きらきら宝石屋さん
沢山のお店が並ぶ商店街の中に、いつもおいしい匂いが薫らせるお店がありました。
そこは年季の入った精肉屋。
昔から仲睦まじい老夫婦が営むこの町の人気店です。
しかし最近、何やら困ったことがあるらしいのです。
「ごめんなさい、なんていったか聞き取れなくて…もう一度言って下さいますか?」
「えっと…」
商品名を聞き返すおばあさんに、奥でとんかつ弁当を作っているご主人が声を張り上げて言いました。
「豚バラだよ!」
「あぁ…」
おばあさんはショーケースに置いてある豚バラをいそいそと取り出して袋に包み、ひもの部分を両手でつまんでお客様に渡しました。
「またきてくださいね」
豚バラを買った人は何かを言ってからそのまま立ち去っていきました。
そして見送ったおばあさんは眉をひそめて、心の中で「あぁ私…」とシュンとしてしまいました。
おばあさんは日に日に耳が聞こえずらくなっているのです。
おばあさんはおじいさんの気遣いで店の前に立っているのですが、せっかくここにいるのにこれじゃ足を引っ張るだけ…と毎日ヘマをする自分に嫌気がさしておりました。
この日も何回もお客さんの言葉を聞き返してはおじいさんに教えられてまたお客さんの言葉を聞き損ねては…、と果て無く繰り返しておりましたらいつしか店じまいの時間になっておりました。
お天道様が傾いていって、お空が蜜柑色に煌めいていている、夕暮れ時です。
おばあさんそんな天気の中当てもなくぶらぶらと町を散歩しておりました。
耳が良く聞こえなくなって以降、じっとしているにも落ち着かなく何となくそうすることも増えたのです。
おばあさんはボーっと街並みを眺めて、
今はビルだったりマンションだったり 世界が見えにくくなるものばかりでいっぱいだねえ。
なんて淋しく感じました。
すると不意に、おばあさんに涼しい風が吹きました。
何となく風がやってきた方を振り返ってみますと、ビルを挟んだ横道の奥に何やら古めかしいお店があるのが見えました。
そのお店の入り口は突っ張りで支えられてる紅白のサンシェードで覆われていて、そこには何やら文字が書かれていたのですが、読めないおばあさんはもう少々近寄ろうと路地裏に足を一歩入れました。
その途端、おばあさんは自分が世界から独りぼっちになってしまうような恐怖でいっぱいになってしまいました。
恐る恐るおばあさんは背後を確認しましたがそこには誰の影もなく、ただ世界を目いっぱいに隠してしまう大きいビルがあるだけでした。
何とも変わってないその光景に、今度はずっと一緒にいてくれるような安心感を受け取って再び路地裏に足を踏み込んで歩みを進めます。
お店を目指して歩いていると両脇にあるビルの方からじっとりとした目線を感じます。
おばあさんはじっと耐えてそれらに構わずただお店に着く事だけを意識しました。
そうしてやっと道を抜けると、あたりにビルがポカンとない空いた所にただ一つ、木材で出来た古風でお洒落なお店がありました。
看板には、「石屋」とだけ書かれております。
入り口にはきらきらとした風鈴が端から端までたくさんかかっておりました。
その綺麗さからおばあさんは少しいたずら心が湧きまして、それらを暖簾のようにしてお店に入りました。
すると風鈴は涼しく響き、また隣の風鈴たちにその音色を伝言して、真似っこした音はまた隣にへと広がっていき、あっという間にお店の中はきらきら…とお星様のような素敵な音でいっぱいになりました。
風鈴たちの合唱にうっとりとしたおばあさんは、次にお店に並んである商品を見て驚きました。
棚に並ばれている数々の宝石、その一つ一つが、私を見て!と言われてるような存在感と、一つ一つがそのどれにも負けない純白で瑞々しい美しさでお店を彩っていたからです。
おばあさんがその美しさから気が遠くなってしまっていたところに、店の奥からズリ…ズリ…と畳の上でにじっているような擦れる音を聞きました。
おばあさんが棚から眼を外してお店の奥を覗いてみました。
するとそこは座敷になっており、そこで正座のままおばあさんを優しく眺める着物姿のふくよかな女の人がいらっしゃいました。
おばあさんがその人に軽く会釈をするとその女性はこちらにおいでというように手をこまねいてきました。
おばあさんは何も考えずにその女性のそばに近寄りました。
「当店には、一度来られていますか?」
その女の人はゆったりとした口調で話していたのですが、反面力のこもった声だったので、おばあさんは久しぶりに一度で聞き取れました。
「いえ、初めてです」
「そうでしたか、では、説明をさせていただきます。」
女の人はおばあさんにもう少しにじり寄ってから説明を始めました。
「これから説明するのはそこの棚に並ばれている宝石と、購入に際しての注意でございます。
初めに、当店の宝石のその効能は絶対です。
次に、当店で購入できる宝石は一つまでとさせていただいてます。
最後に、当店で宝石を購入する場合、その対価に支払うのは、
購入者様の寿命となります」
「…なんていったんですか?」
幻想的な宝石をどうしようかと話を聞く半分で想像していたおばあさんは、寿命を支払うという条件に耳を疑いました。聞き間違いか、冗談なのではないのかと。
「聞き間違いでも、冗談でもございません。購入者様の寿命を、対価として頂きます」
おばあさんは考えが読まれたことに一瞬驚きはしましたが、寿命を貰うってこの人だって信じてもらえないつもりで話しているってことよね。と寿命を払う事にも同時に納得して、次に宝石について考えることにしました。
「効能と言うのは、どういうのなんでしょうか?」
それを聞いた女の人は「少し、失礼します」とカウンターの上でサンプルのように並べられていた宝石の中から一つ、緑に煌めく小さな宝石を手に取って、説明いたしました。
「まず宝石は、色々な色を持っているものです。そして効能と言うのは、その色でわかるようになっております。例えば、こちらの、緑に輝く宝石には『辛さを和らげる』効能がございます。そして」
女の人は、次に溌溂に赤く輝く宝石を手に取って説明します。
「こちらの、赤に輝く宝石には『元気になれる』効能がございます。」
女の人はちらり、とおばあさんの顔を覗いてみました。
その顔つきから、お客様はまだはっきりと分かっていない、と判断して、どうして効能とは何者なのかを優しく、ゆったりと話し始めました。
「当店では、寿命を払っていだたくことで、宝石を購入できるという仕組みになっております。
そうして受け取ったお客様の大切な寿命は、『その購入者様の強かな心』を効能とする宝石に変えて、こうしてまた次のお客様のために売っていく。としております」
「…!では、この赤色の宝石は、いつかにここに訪れた『元気な人』の命に代わってできたものと言う事ですか?」
「はい、その人の魂のようなものでございます」
おばあさんはその話を聞いて、目の前に輝いている二色の宝石が、なぜだかとても立派なものに感じました。
そしておばあさんは一つ考えました。
「この宝石は、誰かに渡してもいいのですか?」
女の人は「はい」と頷きながら答えて、次のように言いました。
「もちろんでございます。大切な人がいらっしゃるなら、その人へ渡されるのも、また宝石の役目です」
おばあさんはその言葉を聞いて、とても喜びました。
できればこの有難いものは、おじいさんへのプレゼントにしようと思ったからです。
「じゃあ、『その人が幸せに暮らせる』みたいな効能の宝石はございますか?」
「では…」
と女の人はカウンターから真っ白に輝く、雪のような宝石を手に取って説明しました。
「こちらの白色の宝石は、『たくさんのものに感動しやすくなる』効能があるものでございます」
「へえ…!」
おばあさんは、左の薬指につけている指輪をさすってもう一つ聞きました。
「では、それを使って指輪にというのはできますか?」
女の人はぱあっと明るく笑って答えました。
「はい、そういたしますか?」
おばあさんは照れ笑いをしながら「お願いします」と頼みました。
そうおばあさんがいいますと、女の人はカウンターの下に潜り込みまして何かを取り出しました。
それは、がま口財布が頭になっているカエルの陶芸品でした。
「では白い宝石をもって指輪にしたいと念じながらこちらのカエルのお口に手を差し込んでください、そうしますと購入が完了いたします」
おばあさんは寿命をこれから払うということで胸の中がドキドキして止みませんでした。
おばあさんは手を差し込む前に一度「このお口の中、見てもいいでしょうか?」と断って覗いてみました。
そのがま口の中はどこまでも真っ暗で光も影も見当たりません。
見ているうちに恐怖が増していくおばあさんでしたが、そのとき目の前の優しい面持ちでいつまでもおばあさんを待っている女の人が目に入りました。
その女の人の動かない様は、お店につながる路地裏へ一歩踏み出す勇気にもなった、世界を隠すビル群のようなどこまでも寛大でどこまでも不安を受容できる有難みを持っておりました。
おばあさんは意を決して宝石を握る拳をがま口に入れてしまいました。
「ご購入、ありがとうございました」
おばあさんはその女の人の言葉を聞くと、いつのまにかぎゅっと閉じていた瞼を開き、自分の強く握った拳も開いて覗きました。
おばあさんの手の内には真っ白な指輪ケースがちょこんとありました。
そしてそのケースをカパッと開けてみると、白く燃える宝石がその存在感をそのままにした、美しい指輪がございました。
「綺麗…本当にこれで、貰っていいんですか」
女の人は優しく微笑んで「もちろんでございます」と答えました。
おばあさんは路地裏を出ていくまでずっと女の人にお辞儀を致しました。
そうしているのを笑顔で見送った女の人は、購入手続きに際して取り出したカエルの陶芸品に近付いて、その財布のお口を開きました。
するとその中から一等星の様に輝きを放つ黄金の宝石が出てきました。
黄色の宝石は、『人を想える』効能を持っております。
女の人はそれをカウンターのところに並べておきました。
カエルの置物もカウンターの下に戻しながら女の人は「しかし…あの人…」とちょっとばかり先ほどのおばあさんのことを考えてました。
一方その頃、おばあさんの方は、あの後なんとなく宝石屋をもう一度見てみようかと引き返したのですが、記憶通りの場所に戻ってもそこは人が入れるような横道はなく、不思議なお店に迷い込んでしまったのだと納得してそのまま帰り道についておりました。
そうしておばあさんは、月明かりと電灯でぽつぽつと明るい世界を眺めながら、宝石屋に入る前にその光景を想って窮屈さを抱いていた自分も遠くに眺めて、世界を見えにくくさせていく たくさんの建物たちが、世界を見えにくくするからこそなんでも見えているような気にしてくれるのかもしれない。と宝石屋で感動した数々の輝きを街明かりに投影しながらそんなふうなことを考えました。
そうしてやっと長い散歩から戻ってお肉屋さんの扉を開きました。
そこには明日の為の仕込みをしているおじいさんがおりました。
「清さん」
おばあさんはポッケにずっと入れていたケースを取り出しておじいさんに渡しました。
「今日、素敵な宝石屋さんを見つけたの」
「おう。…それ」
おじいさんは無骨に答えましたが、おばあさんの持っているケースを見ると作業の手を止めて身体を向きなおしました。
「いい効能がついてるって言ってたんですよ。だから、どうですか?」
とおばあさんはつまむようにケースを開きました。
おじいさんはその綺麗な指輪をボーっと眺めて、そしておばあさんに向かって言いました。
「ーこの指輪、まさか『石屋』で買ったんか?」
まさか石屋の事を知っていたおじいさんにおばあさんは目を丸くして聞きました。
「どうしてそれを知っているんですか?」
「だって…」
とおじいさんはおばあさんの左を見ながら言いました。
「さっちゃんの指輪、そこで買ったんだもん」
おばあさんはハッとして左の薬指で白銀に輝く指輪を覗きました、そして女の人が開口一番目に訊いてきた言葉を思い出したのです。
『当店には、一度来られていますか?』
女の人がそう聞いたということは、一度来たと思われるなにかがあったという事なのです。
それがまさかいつも付けている指輪だったなんてというのと、おじいさんがおばあさんと全く同じことをしていたのに、おばあさんはなんだかとてもおかしくなってくすくすと笑いました。
おじいさんも笑ってその指輪を受け取りました。
そして今日、人でにぎわう商店街の一つにあるそのお肉屋さんの老夫婦は、幸せそうに働いております。




