ないだろう」の意訳だが、その全ての持ち出した物が、気が付くといつの間にか紛失しており何1つ桜花から持ち出せていなかった。
「ですが、勉強になった事もあります。 幼く小さな小魚は、生簀などで成長させ市場に出せば少しは安定して供給できる事、木を切るにしても全てを切らずに残す事、植林して数年後を見据える事など目を見開くモノばかりでした。 それにマサキ殿から頂いた小麦とジャガイモ、育てて見なければ分かりませんが、民の暮らしが楽になれば重畳です」
「確かに、ただ頂いた株数は少なく、それにオウカ国王が言うほど育つ物なのか……」
「それは王家の直轄領で育ててみましょう。 もし上手く行ったのなら内務卿や軍務卿の領地へと順に回して行く事にします」
いくら評判の良い作物だからといって、今すぐに既存の作物と入れ替えるわけにも行かない。
まずは王家の管理する領地で作付け量と品質を調査した後、種子を増やして他領でも行う、といった順序だてる。
「他にも税の取り方、道の舗装、穀物の育て方から収穫方法、それに市場の管理とどれも素晴らしい物でした」
「はい、……ですが、それらは我が国で実行するには、どれも難しくモノばかりです」
ハルダーの言う難しいの意味をアイリスも理解している。
それは別に高度が技術が要ると言った意味ではなく。
その意味するところは、フォルフェバレクの大半の土地が貴族が領有しているからに他ならないからだ。
貴族が保有する領地では、税の徴収から道の舗装、市場の管理、その全てが領主である貴族が判断して決断するものである。
王家は、その貴族達から毎年決められた額を収められ国庫に受け取るシステムで、いかにアイリスと言えども納税の額には口を出せても貴族が領有する土地までは口を出す事は難しいのが現実だ。
「いくら良い物でも貴族達が納得しなければ無理ですね」
「そうなのですが、大半の貴族達は新しい物を嫌う傾向が強く、納得したとしても導入するかどうか……」
アイリスの眉間にまた皺が寄せられる。
ハルダーが言ったとおり、貴族達は先例などに囚われ新しい事に対して消極的であった。
それに既存の物の中では、すでに利権が貴族達と結びついており、その甘い汁をむざむざ手放すとは到底思えない事。
いくら国王が民の暮らしが楽になるからと推奨しても貴族達が守らなければ、その声は空しく響くだけになってしまう。
はぁ……、やはり貴族達の意識を変えなければなりませんね。
いえ、それだけではダメですね。 商人や農民、猟師など職業に関係なく民の意識も変えねばなりません。
となると……そう、オウカ国の学校制度を導入しましょう!
貴族、商人、農民の子供達が教養を身につければ将来の意識改革にもなり、それに知識を得るという事は、生産性の向上や新規事業それに専門家の輩出と、それらが芽吹く土壌にもなります。
まずは、内務卿に相談してみましょう。
良い答えが帰ってくれば良いのですが……。
アイリスは、自分がこれから帰る祖国の大地に目を向ける。
フォルフェバレクの未来を寄り良いものとするために気力を奮い立たせのだった。
淤母陀琉・阿夜訶
「やはり桜花国は素晴らしい国でした」
遠退いて行く軍艦を眺めながらアヤカが呟く。
その顔は、満面の笑みでどうやら今回の桜花国への訪問は、彼女にとって十二分に満足できる結果だったようだ。
「はははっ、いやはや凄い国でしたな、桜花国は! 帝様が強く勧める意味が分かり申しました」
そんなアヤカの元へ護衛役でもある御津萱 葉津理が声をかける。
アヤカより随分年齢を重ねているはずの彼だが、渡航による疲れなどまったく見る影も無くその顔は晴れ晴れとしていた。
「しかし、桜花国への贈呈の品が無くなりましたので幾分軽くなりましたが……いやはや、今にも沈んでしまうかとヒヤヒヤしますぞ」
ハツリが言った様にアヤカ達が乗る船2隻とも、その喫水が操舵するのにギリギリで波が荒れていれば沈没してしまうのではないか? という位置にあった。
「確かにそうですが……やむを得えなかった事です」
このアヤカの言う「やむを得ない」の意味する所とは、桜花国へ渡航する準備段階でアヤカが自分を含めた乗船者に荷物を必要最小限まで抑えるように言明したのだ。
そう言明してまである物を限界まで載せたかったのである。
それは、紙と墨であった。
渡航前の会議でアヤカが、「桜花国で多くの事を学び我が国将来の糧かてする」と宣言した様に桜花では学ぶ事を優先するがため、和紙を幾重にも巻いた巻物と、それに記録を残すための墨、これらが何れにも先駆けて重要な物で、そのため紙と墨を船の限界積載量まで載せての渡航になったのである。
「迎えに来た桜花国の船員も出向したばかりの船が、今にも沈没しそうなのを見て目を丸くしていましたね」
「しかりしかり!」
アヤカとハツリは、その時の状況を思い出して苦笑いを浮かべる。
「しかし、桜花国で学ぶ事が多すぎましたな。 ある者は持ち出した紙が足らないと言って自分の衣類に書き記す程でありましたからな」
ハツリが言う様に、船が沈みそうなるほど載せた筈の紙には全て桜花で学んだ事が書かれていた。
ただし、学ぶと言っても理解するとは言ってない。
アヤカが最初に言った様に多くの事を学ぶために理解する前に書き記す事が優先され、そのため初歩的な技術から現在のニカナでは、とても高度過ぎて真似出来ない様な事までと、種類、分野に囚われずに書き記していったのだった。
今回、護衛のハツリと侍女の2人以外、操舵船員を含む全てを文官にしたのもこのためだ。
しかも護衛であるはずのハツリも軍事関係に赴きその内容を書類にまとめてる。
侍女の2人は、アヤカに付き従い世話をしていたのだが、事ある毎にアヤカからの指示で記録に回るなどハッキリ言えば全員書記として桜花に渡航したのであった。
なぜアヤカが、ここまで準備をして桜花へ渡ったのか誰も分からない。
だがアヤカの中の何かが、桜花に学ぶ事があると判断したのだろう。
「帰ったら、より忙しくなりますね」
「そうですな、持ってきた記録の整理、それに管理方法にも気をつけねばなりませんな」
ハツリの言うように、ここに書かれている1つ1つがニカナの国家機密に値するほどの価値の高いものだった。
その管理を誤れば他者の利益になるだけでなく自国に災いとなって降りかかる可能性だってある。
そのため管理には慎重にならざる得ないもだった。
「それだけでは、ありません。 まずは民の生活を安定させる事こそ急務と考えています。 それと国家運営方法も……」
「田んぼの開拓と稲の生育、サツマイモの作付けですな。 それと国家運営とは?」
「まずは二官八省を作ろうと考えています。 もちろん、そのまま真似をするのではなく我が国に合った内容へと変化させると守ですが」
二官八省とは、古代日本の律令制の行政組織の形態である。
太政官、神祇官の二官と、
中務、式部、治部、民部、兵部、刑部、大蔵、宮内の
八省からなる組織で簡単に言うと、神祇官は神祇・祭祀を行う所
太政官は今で言う国会の様な所で八省は、各省庁に近い物だ。
「なるほど、確かに現在の我が国の行政は煩雑になり問題を包括出来てませんからな」
「ええ、今回の件で文官が増えました。 これを機に無理の無い範囲で実施していきましょう」
桜花の渡航を契機として文官を急増させている。
その文官の条件が日本語の読み書きが出来ることであり、文官の間で日本語が広く普及する要因となっていた。
それと同じく一般にも日本語を普及させるため寺子屋制度の導入も進めている。
今回桜花から持ち帰った知識を少しずつそれらに注ぎ込んでいけば、国民の知識引き上げにもなり社会全体に活気が出てくることだろう。
「ですが、まず決めたい事があります」
「ほう……お伺いしても?」
「ええ、まずは元号を決め年月日を導入したいと考えています」
現在のニカナでは日付が決められていない。
それゆえの不都合が合った事は言うに及ばないが、今回の桜花国訪問で日本の元号や日付に関する記録を閲覧することができたのでアヤカは、ニカナでも運用したいと考えていた。
「それは結構ですな! そうなると暦は如何なさる? 太陰太陽暦ですかな?」
「いえ、桜花国と同じく主は太陽暦を……しかし、神事を行う上で太陰太陽暦も必要でしょう」
当初の桜花国と同じくニカナもその土地々々《とちとち》で信仰する神を持っている。
そのため色々な神々を祀る神道の精神が自然と受け入れやすい環境にありアヤカは、日本の年中行事を取り入れる事によって民の安寧を願う祀り事を行おうと考えていた。
この時の帝が行う行事の日付が国民の祭日となり休みになるのだが、それは遥か未来の話になる。
「元号は如何になさる? 我が国独自で進めるので?」
「元号については……マサキ様の祖国 日本の元号を使う訳にはいけませんね。 我が国は桜花を通じて日本を鑑みているのですから、それを踏まえて決める事にしましょう」
「結構ですな! 元号を決めれば我が国は晴れて独立国として独り立ち出来ますのう」
国として独自の元号を決めると言う事は、その国の王朝の正当性を主張し独立国であると内外に周知させる意味がある。
「しかし、桜花国では元号を定めていないのですな」
「ええ、私も気になりマサキ様にお伺いしたのですが、その時「私は日本人です。 日本人である私が勝手に元号を決める訳にはいきませんので」と仰っていました。 周囲の方々《かたがた》も同じようでマサキ様を通して地続きで日本に繋がっている事を誇りにしているようです」
「なるほど、ゆえに紀元を定めたのですな」
桜花国は、この世界にマサキがやって来た日を桜花国暦元年として紀元をスタートさせていた。
元号は何か物事に変化や改めたいと願った時に変えられるのもので、紀元とは国や宗教の始まりからの通し年数になる。
(キリスト教だと西暦、イスラム教だとヒジュラ暦、日本だと皇紀などがある)
「いずれは紀元も定めなければなりませんが、まずは目の前の問題を1つ1つ解決して行く事にしましょう」
「はっ! 某も粉骨砕身の思いで励みます!」
アヤカ達は、これからやって来る繁忙に気を引き締めつつ、桜花国のおかげで自分達が前に進んで行ける事に喜んでいた。
こうして桜花国から帰国した人々は、それぞれに違う物事を抱えながら時代の趨勢に身を投じて行く。
未来にフォルフェバレクとニカナに待っているのは何であるのか? まだ誰にも分からない。
クリス・フォルフェバレク
「あら? クリスは如何したのかしら?」
甲板上に娘がいない事に気づいたアイリスがハルダーに問いかけると「はぁ、どうも部屋で臥せっておられるようで……」と何とも歯切れの悪い返事が返ってきた。
「病気……では、ありませんね。 どうせオウカ国で見たアニメが忘れられないのでしょう」
まだまだ幼さの残る娘に呆れつつアイリスは娘のいるであろう部屋に眼を向ける。
一方のクリスは、
「う、うぅぅ……全部見ることが出来ませんでしたわ。 お母様が突然ユキクニ様との婚姻を言った時は焦りましたが、あのまま婚姻して結婚していれば続きを見れたのでしょうが……でも、ユキクニ様のお歳がお母様より上だなんて……でもでも見た目はお若いし魔王様だってあの見た目で100歳を超えているんですもの、もしかしたらワンチャンあったかも……でもでも……」
と、寝所の中でアレヤコレヤと考えを巡らせていた。
「そうですわ!」
そんな悶々《もんもん》と考えている時、クリスに1つの閃きが走る!
「フォルフェバレクでもアニメを作れば良いのですわ! あっ、でも何枚も絵を描くなんて無理ですわね。 それに見せるにしてもモニターがありませんし……一般に広がらなければ流行る事もありませんわね」
クリスは見たいアニメを我慢する代わりの物を自国で流行らせたいと思いつくが、自国の技術がそれに追い付いていない事に溜息を吐く。
「ますは広く国民に知らしめる事が必要ですわね。 そう絵を描いて……って、私は絵が得意じゃないし画家に説明するにも何か題材が無いと……そうですね、私が物語を書いてそれを題材にして多くの人に見てもらいましょう! そして、行く行くは……」
将来の展望にクリスは変な笑いを上げながら早速頭の中で物語を描き始める。
この後クリスが挿絵つきで書いた本は、そのメルヘンで斬新な内容と可愛いく綺麗な絵で国の内外で大流行となる。
その物語は教養にも優れていたので童話として子供達に読み聞かせるのが一般的になる。
そして、その童話の名を火付け役となったクリスの名からとって「クリス童話」として長く人々に愛される物語となるのだった。




