103.桜花国記(驚きの連続)
□ アイリサルナ・フォルフェバレク
これが本当に船の中なのでしょうか?
アイリスは、そう疑問に思わざる得ない。
それほどに目の前に広がる景色が異様すぎるのだ。
自分の乗って来た船を下りて初めて分かったけど……この床、鉄……よね?
アイリスの足元で響く靴音は、木製のそれではなく、ましてや石のそれでもなく、明らかに金属の音が鳴っていた。
それに目の前で背筋を正し右手を挙げるこの男性……彼は、どう見ても人間ではないわ。
そう、以前話に聞いた亜人そのモノ……。
「ようこそ、女王陛下! 私は、フォルフェバレク護衛艦隊司令官の穂積グルシと申します。 以後お見知りおきを」
「……こ、これは失礼しました。 私が、アイリサルナ・フォルフェバレク です。 道中よろしくお願いします」
亜人に驚きはしたものの王族であるアイリスは、外交交渉において必要なポーカーフェイスで対応する。
もしこの場で無礼な行為を取ったとすれば、それは自国の品格を貶めるだけでなく、外交上の駆け引きで大きな足かせとなる事もある。
だからこそアイリスは、波打つ心を表に出さぬ様に平静を装う。
「失礼な事をお聞きしてもよろしいですか?」
「ええ、何なりと」
「気分を害するかもしれませんが、その……オウカ国では、あなた達の様な亜人の方は多いのですか? 人間の方は、外交官として派遣されていたので存じているのですが……」
他国のしかも初めての亜人と言う事もありアイリスは、相手を怒らせぬ様に言葉を選んで質問する。
「ええ多いですね。 我が国全体で人族は3割ほど、あとは他の種族になります」
「そんなにっ!」
人間は全体の3割……という事は、オウカ国は多種族国家と言う事ですか!
しかも、その大多数を亜人が占めているなんて!
アイリスに大きな衝撃が走る。
一部の例外であるエルフ皇国を除き、今までに亜人が主要メンバーである国家が存在しなかった。
しかし、今から訪問しようとしている国は、その亜人種が過半数を占める国家なのだ。
その事にアイリスは驚き、そして、最後の亜人種の国家として少しだけ興味が湧いた。
「ハハハッ! 我が国に着けばその多さに驚かれるかもしれませんね」
「……そ、そうですね。 楽しみにしています。 ホホホッ……」
「では、ここでは、ゆっくりと話も出来ませんので、まずは屋外に出ましょう。 我々の船と皆さんが宿泊する船の紹介もしたいので」
「私達の……宿泊する船? この船ではダメなのですか?」
「ええ、この船では、いささか無骨過ぎますので、勝手ながら我々で船の方を手配しました」
この船と異なる……いったいどの様な船なのでしょう。
この船だけでも大きな衝撃だったのにアイリスは、これからどの様な事が起こるのか少し恐怖する。
「どうぞ皆様、コチラの柵の中にお入り下さい!」
そう言ってグルシが誘導するのは、大きな柵の中だった。
そこに入って何をしようと言うのか全員が疑問を持つ。
大きさは50名が入っても余裕があるぐらいでこれは、いったい何なのでしょう?
いったい何をするのでしょう?
アイリスは、知らず知らずに傍らにいるクリスを強く抱きしめる。
それは子を守る母親の本能であるのだろうか本人にも分からなかったが、娘を抱く事により彼女の不安が少しだけ和らぐのだった。
「お、お母様、苦しいです」
「あっ、あら、ゴメンなさい」
一方のクリスは船を降りた当初、見た事も無かった亜人に驚き恐怖していた。
しかし、グルシ達のその紳士的な態度は、クリスの亜人への恐怖を次第に薄れさせ、今では恐怖よりも周囲に広がる金属製の大きな部屋や、オウカが用意したと言う船に興味津々の様子。
「では、上に参ります。 皆様手すりより落ちない様に気をつけて下さい」
「えっ、上に?」
アイリスが、そう疑問を口にした時、「ガコンッ!」 と大きな音と駆動音と共に床が上昇し自分達の乗って来た船をあっと言う間に見下ろす形になった。
「お母様、凄い! 床だけが上に上がっていきます!」
「こ、これは?」
「エレベーターと言う乗り物……いえ、魔道具です。 通常は荷物の搬入出用ですが、今回は人数も多いのでコチラを利用いたしました」
「これが……魔道具……」
マサキ殿に見せられた魔道具(無限収納:収納用の魔道具と説明)にも驚かされましたが、この様な魔道具見た事も聞いた事もありません。
目の前の信じられない出来事に全員が手すりに必死にしがみ付くが、クリスだけが身を乗り出して遠のく帆船の様子に喜ぶのだった。
「皆様、そろそろ外に出ます」
その言葉と同時に頭上から眩しい太陽の光が降り注ぎ辺りを包み込んだ。
強い光に目を細めていると、屋内だったので感じる事のなかった海の匂いと心地よい風がハッキリと分かるほど吹き出した。
「「「……」」」
「わあーー、大きいーーーーーー!」
ようやく目が慣れてきた一同は、目の前に広がる景色に声が出ず。
クリスだけが、率直な感想を出したのだった。
「コチラが、皆様が乗って来られた船を運ぶタンカーです」
説明を受けたアイリス達の目の前には、船首が果てしなく遠くに感じるほどそれは大きな船の上にいた。
全長200mの大型タンカー
フォルフェバレクで最大の船は、全長50mの商船がある。
この船は、石材や木材など劣化の少ない物の運搬に利用され速力はとても遅い。
だから、今回は30mほどだが、足の速い帆船に乗って来ていた。
「軍務卿、これほど大きい船があるのでしょうか?」
「いえ、これほど大きな船を有する国は聞いたこと御座いません。 もし有るとすれば魔導国家と称されるエルフ皇国ぐらいかと……」
アイリスやハルダー達は、目の前の光景にただただ驚くばかりだ。
「そして、右手をご覧下さい! これから皆様がご搭乗される船が並走しております」
「えっ!」
グルシに言われるがまま右に視線を移すと、そこには今いる大型タンカー船より更に大きく、更に見上げるほど高い船が横に並んで波を掻き分けていた。
「なんてこと……」
「なんと大きい……それに帆も張らずに海を走っている船なんて……化物か」
アイリスもハルダーも目が飛び出んばかりに驚く。
タンカーの横に走るのは、240mの豪華客船
しかもその船は、甲板より上に5段の階層を持つ巨大船
自分達がさっきほど驚いた船よりも更に大きく、見上げるほど高い船がそこにあるのだ。
驚くのも無理はない。
「「「……」」」
「では、続きまして左手をご覧下さい! この艦隊の司令船です」
「……大きい」
「……信じられん」
タンカーを挟むように左に並走していたのは、全長240mの船
ただしコチラは、客船の様な高さは無いので些か小さく感じるが、その重厚な佇まいに一同息を呑む。
それだけではなく周囲を見回すと、大きさは先ほどの2隻より小さいがそれでも大きい船が周りを取り囲むように航行していた。
「お気づきの通り周囲には護衛をする船が並走しております。 順にご紹介しますと、
睦月、皐月、漣
能代、多摩、五十鈴
古鷹、妙高
そして、横に走る戦艦、榛名
この9隻でフォルフェバレクの皆様をお守り致します」
「センカン?」
「戦をする船ですね、まあ、もっとも他の船も戦をする船なんですが、我が国ではあえて戦艦と呼ぶ船が、あの榛名です」
「あっ、あの船はどうやって走っているんだ! 帆も張らず漕ぎ手も見えないが!」
アイリスが話しているところにハルダーが割って入る。
女王に対する無礼を承知の上での事だろうが、それほどに目の前に広がる光景に彼を慌てさせるモノがあった。
「詳しい動力についてはお答えできませんが、そうですね……魔導の力で動いている、とだけ言っておきます」
「魔導の力……魔道具が魔法か、クソッ!」
魔法、魔道具については、どこの国でも国家最高レベルの秘密事項
ハルダーが、いかに問質したとしても教えられるものではないからだ。
「では、客船にご搭乗して頂きます。 客船の中の案内は、専属の係りの者にお願いしてありますのでご安心下さい。 では、私はこれで!」
「それは何ですか?」
ビシッ! とグルシが敬礼すると、近くで見ていたクリスから質問が飛出した。
どうやらクリスは、始めて見た敬礼と言う挨拶に興味が湧いたようだ。
「敬礼の事ですか?」
「ええ、頭に右手を持っていくのは何故でしょうか?」
「そうですね……これは昔の話なんですが、昔軍人は帽子を取って挨拶をしていたようです。 これは右手で帽子を取る事で武器を持たないと言った意味もあったようですが、ただし毎回帽子を取っていると帽子が傷んでしまうので簡略化でこの様になりました」
「なるほど……だからオウカの皆さんは、帽子をしているんですね……」
グルシを見上げたクリスのその目に、キラリと輝く金色の帽章が目に留まった。
そこには、大きく翼を広げた3本足の八咫烏
それと翼の間に1輪の山桜が堂々と存在し輝いていた。
(陸海自衛隊も桜ですが花びらが太めで、桜花は山桜なので花びらが細くなっています)
女王一行は、荷物と共に客船に移動する。
騒動の1つも起こるかと懸念されたが、各自必要な物だけを持って速やかに移動してくれた。
本来だと、船を移動した事への抗議もあろうはずだが、今回はあまりにも驚き過ぎてそこまで考えが回らないようだ。
しかし、これはフォルフェバレク一行が、桜花から驚かされる本の一端に過ぎなかった。
船内に移動した一行は、その様子に唖然とする。
客船の大きさもさることながら、その内装が凄すぎたからだ。
「……ま、まるで宮殿ですね」
アイリスは見たままの感想を漏らす。
それほどに目の前の光景が信じられずにいた。
「皆様、御1人、御1人に担当の者が付きますので質問は、そちらにお願いします。 では、ご案内致します」
代表として1人の老紳士が挨拶をする。
彼は、この客船の総支配人となる人物だ。
アイリス達は、老紳士の先導で客船の案内と各種説明を受ける。
それは、各自の部屋から始まりトイレの使用方法から照明、各種機器の説明
客船内の施設で、食堂、運動施設、プールに映画館などに至るまで説明を受けた。
他にも退屈させないためにカジノも用意されており、フォルフェバレク王国通貨であるフェレル金貨、銀貨、銅貨が利用でき支払いも同様である。
「凄い……これほどまで豪華な客船、今まで見た事もありません」
アイリスは、案内された部屋で備え付けの豪華な椅子に座ると、船を出てここまでの事を思い返す。
「凄いなんて言葉では語り尽くせませんね。 船の大きさ、内装から娯楽施設、それに各種魔道具……これらが備わる船なんて……」
アイリスは、自分がまるで夢物語の世界にいるのでは無いかと思える位の衝撃の数々に眩暈を覚えた。
「どうぞ女王陛下、お茶で御座います」
そこへタイミング良く侍従がお茶を出してくれたので驚き過ぎて渇いた口を潤す。
「ッ!!! 美味しい! このお茶美味しいわね、こんなお茶あったかしら?」
「オウカ国の紅茶です。 試飲したところ、その……我が国のお茶より美味しかったので勝手ながら使いました」
侍従達は、申し訳無さそうに謝る。
お茶1つ取っても、それほどに違いが出てるようだとアイリスは思った。
「いいわ、謝らなくて、私だってもうこれ以上ない位驚いているんだから、お茶は……そちらのオウカ国の方に教えて頂いたのかしら?」
「はい、その通りです女王陛下」
侍従と護衛の向こう側には、桜花で用意した担当者達が整列していた。
全員人族の女性でアイリスとクリス為だけに構成された人物達だ。
ちなみにハルダーを始め他の人達を担当するのは、全員男で客船内の人員も種族が違うが、全員男で構成されている。
別にアーッ!な展開を期待したモノではなく理由があり、他にもフォルフェバレク側が桜花への渡航の際の注意点として、娼館など無い事、桜花国の女性への不貞を働かない事など伝えている。
なぜこの様な対応をするかについては、もちろん婦女暴行など犯罪行為を容認出来ないからであるが、これについては後々《のちのち》明らかになる。
「お母様! お母様! この絵画、絵が動いてます!」
「ほ、本当ね……どうなっているのかしら?」
大型のモニターに映し出されたアニメに驚くアイリスと、そのアニメに夢中になるクリス
桜花国までの航路で退屈させないために用意したモニターとアニメだったが、クリスはこれが大変気に入ったようで初代無印の放送分を全話見終えるほど夢中になって見ていた。
「女王陛下、そろそろ御夕食をご用意致したいのですが」
1人の男性が、アイリスに恭しく伺いを立てる。
彼は、アイリスとクリスの食事を用意させるためフォルフェバレク側から派遣されたシェフだ。
名をオギュート・エコエ
毒殺などが無い様にフォルフェバレク側が念の用意した人物だ。
もちろん腕の方もフォルフェバレクで超一流の料理人であり、宮廷料理人として王国の厨房を任されている王宮料理長である。
「お食事は、こちらでもご用意出来ますが?」と担当者の1人がアイリスに伺うが、
「ダメだ! 女王陛下のお口に入る物は、全て私が作る!」 と居丈高に跳ね除けた。
「せっかく用意して頂けるなら、そちらの方が……マサキ殿達も我が国の食事を一緒に共にしたのですから」
「陛下! 内務卿から、道中の食事については私が作るように! とキツク言われております。 食材も運んでありますので、どうかご安心を……そこの者、調理場に案内しろ!」
ここまで技術的に多くの事を驚かされたが、この男にとって料理は別なのだろう。
自分の料理技術は他国に負けることは無いと、確固たる自負があった。
ただし、この数十分後その自身は見事に打ち砕かれる。
「じょおーーーーーーへいかーーーーーー!」
「何ですか! 大声を出して……それに、その涙……泣いているのですか?」
うな垂れるシャフは、涙を拭きながらアイリスに向き直る。
「えぇ……ええ! グシッ! 料理人達の腕もスバらしい! ここの調理器具はスバらしい! それに食材も多種多様で豊富で非常に美味しい、それにスパイスも多く……陛下、私はここのシャフ達に学びたく思います。 なのでお許し願えれば、お食事の方は……」
「オウカのシェフに任せたいと?」
「はい! あの食材がどの様に調理され、味の音色を放つのか興味が尽きません!」
「あなたが、そう言うのならば凄いモノなのですね……良いでしょう、許可します!」
オギュートは、国でも1、2を争う料理の腕の持ち主
そんな彼の変わり様に驚きながらもアイリスの方も料理に興味が湧いたのだった。
「おお、ありがとう御座います! もちろん、調理の際は私も一緒に参加して変なモノが入ってないか、キチンと食材を確認します!」
「……ええ、頼みました」
そのオギュートの舞い上がりぶりに本当に確認するのか疑問に思うアイリスだった。
夕食は、オギュートの説明通り今まで食べた事がない位美味しく、さらに美しかった事はアイリスとクリスに感嘆たらしめた。
それと、このフォルフェバレク王宮料理長 オギュート・エコエ
彼は、このあと桜花において終生の師匠に出会い、その一生をかけて師匠の味を再現するの事に没頭するのだった。




