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悪役令嬢の親友は、ヒロインのお助けキャラです

悪役令嬢の親友は、ヒロインのお助けキャラです

作者: 猫野沙子
掲載日:2026/07/06

転生ヒロインのエルザは、ゲーム感覚で能天気に過ごしていた。その裏で、悪役令嬢リリスとヒロインのお助けキャラであるはずのブリジットが、グズ王子をエルザに押し付けようと暗躍していた――――


ザマァはありませんが、ハッピーエンドです

 聖フラワー学園の中庭で、ヒロインのエルザは第二王子のフェリクスと手づくりのお弁当を食べていた。

「エルザが作ったと言うだけでも美味しいのに、本当に美味しいよ、これ」

と、卵焼きを食べたフェリクスはキラキラした笑顔でエルザに言った。淡い金髪は風に揺れ、青い瞳はエルザを優しく見ている。

「美味しいって言ってもらえるだけで、嬉しいです!」

照れてうつむいたエルザのミルクティー色の髪が、サラリと落ちる。

 ――そこへ、招かざる客が現れた。

「あら、フェリクス様。平民の作ったものを毒見もせずに食べられたのですか?」

 冷ややかな視線で嫌味を言ってきたのは、悪役令嬢のリリスだ。濃い金髪を縦ロールにし、ツリ目の瞳の色は真紅で、迫力のある美人だ。

「ひ、酷い!」

エルザは新緑のような緑の瞳を涙で潤ませて、リリスをキッと見た。

「エルザが私に毒を盛るなど、ありえないだろう!」

フェリクスも怒っている。

 リリスはツンと顔を上げて、扇子でエルザを指した。

「そこの者がそれほど信頼できるとでも?」

「君よりずっと信頼できる!」

 リリスはフェリクスを冷ややかな目で見ると、

「まあ。面白いご冗談ですこと」

と言ってくるりと背を向けて立ち去った。




「大丈夫?」

 茶色い髪をおさげにした、赤みがかった茶色の瞳をして眼鏡をかけている少女が、心配そうにエルザを慰めている。

「ブリジット、怖かったぁ!」

エルザがそう言ってブリジットに抱き着くと、ブリジットはすっと表情を消した。遠くにリリスが見えた。こちらを見ているのを横目で確認して、そっと手を耳を寝かせた”狐”の形にして合図を出す。リリスもさりげなく髪をかき上げるようにして、小指を立てた合図を返してきた。もちろん、リリス以外に合図を見られていない位置なのは確認済みだ。

「お弁当、フェリクス第二王子殿下に食べていただけたの?」

「うん!卵焼きがおいしいって!」

 無邪気に笑うエルザに優しく微笑みながら、内心はひどく冷たい。

(他人の婚約者に手作りお弁当。しかも、本来なら毒見がいる王子になんて、呆れるわ)

「よかったわね。次の授業があるから、そろそろ移動しましょう?」

「うん!」

(お助けキャラってホント助かる!ブリちゃん、今後もよろしくね)

エルザは内心そう考えて、無邪気な笑顔をブリジットに向けた。




 エルザは転生者である。前世の最後は思い出せなかったが、この転生先が好きだった乙女ゲームであることは早いうちから分かっていた。

(いつの間に王子ルートに乗ったんだろう?)

好みだからいいのだが、最初は公爵令息を落とそうと思っていた。フェリクスルートを攻略しようと思うと、強力なライバルである悪役令嬢リリスが出てくるからだ。ゲームで見た時から、苦手なタイプだった。だから、彼女ではない悪役令嬢が出てくる公爵令息を選んだはずだったのだが。

(そういえば、ブリちゃんも……。友情ポイント貯めないと情報もらえなかったはず。まあ、ブリちゃんはいいか。便利だし)

 ゲームでは、ミニゲームでブリジットとの友情を深めるとポイントが貰え、ポイントに応じて攻略対象の情報をもらえる仕組みだった。転生し、ブリジットと出会ってからミニゲームのようなイベントは起きていない。


「ブリジット~!おはよう!」

 エルザは登校して教室にブリジットを見つけると元気よく挨拶した。教室の温度が一瞬下がったが、エルザは気が付いていない。

「おはよう」

ブリジットは優しく微笑みながら、

(声大きいわね。みんな白い目で見てるの、気が付かないのかしら?)

と内心思いつつ、挨拶を返した。


 昼休み、今日はフェリクスは用事があると言っていなかったため、エルザはブリジットと一緒にお昼を食べた。食べ終わると、ポケットからエルザは小さな薄い包みを取り出した。

(イベントがないなら、私が起こせばいいんだわ)

 エルザが昨夜刺繍したハンカチをブリジットに手渡した。

(ふふふ。手作りのものはポイントが高いのよね!)

「ありがとう。開けてみてもいい?」

「もちろん!」

 包みを開けたブリジットは、嬉しそうに微笑んだ。

(うっわ。なにこれ?顔に出なかったわよね?)

出てきたのは、白いハンカチにガタガタの縫い目の刺繡がはいったものだった。かろうじてブリジットの名前だと分かるしろものだ。ゲームのエルザは刺繍が得意と言う設定だったが、このエルザは刺繍どころか縫物もまともにしたことがなかった。

 けれど、エルザは、

(これでポイントついたわね!明日、フェリクスの事聞いてみようっと)

と思いつつ、ほほ笑むブリジットを満足げに見ていた。




 ブリジットが家に帰ると、リリスが机に向かって何か書いていた。

「ただいま、スー」

「おかえり、リト」

この家はリリスが借りている。2人の隠れ家のようなものだ。

 2人は幼いころから仲がよい、親友同士である。リリスの家であるフリティラリア侯爵家は代々、王家の暗部を司る家系である。ブリジットはその傍系末端の男爵令嬢だ。

 2人とも、家では落ちこぼれと言われていた。そんな2人が出会い、シンパシーを感じたのが親友になるきっかけだった。

「ねえ、これ見て」

ブリジットはさっそくエルザからもらったハンカチをリリスに見せた。

「……呪いのハンカチ?」

リリスが眉をひそめてそう言うと、ブリジットは笑った。

「エルザからのプレゼント。意図がよく分からないけど」

「これなら、無地のままもらった方が何倍もマシだったわね」

「はあ。一応使わないとねぇ。憂鬱だわ」

 リリスがベルを鳴らすと、この家に常駐している侍女がやってきた。この家に置いている使用人はこの侍女と侍従、通いの料理人だけである。

「お茶を。それからブリジットが好きそうなお菓子もね」

「承知しました」

侍女が下がると、ブリジットは嬉しそうにリリスを見て、

「さすがスーね!私の事分かってる」

「当たり前よ。リトと私は一心同体じゃないの」

そう言ってリリスは笑うと、また机に向かった。

 ブリジットは侍女が持ってきたお茶とお菓子を楽しんで、ほっと一息ついた。ふとまだ出したままだったハンカチに気づくと、しわにならないようにポケットにしまい込んで、ため息をついた。




 ブリジットがエルザの友人のふりをする事の発端は、エティエンヌ・グランディフロルス公爵令息の婚約者のセシル・オンシジウム伯爵令嬢がリリスに相談してきたのがきっかけだ。

 エルザが公爵令息の目の前で不自然に転んで、それを公爵令息が立ち上がらせた。それから、エルザは何かとグランディフロルス公爵令息に付きまとい、プレゼントを押し付けているとオンシジウム伯爵令嬢は言っていた。

「エルザって子、狙ってたのかしら?」

リリスが眉を寄せると、ブリジットは手帳を見ながら言った。

「どうもそうみたい。何故かグランディフロルス公爵令息の好みを把握しているらしいわ」

「好み?」

「ああ見えて、実は少し可愛らしいものが好きだとか、好きな本の話題とか。オンシジウム伯爵令嬢は公爵令息の本の好みは知っていたけど、可愛らしいものが好きだなんて意外だと」

「どこでそんな情報を得たのかしら?」

「分からないわ。私が彼女に近づいて友人のふりをして聞き出す。スーどう動く?」

「フェリクスをあげましょう」

「は?」

「うまく誘導して、フェリクスを彼女に取らせるの。そうしたら、私は自由よ?オンシジウム伯爵令嬢も婚約者を取られずに済むし」

リリスがにやりと笑った。




 ブリジットがお茶を飲んでいる間に、この呪いのハンカチを受け取るきっかけを思い出していると、リリスが書き物から顔をあげてブリジットを振り返った。

「情報を整理してたんだけど、エルザってちょっと不気味ね」

「そう?バカっぽいけど」

「たまに、予言みたいな事を言っていると報告にあるんだけど、この前の魔法授業の時、『リリス様は最初に火球を出すと思うから気を付けてください』ってフェリクスに言ってたの、聞こえたのよ」

「あれ?授業の時いつも通り水魔法からだったじゃない」

「聞こえたからやめたのよ。本当は火球を初手に使おうと思ってたの。ワンパターンで慣らしておいたからそろそろいいかと思ったんだけど」

 リリスは軽くため息をついて、

「不気味じゃない?」

「確かに」

ブリジットも真剣な顔になる。

「情報源について、何か分かった?」

 リリスの言葉にブリジットは首を横に振った。

「ううん。そこはまだ引き出せてない。むしろ、私から情報を聞こうとするのよ」

ブリジットはそれを思い出して嫌そうな顔をした。

「例えば、『今フェリクス様はどこにいるの?』って」

リリスは訝しげな顔になる。

「高位貴族や王族の好みを把握しているのに?」

「そうなの。スーの情報とかと合わせると、なんか変じゃない?」

「個人的な情報収集は恐ろしいほどなのに、フェリクスの居場所を聞く。しかも、予言まがいの言動すらある。うん、なんだかアンバランスで気持ち悪いわ」

「聞かれる内容にもよるけど、フェリクス様の情報をどこまで流す?」

「そうね、学園内でどこにいるかは流してもいいけど、でも、なんでリトに聞くのかしら?」

「言われてみればそうね。クラスで浮いてるから私に聞いてると思ってたけど、実は違う?」

「その辺も探っておいて。大変だと思うけど」

「分かったわ。任せて」

ブリジットは自信に満ちた不敵な笑みを見せた。




 エルザはフェリクスにねだって買ってもらった小さな鏡を覗き込んで、身だしなみをチェックした。姿見が欲しかったのだが、想像以上に鏡は高価なもので買ってもらえなかったのだ。

「王子ってお金持ってそうなイメージなのに、案外ケチね」

王子には年間予算があって、無駄に使えないのだがエルザはそこまで想像が及ばなかった。まあ、ないよりはあった方がいい。何しろ、ヒロインの顔は前世のエルザの好みの顔をしていた。大きな少したれ目の新緑色の瞳。形のいい鼻と口。少女らしくまだ頬に丸みがあって、スタイルもいい。ミルクティー色の髪はサラサラツヤツヤのストレートだ。

「エルザってやっぱりメッチャかわいい。これが自分なんてホント最高よ」

 小さく呟いて鏡を仕舞うと、行ってきますの挨拶をして学園へ向かう。昨日のハンカチでポイントを稼いだつもりのエルザは、ブリジットにフェリクスの休日の居場所を聞く予定だ。普通に考えれば、一介の男爵令嬢が王子の動向を把握しているはずがないのだが。




 ブリジットはリリスと作戦を練り、フェリクスの動向や個人情報をどこまで明かすか詳細に詰めた。

(王子の動向は学園内のみ。イレギュラーな質問が来たら、すぐに分からないけどって気を持たせておく、と。後は探りね。しばらくスーとの時間を削らなくちゃ。憂鬱だわ)

ポケットには呪いのようなハンカチが入っている。これを使うのはかなり恥ずかしいが、”友情”を演出するのに不可欠だろうとしぶしぶ持ってきた。

 教室にはいると、エルザが駆け寄ってきて、

「ブリちゃん、おはよう!」

と言って、抱きついてきた。

(な、なんなのこの子……)

ブリジットは一瞬、任務を忘れそうになったが何とか我に返って、

「おはよう。ところで、『ブリちゃん』って?」

「ブリジットだから、ブリちゃん!私たち、仲良しでしょ?」

と、エルザが満面の笑みで答えた。ブリジットは顔が引きつってないか心配しつつ、

「そうね、エルちゃん」

とにっこり笑って見せた。

(このプロ根性をスーに見せたかったわ)

と思いつつ、ブリジットは周囲の視線に耐えた。


 エルザはブリジットの笑顔が若干引きつっていたのに気づかなかった。仲良しと口では言いながら、そこまで関心がないせいだ。さすがに教室で大声で聞くわけにはいかないだろうと、ブリジットをいつもの中庭に誘い出して、

「ねえ、ブリちゃん。フェリクス様の休日の予定教えて?」

と言った。この言葉がどれほどブリジットに衝撃を与えているかなど、エルザは知る由もない。ただただ能天気に、ゲームと同じように聞いただけだ。

「えっ、えっと。すぐに分からないの」

「えー?」

(『えー?』じゃないわよ!いったい、何が目的?この子の頭の中どうなってるの?)

「ごめんね。あし……明後日でもいいかな?」

「もう、しょうがないなぁ。いいよ」

にっこりと上から目線のエルザがそう言うと、ブリジットは、

(いつか絶対一発殴ろう!)

と、手を出したくなる衝動を抑えながら笑顔を作った。




 リリスは王宮へ週1回上がっている。王子妃としての教育はあらかた済んでおり、学園に通いながら残りを学習し、王家の秘事に関することは結婚後に習う予定だ。

 これは、昔、早々に教育を終えた王族の婚約者が婚約破棄をされ、毒杯を賜った事に由来する。その覚悟があるものだけが成れると当時の王家は胸を張ったが、おじけづいた令嬢たちはこぞって王族の婚約者の地位を拒絶した。当たり前だ。当時の王子に何の咎もなかったのだから。

 おかげでリリスは婚約解消或いは婚約破棄を安心して狙いに行けるのである。

 ブリジットからの情報をもとに、リリスはフェリクスの予定に孤児院視察を入れることにした。フェリクスは純真で単純だから、少しそそのかせばすぐその気になるだろう。

「フェリクス様」

 リリスの顔を見たフェリクスは露骨に嫌な顔をしたが、リリスは風を柳に受け流す。このくらいで傷ついていたら、この王子と顔を合わせられない。

「この週末、孤児院への視察に行こうかと思いますの」

 リリスはフェリクスの前にいくつか資料を並べ、地図を広げた。王都の孤児院を数か所ピックアップしており、現状と支援状況などが書かれている。その中の一か所は支援がまだ薄く、建物も老朽化しているとあって、フェリクスの関心を引いた。

「この孤児院は、何故支援が薄い?」

 この孤児院以外は、大貴族が支援している孤児院である。フェリクスはあまり知らないようだが、貴族に支援の割り当てがある。大貴族はメンツも手伝ってかなり手厚く支援しているのだ。フェリクスが関心を持った孤児院の支援を行っているのは、とある子爵家である。

 リリスは少しだけ困った顔をした。それだけで、フェリクスは勝手にリリスかフリティラリア侯爵家が何かしていると勘ぐるのである。これだけでミスリードできるのだから、リリスにとってはフェリクスは”ちょろい”のである。

 何やら決意を新たにしたらしいフェリクスは、早速侍従にお忍び視察を命じる。まだリリスが近くにいるのに、まったく警戒心がない。

(あれで王族なんだから、始末に負えないわ。王も側妃もアレをどうするつもりなのかしら?)

リリスはため息をついて、情報をブリジットに流す算段をした。




 ブリジットがエルザにフェリクスの視察先の情報を伝えると、エルザは、

「私の家の近くの孤児院ね!」

と喜んだ。もちろん、リリスの選定に抜かりはない。変に遠い場所でも治安が悪い場所でもなく、支援は薄くても真っ当に運営されている孤児院である。

「ところで、どうして私がフェリクス様の情報を知っていると思ったの?」

 ブリジットはストレートに聞いた。ずっと一緒にいて、エルザについて分かったことがある。この女は何も考えてない。

「えー、だって、”お助けキャラ”だからじゃない。私が聞いたら答えてくれるでしょ?」

(はあ?意味不明すぎる……)

「お助けキャラ……?」

 ここでエルザはようやくハッとした顔になり、慌てた。

「あ。ち、ちが……あの、いろいろ知ってるから……ブリちゃん」

しどろもどろに言うエルザは、最後は上目遣いでブリジットを見て、笑って誤魔化した。ブリジットは、「そうなんだ」とほほ笑んだが冷たい瞳の色までは隠せなかった。

「ブリちゃん、その!私、ブリちゃんが大好きだし!……ちょっと言い方間違っちゃった……」

 冷たい視線をどう受け取ったのか、ぺらぺらと言い訳を言ってエルザは「てへ」っと可愛らしく笑った。ブリジットは仮面を完璧にかぶりなおして、暖かい優しい笑顔を向けたが、

(要監視対象ね。スーに連絡しなくちゃ)

と、冷徹な判断を下した。




 リリスはブリジットの報告を聞いて、難しい顔をした。

「”お助けキャラ”、ね。いったい何なのかしら?」

「分からないわ。下手な言い訳をしていたから、何かを隠しているのは間違いないんだけど」

 ブリジットがため息をつく。大人しく優しいと言う役は、本来のブリジットとは全く違う。ストレスも多いのだろう。

「彼女を分析する必要が出てきたわね」

「ある程度の行動パターンや傾向は把握しているけど」

「リトにしては歯切れが悪いわね?」

「何も考えてないようにしか見えないのよ」

ブリジットの困惑した顔をリリスは物珍しげに見た。

「あなたがそう感じるなら、そうかもしれない。けれど――――」

「うん。分かってる。何を知っているのかが見えない限り、エルザは要注意人物よ」

 リリスとブリジットは、エルザがまさかゲーム感覚で生きているとは想像もできなかった。




 エルザはブリジットから教えてもらった孤児院に行った。

(孤児院イベントが発生するなんて!ラッキーだわ!)

 ゲームで発生するイベントであるとエルザは思った。いつも孤児院の子供達と交流しているゲームのエルザが、お忍びで孤児院を訪問する攻略対象と偶然出会うイベントだ。このエルザは孤児院を訪問したことがなく、おいしいところだけ持っていけるとホクホクしている。

(これでフェリクス様の好感度が爆上がりよ!)

 フェリクスが目的なため、手持ちの服の中でも一番良いものを着てきて、気合は十分だったが子供たちのことは頭から抜け落ちていた。

(ひぃ、お気に入りの服が……)

 外で元気よく遊んでいた子供たちは、あちこち汚れていた。無邪気に遊んでくれるエルザを取り囲んで、汚れた手で服を触ってきた。

(うぅっ、フェリクス様に会う前に汚れちゃう!)

エルザは引きつった笑顔を見せつつ、子供たちが触ろうとするとさっとよけた。これ以上汚れたくないとエルザは困り果てていた。

 エルザが乗り気で無い事を敏感に感じた子供達は、不満げに徐々にエルザから離れていった。フェリクスが来た時に、”子供達に囲まれた天使のようなエルザ”を演出したかったエルザは、慌てて子供たちを呼び戻そうとした。

 そこへ、フェリクスがお忍びでやって来た。

「エルザじゃないか?」

「フェリクス様!」

「服が汚れるのも構わずに子供達と遊んでいたのだな。エルザ、今日はお忍びなのだ。フェルと呼んでくれ」

 フェリクスの目には、服が汚れるのも構わず、子供達と遊んであげる優しいエルザに映ったようだ。エルザはすかさず、照れたように顔をうつむけて、こみ上げてくるニヤニヤ笑いを見られないようにして、返事をした。

「はい、フェル様」

「どうか、”フェル”と呼んでくれ。”様”はいらないよ」

「はい……フェル」

 それから2人の世界に入ってしまい、孤児院の院長は冷めた目で2人を見ていた。

(何をしにいらしたのかしら?)

 高貴な方が来ると聞いてはいたが、王子とまでは想像していない。ただ、院長は孤児院が逢引に使われたようで、気分が悪かった。

 孤児院の状況について話す時にも、2人でやって来たのには呆れていた。

「支援が薄いようだが」

「当院を支援してくださっているのはムルティフローラ子爵家でございます。確かに施設は古いですが、子供達が健やかに育つようにと食料や衣料など、気を配ってくださるのです」

 ムルティフローラ家は古い家柄で、派手さはないものの堅実な家である。子爵家として妥当な支援を行なっている。

「他はもっと施設が――――」

「よそはよそですわ。当院はムルティフローラ家に不満はありません」

 貴族の言葉を遮ることが無礼なのは院長も重々承知していたが、せっかく良好な関係を保っているムルティフローラ家と軋轢が生まれるのはごめんである。

「フェル、この孤児院に支援をしては?」

「そうだな。私からも支援をしよう!」

「ご支援はありがたいのですが……」

 院長は目の前の”高貴な方”が、ムルティフローラ家と敵対する貴族家である可能性に思い至り、貴族の派閥争いかと歯切れが悪かった。それをフェリクスはムルティフローラ家に孤児院が圧力を受けているのではと誤解した。

「もしかして、リリス様に脅されているのですか?!」

 なんの前触れもなく、突然エルザがそう発言した。うまくいかないことは、ゲームではだいたい悪役令嬢のせいである。エルザは単純に思った事を口にしたまでだ。

「はあ?」

院長は困惑した。

「そうか!そうなのだな?!」

 院長の困惑をよそに、フェリクスが暴走し始めた。院長はまずい流れだと気がついて、訂正しようとした。

「え、いえ、誰にも――――」

「王家から支援する!」

「ええ?!」

 院長は高貴な方としか聞いていなかったが、急に王家が出てきて、大混乱だ。エルザとフェリクスは院長を置き去りにしたまま支援を決めてしまい、結果的にムルティフローラ家の不信をかった。




 リリスはムルティフローラ家当主への謝罪を終えて、疲れ切っていた。確かに、あの孤児院を選定したのは自分であるが、あそこまで暴走をするとは、さすがのリリスも予想外だった。

(エルザとフェリクスを掛け合わせると、面倒事が増えるのね。今後はもっと慎重に事を運ばなくては)

 本来なら、リリスが謝る必要はないのだが、フェリクスの尻拭いは自動的にリリスに回ってくる。もしもフェリクスと結婚するとこれが一生続くのである。リリスが婚約破棄を狙う理由である。

(確かに暗部としては落ちこぼれだけど、フェリクスに使いつぶされる一生なんてごめんだわ)


 家に帰ると、ブリジットがお茶を飲んでいた。

「おかえり、スー」

「ただいま、リト。今回の作戦は失敗だったわ。こちらのダメージが大きすぎた」

「リリスにもお茶をちょうだい。誰もあそこまで暴走するとは思わないもの。フェリクスの侍従は何をしていたの?」

「庭で子供達と遊んでいたそうよ」

ブリジット乾いた笑いをして、

「主従ともども使えないわね」

と言って、お菓子を食べた。リリスは侍女が淹れてくれた紅茶を飲んで、少し気持ちを落ち着かせた。

「王家からの支援は、施設の補修のみにしたわ。ムルティフローラ家としては面白くはないけれど、支援がそこまで回っていないのは確かだと、受け入れてくれたわ。ただし、他家の施設も同じようにしないといけなくなるでしょう。頭が痛いわ」

「そうね、ムルティフローラ家だけに肩入れしたとなれば、またややこしいものね。あの家は王家派だし」

「予算までは口を挟める立場ではないけれど……。王子妃になったら予算にも口を挟めるなんて嫌すぎるわ」

 深くため息をついたリリスに、ブリジットは、

(絶対にスーをフェリクスの魔の手から救い出すわ)

と改めて決意をした。




 エルザは孤児院での事を、本気でゲームの”イベント”だと思っていた。気合を入れて着てきた一番いい服は汚れてしまったものの、フェリクスの気持ちをがっちり掴めたとホクホクしていた。

「ブリちゃん、ありがとう」

 どことなく疲れた顔をしているブリジットにエルザは抱きついてお礼を言った。ブリジットが一瞬、遠い目になったことなど知る由もない。

「フェリクス第二王子殿下には会えた?」

「ええ。フェル……フェリクス様はあの孤児院に寄付をするそうよ」

(スーがどれほど尻拭いしたかも知らないで、お気楽ね)

「そうだった。ブリちゃんにお礼しようと思って」

 エルザがポケットから出したのは、薄い包みだ。ブリジットが嫌な予感を募らさていると、

「これ、私が刺繍したの!」

と、またしてもハンカチを手渡された。包みから出てきたのは呪いのようなハンカチではなく、”B”と言うデザイン文字が美しく刺繍されたハンカチだった。

(あら?これって……最近流行りのあの店のハンカチじゃないかしら?)

ブリジットは「ありがとう」と言いつつ、エルザの愛らしい笑顔にますます不信感を抱いた。




 リリスが王宮へ上がると王子妃教育ではなく、側妃の茶会に呼ばれた。

(何かしら?嫌な予感しかないわね)

リリスとフェリクスの母である側妃との間には、温かさはない。側妃はフェリクスに”嫌なこと”をさせたくないためだけにリリスを婚約者にしたのだ。その上、フェリクスに半端な知識を与えることで、リリスとの仲が冷え込むように仕向けてもいる。リリスからすれば、”任務”を与えてきたくせに邪魔をするという、意味のわからない人である。

 茶会の場所は、側妃のために王がつくらせた温室の中だった。日差しを遮るために天蓋が張られ、いくつかの窓は開け放たれていた。

 そんな場所での茶会は、ひどく冷たい雰囲気だった。

「まあ、そんなだからフェリクスが別な()の名前を出すわけね」

リリスの返答が気に入らなかった側妃の嫌味は、リリスにはダメージはないが、フリティラリア侯爵家とすれば失態だろう。

 ため息を飲み込んだリリスは、”任務”をまともにこなせない娘に対する父親の諦めきった冷たい視線が頭をちらついて、離れなかった。




 エルザは明日行われる聖フラワー学園の舞踏会を前に、フェリクスから届いたドレスを満面の笑みで受け取った。添えられた手紙には、当日ドレスの着付けをしてくれる人を寄こすとあった。

(うわあ!すごい!これって課金しないと着れないドレスだわ!)

 フェリクスの瞳の色と同じ青を基調としたドレスだった。差し色に金色が使われた、”婚約者ドレス”だ。

 家族が戸惑うのも気にせず、エルザはフェリクスとの婚約と、リリスへの断罪に心を踊らせた。


 聖フラワー学園の舞踏会は、まだ舞踏会に正式に参加できない学生たちへの予行演習も兼ねているため、格式張ったものだ。身分の低い者から先に入り、身分の高い者を待つ。婚約者が居れば、結婚後の身分を想定した順番で連れ立って紹介されるのだ。

 ブリジットは男爵家なので、早いうちに会場に入って壁の花と化していた。ブリジットは婚約者もなく、ドレスの色は無難に若草色だ。自分の瞳の色に合わせると地味すぎて逆に目立ちそうだから、あえてこの色である。

(エルザが居ないわ。やっぱり、噂は本当だったのね)

 平民街に豪奢な馬車がやって来たと今朝話題になっていたのだ。そして、エルザとおぼしき少女が青い色を纏っていたと聞いたとき、ブリジットは嬉しく思いつつも、リリスの事を考えると腹立たしくもあった。

 やがて、リリスが1人で入場した。リリスはわざと深紅のドレスを身にまとい、フェリクスの色は一切身につけていなかった。学生たちの間をざわめきが通り過ぎた。

(スーが堂々と歩く姿は本来に素敵)

婚約者に捨てられたなどとクスクス笑う者もいたが、フリティラリア侯爵家がどんな家なのか薄々察している者は、賢明にも口を閉じている。

 大トリは、フェリクスである。フェリクスは白を基調に、エルザの瞳の色である新緑のような緑色を取り入れていた。傍らのエルザは完璧にフェリクスの色である。

(うっわ。やらかしてるわぁ。でも、あれは側妃様が絡んでるわね。フェリクス様はドレスの着付けまで気が回るような男じゃないわ)

 エルザの勝ち誇ったような紅潮した頬と、フェリクスのエルザを見る優しく慈しむような瞳に、学生たちは声高にあれこれ話している。


 学園長は戸惑った顔のまま舞踏会の開催を宣言した。そこへ、フェリクスが勝手に登壇して、話し出した。

「リリス・フリティラリア侯爵令嬢、前に出ろ」

 リリスはしっかりした足取りで、前に進み出る。フェリクスの前まで行くと、パッと扇子を開いた。扇子はクロユリと勿忘草がデザインされていた。

「フリティラリア侯爵令嬢は私の婚約者としての立場を利用し、数々の陰謀を巡らせて王国と国民に不当な負担をかけた。よって、私との婚約は破棄をし、国外追放を命ずる!私の新たな婚約者は、このエルザだ!」

 宣言したフェリクスに会場の者たちは、もう舞踏会どころではなくこの宣言を家に伝えなければ、とそわそわしだした。

「まあ。フフフ。それでは、謹んでお受け致しますわ」

 リリスはおかしそうに笑うと、あっさり受け入れた。肩透かしを食らったかのようなエルザの顔を見て、鼻で笑ってくるりと背を向けると、美しいカーテシーを会場に向けてした。

「お集まりの皆様。この様な楽しむべき舞踏会で、不愉快な宣誓をさせてしまった事、誠に申し訳ないと思います。わたくしは退場致しますので、どうかな皆様はめいいっぱい楽しんでくださいませ」

 リリスはそう言って、会場を後にした。いつのまにかブリジットの姿も消えていたが気にする人は居なかった。




 幌が付いた馬車は、南へ向かっていた。幌の中に3人の女が乗っている。2人は仲が良さそうにおしゃべりをし、少し離れて女が2人を見ている。

「そろそろ宿に着きますわ」

女がそっと声をかけると、

「ありがとう。リト、今夜はベットで眠れるわよ」

「いいわね!ゆっくり眠れそう」

 女はリリスの侍女で、馬車を操っているのは侍従である。リリスとブリジットが国も家も見限って出ていくのについてきてくれたのだ。

 やがて、宿についた。

「あちらについたら、みんな平等に名前呼びよ?今から慣れなさいよ」

嬉しそうに笑うリリスとブリジットを元侍女と元侍従は優しく見守るのだった。

 



最後まで読んで頂き、ありがとうございます。


フェリクス視点はこちらから

『僕は光の王子様~悪役令嬢の親友は、ヒロインのお助けキャラです~』

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