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紙ヒコーキに夢を乗せて  作者: 佐藤勇介
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僕の中の人生

耳障りな目覚ましが鳴る。僕はその音を止めて起き上がる。手を伸ばして丸渕メガネを取って掛ける。

窓の外を見ると、眩む程に日が差している。その日差しをカーテンで塞ぐ。

光は嫌いだ。

辺りを見渡してここが僕の部屋だということを確かめる。

何故か確かめる。

それはきっとあの夢を見てしまったからかもしれない。だから何か変わったものは無いかを確かめるのだ。本棚に並んでいる漫画や小説の数々。液晶テレビ。それに繋がるゲームソフト。4畳半の狭い僕の部屋を注意深く見渡す。

何も変わったことはない。

何ら変わらぬいつも通りの朝を迎え、僕は胸をそっと撫で下ろす。

ベッドから起き上がり部屋を出て洗面台で顔を洗う。顔を立て掛けてあるタオルで拭い鏡を見た。おかっぱ頭の髪が跳ね上がっていた。2、3回てくしを通すと元に戻る。酷い時は水を頭から被ればいい。ただそれでいい。

僕は着飾ったりはしない。

部屋に戻って制服に着替える。

部屋を出て階段を降りると、キッチンから食欲をそそるような香りが鼻に染み込んでくる。

御飯にワカメの味噌汁、焼き魚が僕の朝食。

僕は味噌汁を一口すすり、焼き魚をほぐして口に入れた。皮の上に掛かった塩の酸味と、身の甘みが凝縮され、口の中で踊っている。

隣で父さんが新聞を広げてコーヒーを飲んでいる。目が一文字一文字をなぞっている。

「今度の土曜日は休めるの?」母さんが尋ねた

「ああ。」と父さんは答えるが、新聞に集中して右から左だ。

上から音を立てながら妹が降りてきた「もう、何で起こしてくれなかったの。」妹は怒っていた。

「起こしたわよ。ちゃんと。あんたが起きないだけでしょう。」母さんは返した。

「そうだぞ、香苗かなえ。」父さんは言った。

いつも通りの朝一の会話。僕はただそれを見ているだけ。

「じゃあ、あたしもう行くね。」香苗は味噌汁を一口飲んで風のように消え去った。

母さんは深くため息をついた。

「ごちそうさま。」僕は朝食を完食して食器を流し台に入れた「行ってきます。」

「なんだ。もう行くのか?」父さんは言った。

うん。と僕は頷く。

「行ってらっしゃい。」母さんはそう言って僕を見送った。

家を出て最寄りの駅までは五分くらいだ。

改札を通ってホームの真ん中まで歩く。縦列に並んだ配列の一番後ろに列を組んだ。

電車を待ってる間ゲームを始める。音を立てず静かに始める。

ゲームをしてる間に電車は来る。

激しく揺れる電車の中。満員である電車内は人混みに押されながらも、僕は直立不動を保っている。

電車内は不思議と静かだ。皆。それぞれの気持ちを乗せているみたいだ。

その中で僕は何も考えない。考えた所で、何も変化は起きやしない。

五個目の駅で僕は降りる。ゲームを鞄の中にしまい、目立たぬように歩く。

駅から学校までは15分。そう遠くはない。自転車で通学している者もいれば、僕と同じように歩いて来る人もいる。

校門の前で一人の教師が竹刀を持って立っている。まだ12月の寒い時期なのに、白のタンクトップに、赤いジャージを履いている。角ばった顔に、筋肉質のその先生は異様に目立っていた「おはよう。」図太い声の挨拶。

僕は無視をして歩いていく。

教室は4階。階段を上がってしばらく廊下を歩いていくと、1―Bと書かれた札を見る。

ここが僕のクラス。

中に入って一番壁際の一番後ろの席へと座る。

隣は誰もいない。ポッカリと空いた僕の隣は誰も座ることはない。

僕は鞄から本を取り出す。日本史の本を読む。

学校ではゲームはやらない。それだけで目立ってしまうからだ。それに、あいつらに目をつけられる。クラスの中には必ず存在するあいつら。3人グループのあいつらはいつも誰かをからかって遊んでいる。

周りは見ていない。正確には見ていないフリをしているだけ。見てないフリをして目の前の人と談笑を続ける。

僕もその内の一人。僕もみないことにする。何も起きていないことを自分の中で問いかける。

僕は誰の目にも触れてほしくない。だから僕は日本史を読む。他の人から見ればつまらないからだ。

チャイムが鳴って担当の先生が出席簿を片手に教室に入る。

上下の青いジャージ。体育の先生。担任の先生が来ると皆は自分の席につく。教卓に立つと、学級員が号令をかけ、皆立ち上がる。着席をしてHRが始まった。

今日はいつもと違う内容だった「明日は転校生がウチのクラスにやってくる。地方から来るから都心にはまだ慣れていない。みんな。早く慣れるように積極的に声を掛け合ってくれ。」

明日は転校生が来る。だけど僕には関係ない。僕は僕の人生の中の一日を僕のペースで過ごすだけだ。今あるのは僕の人生。僕のテリトリー。誰にも邪魔は許されない。

HRが終わって1限目の授業が始まった。数学の授業だった。

僕は黒板に書かれた数列をノートに書き写していく。ただひたすら書き写す。

それはどの授業も同じことだ黒板に書かれた文字はテストに活かせる。ただ書き写して家で少し復習をすれば頭の中にデータとして記憶に残る。

僕はこれまでテストで赤点を採ったことはない。だけど、大きな点数も採ったこともない。大きすぎず、だけど赤点も採らず、一番目立たない普通という点数をいつも採っている。

体育の授業は毎回見学している。元々スポーツはしないし、苦手だからだ。身体が弱いと母さんに嘘をつかせ、見学してもらってる。

別に身体が弱い訳ではない。時には身体を動かしたい時もある。

だけど、周りの人たちの視界に僕を入れたくはない。目立ちたくない。

空気。そう、空気と同化するんだ。瞼を閉じて集中して肉眼では見えない空気と同化する。

学校が終わると真っ直ぐに家に帰る。歩いて帰る。一時間という道のりをゆっくりと時間を掛けて帰る。

時折TSUTAYAに足を運ぶ時がある。けれど今日は真っ直ぐ帰る。今日はそういう日だ。

家の玄関を開けてただいま。」と言った。

母さんは夕食の準備をしていた。母さんは僕の存在に気付き「あら、おかえり。」と言った。

「ただいま。」もう一度言う。

自分の部屋に入ってテレビゲームを始める。主にはアクションゲームをやる。ただ黙々とゲーム時間を増やしていく。

まなぶ、香苗。御飯よ。」母さんが一階から叫んだ。

けれど、すぐには行かない。タイミングを待ってから行く。

向かいの部屋のドアの開いた音がした。香苗が腹を空かして降りていく。

僕はやっと立ち上がり部屋を出る。

父さんはまだ帰って来てない。今日は残業みたいだ。

母さんと香苗は横で談笑していた。

僕はその会話をなるべく耳に入れず黙々とご飯を平らげる「ごちそうさま。」

「まなぶ。」母さんが声を掛ける。

僕は母さんの顔を見る。

「お風呂、沸いてるから先に入ってらっしゃい。」と言った。

うん。と返事をしてお風呂に入る。

全裸になって湯船に浸かる。お風呂が全身の疲れを癒してくれる。僕の一番大好きな至福の時間だ。

お風呂から上がってキッチンにある冷蔵庫まで行くと、父さんが仕事から帰っていた。

「学校はどうだ?」缶ビールを片手に言った。

「楽しいよ。」と嘘をつく。

「そうか。」と父さんは頷く。

冷蔵庫を開けてコカ・コーラを取り出した。コップに注いで飲み干した「お休みなさい。」父さんに言った。

「ああ。お休み。」父さんは返した。

洗面台で髪を乾かした後、部屋に戻ってテレビゲームの続きをやる。この時間は時間に縛られることはなく、夢中になってゲームに集中できる。

その内睡魔が襲ってくる。僕は大きく口を開けてあくびをし、時間を見た。一時を過ぎている。

ゲームを止めてベッドに入った。そして深い眠りにつく。

僕の貴重な一日はこれで終わる。僕の人生の中の大切な一日。誰にも邪魔されることはなく、誰にも入り込めない僕の変わらぬ一日は明日も繰り返される。そうでなければいけない。僕は一つの個体で、一つの空気だ。その意味は僕でしか解らない。

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