手旗信号〈同日譚〉
深夜零時過ぎ。空は厚い雲に覆われ、星はおろか、月も見えなかった。
私は自転車に乗り、年下の友人であるKと並走していた。――どこに向かっていたのかというと。
それは地元の心霊スポットである、“線路下の地下道”であった。
――そこには昔、踏切があった。しかしあまりに事故が多発するので、踏切の代わりにと作られたのが、その地下道なのだ。……深夜になると、老婆の霊が現れるという――。
……と、ネットに書いてあった。
*
いつもと同じ、仕事帰り。ファミレスで食事を済ませ、タバコを吸いながら世間話をしていた。
――すると、Kが突然言った。
「心霊スポットとか行ってみたくないっすか」
「んー……」
以前のビビリな私であれば、『ホラー映画・小説は好きだけど、罰当たりなことはしたくない』というのが基本スタンスであった。……だが。
「……ちょっと興味あるな」
七月の頭から毎日のようにホラー小説を書き、幽霊的恐怖には慣れてしまっていた。……というか、麻痺してしまっていた。ネタも尽きかけ、“恐怖”の感情すら感じにくくなってしまった私は、身体の奥から真の“恐怖”を求めていたのだ。
「そういや、隣のN駅。あそこに地下道あるのわかる?」
「はい」
「あそこさ。ここから一番近い心霊スポットだぜ。ネットに書いてあった」
「ホラ」と言って、私は該当するページをスマートフォンに表示させて突き出す。Kは「うわ、ほんとだ」と驚いて見せた。
「……行ってみましょうよ」
時計を見ると、日付が変わろうとしていた。
「うし。行くか」
タバコを潰して火を消すと、ドリンクバーのコーラを一気に流し込み、清算に向かった。
――窓から空の様子を確認すると、黒一色で何も見えなかった。
*
「なんか怖い話でもして雰囲気盛り上げましょうよ」
線路沿いのひたすら真っ直ぐな道を走りながら、Kが言う。
「怖い話か……そういえば今日、すげー怖い夢見たんだ」
「夢っすか……」と言って、Kはあからさまに『それじゃあ物足りない』といった顔をする。「イヤイヤ、とにかく聞いてくれよ」。私はそう言って、話を始めた。
「まずさ。俺は友達の家にいるんだわ。その友達ってのは高校の時の友達なんだけど……。そんでその友達が、“心霊写真”見せてくれたんだ」
「心霊写真?」
「そう。普通の幹線道路っつうか、片道二車線の広い道路なんだ。その先の交差点にさ、親娘が立ってるんだ。二人揃って。四十代くらいのお母さんが後ろに立ってて、その前に娘。その子は小学校高学年か……もしくは中学生くらいかな。そんなんが、二人立ってるんだよ。でもその二人がさ……ちょっと妙なんだ」
「……というと?」
「それがさ……“手旗信号”してるんだよ。二人、ビシッと揃っててさ。右腕をこう、上に上げて、左手は左に。ビシッ、ってやってるんだ」
「うわ、キモチワル」
「だろぉ? んでさ、したらその友達が、見に行こう、ってんだよ。……友達が車出して、俺が助手席乗ってさ。こう……道を進んでくんだけど。見覚えのある道に出た。……それが、あの写真で見た風景だったんだ」
「……」
「したらさ、いるんだよ! 親娘が! 二人並んで、全く同じ動きでさ。ビシッ! ビシッ! って、やってるんだ。何か伝えたがってる感じでさ。……それで、だんだん近づいてきて。顔も、ハッキリ見えた。……で、通り過ぎる時にさ。……グラァって、後ろに倒れたんだ! それも、二人揃って! ……その瞬間、目が覚めた。……起きた瞬間、鳥肌が全身にブワァ、って」
「……いや、俺も今聞いてて鳥肌立ちましたよ」
「あれは怖かったなぁ……だから今日、すぐ小説のネタにして書いたよ」
「……えっ、その親娘の顔、見たんですか?」
「ん? 見たよ。うん。ハッキリと」
「…………それって、知ってる人の顔だったんですか?」
――その瞬間。脳裏に、親娘の顔が浮かんだ。
二人並んで、手旗信号をする姿も――。
「……イヤ、全く知らない人の顔だった」
……Kは、なんとも言えない表情をする。
……これを言ってもいいのかと、悩むような……。
「……夢に、誰か出てくるとするじゃないですか。……したら、それって絶対知ってる人の顔じゃありません? 友達とか……家族とか、有名人とか」
「……」
Kの言わんとすることが理解できた。
「……確かに……そう言われてみればそうだな。夢に誰か出てくるときって、みんな知ってるやつばっかだよな。小学校の時の友達とか、今だに出てくるし……」
「その親娘って、全く見たこと無い人達だったんですよね」
――。
「……見たこと無い人達だったな。でも、ハッキリ顔は覚えてる……」
「それって……大丈夫な夢なんですかね……」
「……」
「……」
――その後、すぐに心霊スポットである地下道に着いた。
しかし、何が起こるわけでもなく。特に盛り上がりもせず、その日は解散となった。
……先ほどの夢についての話が頭から離れず、それどころでは無かった。