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紙ヒコーキに夢を乗せて  作者: 佐藤勇介
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夢の中の彼



スポットライトを当てたように、一面真っ白なだだっ広いその部屋に、白いソファーが1つ置かれているだけ。

そのソファーに腰をかけているのは、全身白のタキシードに身を包み、白のシルクハットを頭に乗せた若い男がニッコリと微笑みながらこちらを見ている。足を組んで杖を持っている。

鼻から上は分からない。けれど、細身で端正な顔立ちをしているのは分かった。

僕は彼の隣に座っている。白いソファーを深々と座っている。お尻が沈み腰がもたれ掛かる。全身の力が抜けてついつい目を閉じてしまいそうだ。

見渡す限りの一面真っ白な空間。だけどその空間は僕の望む空間ではない。僕のいる世界ではない。僕のいる世界はこんなに明るくないし、他の人から見れば居心地も良くない。僕はそういう世界にいる。生まれた時からの16年間ずっとそういう世界にいる。

こういう真っ白で希望のある世界は僕には似合わないのだ。

「居心地はどうだい?」 隣の彼は尋ねた。心に届かせるような曇りのないメロディーを奏でる声。瞼を閉じて聴いてもその人の印象がはっきりと分かる。

「さいあく。」と僕は答える。

彼に会うたび彼は最初にその質問を投げる。僕の気持ちを知ってるにも関わらず彼は訊いてくる。ちょっとした意地悪にも思えてくる。実際、僕の心を知ってのからかいなのかも知れない。

それでも彼は微笑みを絶やさず僕に訊いてくる。別の答えを首を長くして求めている。彼はそれ以上何も言わないけれども……。

「君の夢はなんだい?」彼はまた尋ねた。微笑みを絶やさず同じトーンで訊いてきた。

彼は時折僕の夢にでてくる。そしてその質問を必ず訊いてくる。毎回同じ質問を僕に投げる。

「ない。」冷やした答えを毎回彼に当てる。

ない。と言えば嘘になる。だが口には出さない。叶いもしない夢を言った所で、何も変わらない。

その夢はそこで終わる。その後は何ら変わらない朝を迎える。そうすれば僕はいつもと変わらぬ日常をいつも通りにこなしていく。だから早くこの夢から覚めたい。僕はいつもと変わらぬ毎日を過ごさなければならないのだから……。

「目を瞑ってごらん。」彼は言ってきた。

僕は横顔を見る。彼の口元を見る。口元は微笑みを絶やさずにいる。

僕は前を向き、何も変わらぬ真っ白な壁に変化を期待して見ていた。

壁は何も言わない。僕にとっては残酷なまでに無言だった。

僕は仕方なく彼の言う通りにする。正確には彼に付き合う。瞼を閉じて彼の言葉を待つ。

「右手を出してごらん。」彼は言った。

僕は右手を彼に差し出した。

彼は僕の右手に手を乗せた。優しく、温もりのある彼の手に初めて触れる。そっと僕の手から離れた「はい。これは君の紙ヒコーキだ。」と彼は言った。

何もない。僕の手には何もない。僕は黒いカーテンを視界に敷いたまま苛立ちを見せる。彼は僕をからかっているのかと思う。

「その紙ヒコーキを手に持って。」

「何もない。」僕は苛立ち混じりに言った。

「あるではないか。君の手に。」

言ってることが理解出来ない。これ以上付き合っていられない。

僕は早くその場から離れたいがここは夢の中。簡単に離れられないのは解っていた。むしろ、離れることは彼の中では許されなかった。

僕はまだ目覚める時ではない。僕はまだここにいなければならない。それは恐らく時間が僕を許していないという証拠だ。時間が僕をここにいさせているのだ。

僕はそう理解する。

「その紙ヒコーキを手に持って。」彼は繰り返した。同じトーンで曇りのない声で心地の良いメロディーを緩やかに僕の耳に吹き込んだ。

僕は仕方なく、何もない紙ヒコーキを手に持った。翼を傷つけず、折り曲げないように優しく二本の指で胴体を挟んだ。

「空を思い浮かべて。白い雲のかかった果てしなく青い大空を思い浮かべるんだ。その雲は緩やかに風に煽られながら旅をしている。大きな大きな、でも何処かで千切れてしまったその雲は旅を続ける。雲は一旦別れるんだ。旅に別れは付き物。雲はそれを理解して別れるのさ。さようなら。また会いましょう。そう言いながら雲たちはそれぞれの旅を続ける。雲たちが別れを告げる理由はね、僕たち人間に青い空を見せる為さ。果てしなく広がるこの大空を、穢れ1つないこの偉大な青空を僕たちに見せる為なのさ。雲はね、僕たちの為に別れを選ぶんだよ。雲が離れると、壮大な青空が広がる。さあ、ここからが君の仕事だ。君はその紙ヒコーキに夢を乗せるんだ。無いとは言わせないよ。だって君の中には夢がこんなに詰まっているのだから。その紙ヒコーキに夢を乗せて。そっと優しく、途中で零れ落ちないように優しく乗せるんだ。まもなく追い風がやってくる。その風はその紙ヒコーキを乗せて飛ばしてくれる。風はレールとなって紙ヒコーキを運んでくれる。行き先は解らない。僕にも解りはしない。山を超え谷を超え、大海原を超えて紙ヒコーキは飛んでいく。途中で落ちることは許されない。落ちてしまったらリセットだ。だからその紙ヒコーキを大切にしなければならない。要は君次第ということさ。僕の言ってる意味が解るかな?」

「解らない。」と僕は言う。

「いや、君は解ってる。解らないフリをしているだけさ。」彼は言った。

ホントに解らない。彼が何を言ってるのか解らない。僕は彼が誰なのかも解っていない。でも彼は僕を知っている。生まれた時からずっと僕の夢の中にいる。僕の夢の中に出てきては同じ質問をしてくる。同じ答えを僕は返す。ただ、今日はちょっと違う。彼は僕に見えない紙ヒコーキを渡してそれを飛ばせと言っている。今日だけは違った。

「ほら、追い風が来たよ。飛ばす準備をするんだ。タイミングを逃さないで。」

僕は見えない紙ヒコーキを前に出した。

「今だ。それ行け。」

彼の合図と共に僕は紙ヒコーキを風に乗せながらゆっくりと飛ばした。見えない紙ヒコーキは大空へと飛び立った。何処までも続く果てしない空に、ゴールの見えない旅へと出発した。

「君は今日から変わる。何もない世界から、何かがある世界へと。その何かは君が見つけるんだ。」そう言って彼は僕の肩をポンと叩く。

けれど僕は望まない。何かがある世界なんていらない。僕は今のままを続ける。

そう思っていた。

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