焦土の落とし子
サパエンの空は、酷く濁っていた。焦げた匂いが風に乗って流れてくる。どこを見ても焼け跡ばかりで、生命の声はない。かつて五大国の一つと謳われた国の威容は、いまや見る影もなかった。少年は裸足の足裏を引きずりながら歩いていた。もう痛みも分からない。
手の中のキーホルダーだけが、かつての世界と自分を繋ぐ唯一の証だった。
「…どこまで歩けば平気なんだ」
掠れた声が、乾いた風に吸い込まれる。
反乱が起き、空襲が始まってからもう何日も経つ。だが、地平線のどこを見渡しても、今も尚発展し続けるであろう都市は見当たらない。
世界から、自分たちの国存在そのものが「なかったもの」にされているような、底冷えするほどの孤独。
どこまで歩いても景色が変わらない。焼け跡と、沈黙と、自分の足音だけ。
「俺の人生、もうここで終わるんだ…」
ばたりと倒れる少年のまぶたが、ゆっくりと閉じていく。彼は手の先から徐々に砂と一体化していくようだった。
焦土に響くはずのない規律正しい足音の主が遠くに倒れている少年の陰を認めたとき、少年の体力はもうその足音には気づくことができないほどだった。
「…い!まず……が無いな」
少年が薄く目を開けると、そこには地獄に似合わないほど清潔な軍服を着て、縛った赤褐色の髪をなびかせている男が立っていた。その男は少年の意識が朦朧としている所を即座に救助すると背負って素早く走る。少年の身体に負担がかからぬよう揺れを最小限にしながら急いで平和な発展地域を目指していた。
「頼む、間に合ってくれよ…!!」
目が覚めると、そこは小さな寝所だった。少年は起き上がろうとするも身体前身に激痛が走り、目から涙が溢れた。
「おお、目が覚めたか」
「俺はいったい…というかあなたは…?」
「私か、私の名はダイヤ・プレストムだ」
名を名乗ると同時に、彼は作業を中断しゆっくりとベッド横の椅子に腰を掛けた。
「助けてくれてありがとうございます」
「それが俺の役目だ、礼は必要ない」
「でも…どうして俺は生きているんですか、俺の国は?家族は?友だちは?みんなどうなったんですk」
言い切る前にダイヤの手がすっと伸びてきた。室内であるにもかかわらず彼は扉の方へ一瞬だけ鋭い視線を向け、安全を確認すると静かに手を戻した。
「その事に関してだが、今は答えることはできないし知ることも出来ない」
「なぜですか、誰にだって知る権利はあるはずです、それが認められないのはおかしい」
「…知る権利というのは、何でもかんでも知れるという訳ではないのだ」
ダイヤは苦しそうに答える。その表情には様々な思いが混じっている。
「…まず、君の目で見た真実を語ってくれないか。ゆっくりでいいから」
カインドの心臓がどくりと跳ねた。
平和だった国は突然と燃え上がり、人々の叫びと泣く声に加えサイレンと爆撃音が響き渡り、あっという間にひとつの街が、ひとつの国が、ひとつの文明が消えた。
「反乱軍は政府だけが敵じゃなかったんです。もう、自分たちの味方につかないもの全てを破壊しつくしていました。それは俺の家も例外じゃありませんでした」
少年の脳に再生される、微かに聞こえてきた馴染みのある声。
「さっさと逃げろクソバカ!!」
そのから無我夢中で逃げた少年はダイヤに助けられるまで記憶はないそうだ。トラウマが蘇ったのか、少年は過呼吸になっていた。
「そうか…ありがとう、とりあえずそこまでで大丈夫だ。また落ち着いたら話してくれ」
ダイヤは沈黙した。彼に伝えるべきか否か。彼の故郷であるサパエンの現状と、他国の反応と対応を。しかしこれを言うことで無垢な少年を危険な領域に入れてしまうかもしれないと考えたダイヤは、これだけを少年に伝えた。
「これだけは守ってくれ。君の祖国、つまりサパエンの事は一切話をしないということだ。出身地を聞かれても違う国で答えるんだ」
「なんでですか、何か言えない理由でもあるんですか」
「…その通りだ、君を危険な目に合わせる訳にはいかない」
アルマを勧誘したジェイとは対照的で、ダイヤは少年を守ろうとしていた。しかし少年は引かず、瞬時に脳裏に兄の声が蘇った。あの最後の一言が今も耳から離れない。少年の決意は確固たるものだった。
「いえ、俺はそれでもいいんです。絶対に兄の仇を取ります」
呆気に取られたダイヤだったが、少年を力強い瞳を見ると考えを改めた。
「少年よ、名前はなんというんだ」
「カインドと申します。本名はカインド・メックリスティです」
「ふむ、いい名だ。その名の通りに生きられるよう願っておこう。そして、君の面倒を見ようじゃないか」
「本当ですか!ありがとうございます」
ダイヤは少しだけ表情を和らげたが、すぐに軍人らしい厳しい顔に戻った。
「ただ、みっちり特訓させるぞ」
「…え、特訓って、な、なんの特訓ですか」
ダイヤはカインドを成長させることを決意した。そして、彼が腐敗していることすら隠すこの世界を変える『切り札のひとつ』になるだろうとどこかで感じていた。




