束の間の凪
合格発表から数日後。エケネイス城前の広場には、エケネイスとアタンスの合格者たちが思い思いに集まっていた。試験の緊張が解けたせいか、あちこちから笑い声や怒鳴り声が飛び交っている。
長机にはアルマ、カインド、ライ、ジェイ、ダイヤ、バッベンが並んで座っていた。少し離れた席にはアタンス組の面々もいる。
「そういえばさ、レオさんに土の中埋められた時あったじゃん」
アルマが飯を頬張りながら言った。
「あーあったね。朝まで出してもらえなかったやつ」
カインドが遠い目をした。
「お前らの師匠やばすぎだろ」
隣で聞いていたあのライが引くほどらしい。
「あの人マジで容赦なかったよね、崖から蹴り落とされた時はさすがに死ぬかと思ったよ」
「わかる、俺も思った」
アルマとカインドが話していると、ジェイがそっと身を乗り出してきた。
「実は俺たちも同じようなことされたぞ」
「えっ、本当ですか」
「ああ、俺は川に沈められた」
ダイヤが静かに付け加えた。
「あの人昔もそんなだったんだね」
「恐らく変わらないなあの人は」
「ま、おめえらがこうして合格してきて良かったよ」
エケネイス組がゲラゲラと笑っている。この時間だけは間違いなく笑顔が溢れていた。
その時、ライの肘がネリネにぶつかった。
「ちょっと、肘が当たったんだけど。謝罪もないの?」
「は?そっちがでけーから当たっただけだろ、俺に非はねーよ」
「はあ?私でかくないし!あんたがデブだからでしょう?」
「俺のどこがデブだ、眼科いけバーカ」
「私と比べたら全然デブですぅ」
「あ゛?」
「なに?」
ふたりの額がぶつかりそうなほど近づき、辺りがピリついたその時。
「全くくだらない」
静かな一言が降ってきた。アタンスの天鋭であるリーマだった。深く被った帽子の下から、冷淡な視線がふたりを一瞥する。それだけで、ライとネリネの言い争いがぴたりと止まり、しばらくの沈黙の後、ライが小声で呟いた。
「うわーなんか、あいつムカつくな」
「それなー、同感」
ネリネが静かに返した。さっきまで言い合っていたふたりが、気づけば同じ方向を向いていた。
「あとであいつに勝負挑んでやろ」
「それだけはやめなさい、勝てる相手じゃないのは確かよ」
「んなもんやってみなきゃわかんねーだろアホ」
「はーぁ?せっかく丁寧に教えてるのに何よアンタ!?」
ふたりの喧嘩を見たリーマは再びため息を着く。だがそれもふたりに聞こえていたのか
「「ため息すんじゃねー!!」」
と反感を買っていた。
「流石だったな、ムーナならあの魔物余裕で仕留めれると思ってたぜ」
「えへへ、そう?結構頑張ったんだよ」
ムーナがいつもの笑顔で頬を緩める。ティオルは穏やかに微笑み、視線を前に戻した。ムーナはその横顔をちらりと見てから、何でもないように食事に戻った。ただ、その耳がほんの少しだけ赤かった。
「あんな寝てばっかりなやつだとは思えねえなこりゃあ、どうせ飯食った後また寝るんだろ?そこだけは弟子の頃から変わんねえよなあ」
「寝てても仕事出来ればいーの!もう…」
ムーナは満更でもなさそうだった。むしろ、ティオルと話している時の顔はどこかときめいている様子だった。
「なあ兄貴」
ユニカジが勇気をだしてオリザメに駆け寄っていく。
「…あ?」
オリザメが振り返り、ユニカジの顔を見た瞬間、露骨に顔を顰めた。
「んでテメェがここにいんだよ」
「試験合格したんだ、兄貴に報告しようと思って——」
「知らねえさっさと家帰れ、テメェだけは真衛隊として認めねえからな」
「え、でも——」
「黙れ、あっち行け」
ユニカジは固まった。こんな反応は想定していなかった。
「え、あの、えっと——」
「聞いてなかったのか、あっち行けって言ってんだよ」
「え゛」
周囲がそっと距離を取る中エシスだけが心配そうにふたりを眺め、悔しいのか唸り声を挙げていた。
「ユニカジ、ダメだったんか…んんグィィィ」
食事会が終わり各々が解散した頃、ジェイとオリザメは誰にも聞こえない声で短い言葉を交わしていた。ふたりの間に漂う空気はさっきまでの賑やかさとは明らかに違い、真剣な表情で何かを話していた。
また別の場所では、ライにぷんぷん怒っていたネリネをアルマが労っていた。
「ごめんね、ライあんな感じで」
「別にいいよ」
ネリネは短く答えた。プライドの高い彼女にしては、随分あっさりした返事だった。アルマはそれ以上何も言わず、ただにこりと笑った。
「…こっちこそ、試験の時は申し訳なかったわね」
「?試験の時?なんのこと?」
「…いやなんでもないわ、あんたもあんなやつ隣にいて大変そうね」
ライがぴくりと反応し、プンスカプンスカどすどすだすどすとネリネの前に現れる。
「誰があんなやつだバーカ、お前ほど俺は狂ってねーよ」
「はーぁ?アンタ汚ったない性格してるし狂ってるわよ」
「こいつ!!」
「なによ!!」
このふたり目を合わせる度口喧嘩することになりそうだ。
同じ頃。エケネイスの港を出た船の甲板に、白い人影がひとつあった。
シキュアは海を見ていた。波の音だけが耳に届く。故郷まで、あと少しだ。
真衛隊員になったと、伝えなければならない人たちがいる。白い髪が、潮風に揺れた。




