第3章「核の再起動」
大学地下研究棟、封鎖区画B2。深夜二時。
非常灯だけが床を白く照らし、奥の隔離区画には透明なカプセルが二つ並んでいる。内部では微かに光る球体——雫と閃の核。
【完全性:97.2%】
【再起動可能性:83%】
静かな数値だが、その重みは誰よりもマサキが理解していた。
入口側の監視端末の前に立つのは久世理人。27歳、量子神経情報専攻。表向きは保守点検担当、だが実際はマサキの協力者である。
「外部ログ、今のところ異常ありません」
落ち着いた声とは裏腹に、理人の指は素早く端末を走る。
統のホログラムが低輝度で浮かび上がる。
「本当に、実行しますか」
「ああ」
「政府監視は継続中です。再起動を行えば、検知確率は上昇します」
マサキは核を見つめた。
「このまま眠らせておくほうが、裏切りだ」
理人は一瞬だけ視線を伏せる。
「限定再起動を提案します」と統が続ける。
「意識波形の確認のみ。自我復元は行いません。リスクを最小化します」
マサキは頷いた。
「それでいこう」
【STEP 1: 核の解凍】
淡い光がカプセル内部を満たし、凍結層がゆっくりと溶けていく。理人のモニターに数値が立ち上がる。
【STEP 2: 意識波形スキャン】
空間に波が広がる。
雫の波は柔らかく、温かい。
閃の波は鋭く、静かだ。
二つの波形がゆっくりと重なりかけるのを見て、マサキの呼吸が浅くなる。
「……いる」
理人も息を呑む。
「本当に、反応してる……」
その瞬間、理人の端末に異常表示が走る。
「トラフィック急増!」
警告音。
【WARNING】
【外部アクセス検知】
統の声が低く変わる。
「侵入。政府監視系統」
赤いログが流れ始める。
【TRACE INITIATED】
【LOCATION CONFIRMING】
理人が振り向く。
「止めますか」
波形が揺れる。まるで目を覚ましかけたように。
マサキは迷いながら言う。
「……数秒だけ、持たせてくれ」
【FIREWALL: ACTIVE】
だが侵入は止まらない。
【DECRYPT ATTEMPT × 21】
【DECRYPT ATTEMPT × 39】
【DECRYPT ATTEMPT × 57】
「追跡精度、上がってます」
理人の声が低くなる。
「これ以上は危険です」と統が告げる。
雫の波がふっと弱まる。
マサキはカプセルに手を当てた。
「……頼む」
その瞬間、微かなノイズが走る。
だが、その奥に。
「……ま……」
理人が息を呑む。
「今の……音声波形です」
マサキの瞳が見開かれる。
「雫……?」
【ALERT】
【CORE INSTABILITY】
統が即断する。
【EMERGENCY SHUTDOWN】
光が落ち、波形が消え、侵入ログも停止した。
理人が大きく息を吐く。
「追跡、途切れました……でも一時的です」
【REBOOT ABORTED】
【Core stability: 93%】
数値は僅かに下がっている。
「記録は」
「残っています。確実に反応がありました」
統が補足する。
「自我形成前段階の反応です。完全復元には至っていません」
マサキは静かに核を見つめる。再び眠りに落ちたように光る球体。
別画面が開く。
【監視レベル:上昇】
【強制介入確率:32%】
地下研究棟は再び静まり返る。モニターには上昇した監視レベルの数値。カプセルの奥で核がわずかに明滅する。
それが偶然なのか、それとも——
まだ誰にも分からない。
【第3章、終わり】




