始まり
人間は、心を持ち始めた。切っ掛けは一人の学者による、心の有り場所についての論説。
初めは、普通に批判された。当たり前だ、今まで心なんて、感情の一部のもの。無いけど、見えないけど、確かに何処かに有るものなのだったんだから。
しかし、学者は皆の批判にめげず、研究を再開し始めた。皆を説得するため、自分の論理を証明するために。そして、皆から忘れ去られたある日のこと。
彼は作り出したのだ、心を。どんな理論で何故出来たのかは、彼にしか解らない。
しかし、それは確かなものだったのだ。
彼はどんな手を使ったのか、テレビ番組でそれを発表した。何人もいる客、有名な教授や博士、学者等に囲まれながら。
人は、心を亡くしたら死ぬと言う考えがある。彼は実験台として、死刑囚から心を取り出した。彼は小さな桃色の箱を取り出し、死刑囚の胸付近まで近づけた。
すると、小さな桃色の箱はドクンと少し脈打った。
もちろん、皆が敵だった。彼に協力なんてする人間なんていない。つまり、種も仕掛けもない。
胸から箱が離された死刑囚は一瞬、呆けた顔になったと思うと、突然首がガクンと垂れ下がり、虚ろの目がテレビにデカデカと撮られながら、彼は人形のように地面へと倒れこんだのだ。
学者は直ぐさま、心を彼へと戻し、電気ショックで彼を呼び覚ませた。
起き上がった死刑囚は青冷めた顔で学者に、
「し、死神!」
と言い放って、何処かへと逃走した。テレビの中の他の学者たちは、
「あれはバカげたトリックだ」「たまたま心臓発作を起こしただけだ!」
などと、口々にそう訴えた。そこで彼は、一言言い放った。
「なら、試してみてはいかがかな?
僕は、心の量産化を計画しているんだ。さっきのように、心を抜き取るんじゃなくて、僕が創った心を自分の新しい心として、埋め込むことができるようになる。それが、これだ」
彼の手の平にはいつの間にか、ドクンと脈打つ小さな桃色の箱が。
「誰か、試してみないかい?大丈夫だ、入れるだけ。痛みも痒みもない。もちろん、気絶や死をさ迷う心配もない。
僕が試してもいいんだけど、さすがに、一人芝居に見えてしまうだろ?
そうだ。あなたならどうです?そこでただ喋っているだけの口だけ学者たち?」
「誰が、そんな下らない遊びに付き合うと言うんだ!」
「じゃぁ、君が付き合ってくれないか?」
彼はそう言うと、座っていた一人のハゲの学者の方へ歩き出す。
「君は、そうだね。子供の頃の心を取り戻してあげようか。なに、大丈夫だ。すぐに取り出してあげるからさ」
彼はその学者の目の前に行くと、小さな箱を頭へと入れ込んだ。
そう、入れているのだ。ゆっくりとジワジワ、箱が頭に侵入して行く。カメラがどんなに急接近しようとも、ただ入っているようにしか見えないのだ。
「さて、君。お菓子いるかい?」
箱が全部入れられ、うつ向いたハゲの学者に彼はポケットからチョコレートを取り出して学者に差し出した。
すると、ハゲの学者は顔を上げた。まるで少年のような明るい笑顔で。
「え!いいの!?ちょうだい!
あ、でも。お母さんに、知らない人からもらっちゃダメって言われているから、いらない!」
ハゲの学者は、喉太なしゃがれた声でそう言った。まるで無邪気そうなわんぱく少年へと様変わりしていた。瞳は少年の瞳のように澄んでいて、今までぶっちょう面だったのが嘘のように、満面の笑顔だった。
学者は、ゆっくりとテレビに向かってきながら口を開く。
「どうですか?このように、昔の自分を取り戻すことも可能なんです。と言っても、これは戻りすぎですけどね。
人間には、沢山の色んな心があります。ただ、知らないだけで。ただ、現しづらいだけで。それを引き出すものと考えて貰えれば良いです。
もちろん、催眠術ではありません。ヤラセなんかではありません。まだ信じられない人は一人一個、無料で配ります。
体への異常は全くありません。依存症の心配は、人それぞれですが、問題はありません。精神状態への障害は、まぁ、性格を入れるようなもんなので、人格が変わることがあるかもしれません。使ってみないとわかりませんから、そこら辺は………。
おっと、そろそろ彼に入れた心を取り出さないといけませんね」
後ろで走り回る心は子供、外見は年を食ったおじさんの学者を止めるべく、彼はカメラからに背中をみせた。
そこでようやくCMへと入る。