双星の叙任と遠き日の鼓動
デノアタウンとサパエンが消えてから二年、エケネイス近郊の旧市街地。
そこは武装反乱軍によって占拠され、一般の真衛隊員では手も足も出ない地獄と化していた。
「報告!第三分隊、全滅!敵の重火器を突破できません!」
悲鳴のような無線が飛び交う戦場。血の匂いと硝煙が立ち込める中、場違いなほど軽やかな足音を響かせて歩く三人の男がいた。
「本来休みだってのに仕方ねえな。めんどくせえしさっさと終わらせて酒でも飲もうぜ」
バッベンがタバコを吹かしながら、既に殉職した隊員から寄せられた敵の情報を眺めていた。
「どっから調達したんか知らねえがまあまあな数の兵器を持ってるみたいだな。ただ質はそこまで高くねえ。これなら正面突破も容易だ、ジェイにダイヤ、いけるか」
「ああ、余裕だ」
「任しとけ」
二人が前に出た瞬間、指揮を取っている人物の掛け声と共に反乱軍が放った数百発の弾丸が空を覆った。だが彼らは避けることをしなかった。むしろ弾丸の海に突っ込んでいくように素早く向かっていく。
「いくぞ!『磐長の構え』!」
「よし、『清浄鉄壁』」
無数の弾丸は彼らの身体を貫通することなく、むしろ弾かれていた。
「はあっ…!?化け物かあいつら!?」
反乱軍が戦慄する間もなく、ジェイが踏み込む。彼は拳一つ振るわず、ただ地面を強く踏み抜いた。その瞬間に放たれた圧倒的な威圧と衝撃波だけで、分厚い装甲車が紙屑のように拉げ、数百人の武装兵が戦意を喪失して崩れ落ちる。
「おらよ、これで『終演』だ」
バッベンが指を鳴らすと、敵の通信網と自動兵器の回路が一瞬で焼き切れた。
わずか数分。一個師団に相当する反乱軍は、たった三人の男によって無力化された。この圧倒的な戦果こそが、彼らを最強の座へと押し上げる決定打となった。
数日後、エケネイス真衛隊本部。
立派な軍服を着こなしているジェイとダイヤは、万雷の拍手の中で「天鋭」の称号を授与されていた。だが、華やかな式典の裏、一般人が立ち入れない演壇の影には、「青い紋章」を付けた組織の男たちがいた。
彼らは決して心からの笑顔とは言えない表情で手を叩いている。
「次期エケネイスの天鋭は非常に優秀だ。流石デイビッドさん、良い人材を育てましたね。彼ら二人以外にももう一人優秀な隊員もおりますし、ヨシュコさんもご存命。ここ数年は安泰でしょう」
男たちは笑顔で拍手をしていた。ただその目だけが、一切笑っていなかった。祝祭の喧騒の中、ダイヤだけがその冷たい視線に気づき、わずかに背筋を凍らせた。
「…こうなると同盟国のアタンスは少し戦力不足、ですかね」
時を同じくして、エケネイスの同盟国『アタンス王国』では後に歴史を塗り替えることになる三つの「影」が、それぞれの場所で牙を研いでいた。
アタンスの真衛隊訓練施設。
「早く、次。みんなまとめて来なよ」
深く被った帽子の下から、冷淡な声が響く。20歳のその青年は、周囲の期待も隣国の狂騒もどこ吹く風だった。襲いかかる隊員たちを、視線すら合わせずに水の奔流で押し流す。その姿は、既に「完成された天才」の静謐さを纏っていた。
街の喧騒から少し離れた定食屋。
「お前、寝て食ってばっかで太っちまうぞ」
右目に黒いバンドを巻いた20歳の青年が、隣で食事に夢中な少女を嗜めていた。
「私は太んないもーんだ」
「ハハハいいぞいいぞ、お前らどんどん食え」
豪快に笑う男はアタンス王国の現天鋭のスイリュウ。その傍らで青年は穏やかに微笑む。しかしその立ち振る舞いには、あらゆる難局を瞬時に打開してみせる底知れぬ器用さが透けて見えていた。
そして、アタンスの荒れた海岸線。
「…ついにあんたも天鋭になったか」
釣り上げた獲物を無造作に放り投げ、ニット帽を被った21歳の男が鼻で笑った。この男はエケネイスで新天鋭誕生の情報をいち早くどこからか入手しており、笑みを浮かべていた。
「この国だけじゃ足りねぇな」
一匹狼の雰囲気を醸し出す彼は自由奔放さを背中に宿し、さらなる強さを求めて外の世界に独り歩き出した。
その夜、エケネイスでは別の動きがあった。
13歳になったアルマとカインドは、天鋭の紋章を授かったばかりのジェイとダイヤの前に立っていた。
「今日から、俺たちは任務で家を空けることの方が多くなる。だがお前らを育てると決めた以上、このままにしておくわけにはいかない」
「じゃあよく話してるバッベンさんって人の所に移るの?」
「バッベンも次期天鋭として既に確定しているからか、あいつも俺らと同等の扱いがされるから無理だ」
「じゃあ、俺たちは誰の元にいくんですか?」
「お前たちが今後面倒を見てもらうのは…かつて天鋭だった、俺たちの師匠だ」
その日の夜、四人は山奥の小屋に訪れる。
「ほう、もう来たか。話は聞いとったぞ」
現れたのは、ボロボロの着流しを羽織り、を抱えた一人の男だった。
「…ふむ。このふたり、なかなか良い目をしとるな」
「このお方が俺たちの師匠、レオ・ヒョーリさんだ」
「よ、よろしくお願いします!!」
かつて真衛隊の頂点に立ち、今は隠居したはずの伝説の男。
ヨボヨボな身体ながらも彼が放つ混じり合った圧倒的な「死」の気配。13歳の二人は本能的に理解し、全身が震えていた。
ジェイたちの特訓はまだ「教育」であり、優しさがあった。だが目の前のこの男がもたらすのは、教育などではない。
それは、純粋な「生存競争」の始まりだった。




