生き残った新たな英雄たち
「全員下がれ」
声はとても静かだがどこか冷たく、不思議と全員の動きが止まった。白い人影がゆっくりとアルマたちの前に立つ。振り返ることもなく、ただ魔物を見据えたまま口を開いた。
「生きていたいなら、今すぐここから離れることだ」
命令でも懇願でもない。ただ、事実を告げるような口調だった。
「お前は——」
「今はこの場から離れることだけを考えろ」
アルマが声をかけようとした瞬間、青年の影が揺れた。魔物が咆哮し、地面を蹴る。
「…行くぞ!」
ライがアルマの腕を掴んだ。カインドがエイジを背負う。ネリネが一瞬だけ白い影を振り返ったが、すぐに前を向いた。エシスとユニカジも後に続く。全員が走り出した後、森に残ったのは冷静な白い影とひとつの巨体だけだった。その巨体は唸り声を上げ地面を踏み鳴らす。木々が揺れ、葉が舞い散る。しかしシキュアは微動だにせずただ静かに、自分の影を見下ろした。そしてその影が動き出そうとした瞬間だった。
「君すごいね、お疲れ様」
『新人天鋭』ムーナが現場に到着した。彼女が一言声をかけたがシキュアは振り返らなかった。
「ひとりでよく耐えてくれたね。上の判断で試験は中止になったから、もう帰って大丈夫よ」
しばらくの沈黙の後、シキュアはゆっくりと踵を返した。
「そうか、把握した」
そう言い残し、シキュアは颯爽と消えていった。
ムーナは「またね〜」と気楽にその背中をひと目見送ってから、前を向いた。今まで現れた魔物とは比べ物にならない圧。空気が歪むほどの存在感。周囲の木々はとうに薙ぎ倒され、地面には深い爪痕が刻まれていた。
「あらあら、随分と暴れちゃったのね」
魔物が咆哮し、地面を揺らしながら突進する。
ムーナは避けなかった。ただ静かに目を閉じると、辺り一帯の空気が変わった。
「『夢喰の綴』」
ムーナを中心に、夢のような世界が展開される。現実と夢の境界が溶け出すように、景色が揺らいだ。色が滲み、音が遠くなる。魔物の巨体が一瞬だけ動きを止めた。
「さあ、おいで」
ムーナが静かに手を差し伸べた。
次の瞬間、魔物の動きが完全に止まった。夢の世界に引きずり込まれた巨体は、その世界で強烈な電撃を喰らうとそのまま静かに崩れ落ちた。辺りに静寂が戻る。
「あら、この程度で終わっちゃうのね。あの子相当ダメージ与えてたのね」
ムーナは目を瞑り、ゆっくり開くと殺伐としていた森に戻っていた。倒れた魔物を見下ろし、いつもの笑顔のままそっと呟いた。
「ずっとおやすみなさい」
数日後。エケネイス真衛隊本部の大広間に、生き残った受験者たちが集められた。あの日以来、誰もが無言だった。笑顔で試験に臨んでいた者も、強気だった者も、あの森で見たものが頭から離れないのだろう。それぞれが思い思いの場所に立ち、ただ前を向いていた。
シキュア以外全員が下を向いていた。五体。合格条件はそれだったのに、五体倒せなかった。さらにいえば、シキュアがいなければ全員死んでいた。それが頭から離れない。皆が同じように押し黙っていた。ライも腕を組んだまま、珍しく何も言わなかった。ネリネに至っては広間に入ってからずっと唇を噛んでおり、今すぐにでも帰りたそうだった。
誰もが同じ思いを抱えていた。
───自分たちは、合格できるような実力じゃなかった。
扉が開いた。
最初に現れたのは、穏やかな笑みを持つ初老の男だった。
「皆、よく生き残った」
エケネイス真衛隊長、デイビッドの声には責めるでもなく、慰めるでもない、ただ純粋な労いがあった。
「まず初めに、今年の試験は予期せぬ事態となった。だが、それでも皆は諦めなかった。その事実は変わらない」
デイビッドは静かに一枚の紙を取り出した。
「今年の合格者を発表する。エケネイス部隊はアルマ、ライ、カインド、シキュア、エイジの五名。アタンスからはネリネ、エシス、ユニカジの三名。以上の八名だ」
広間がざわめいた。アルマは顔を上げた。合格。その言葉が頭の中で反響する。嬉しいはずなのに、素直に喜べなかった。五体倒せず、例年なら不合格なはずであったからだった。ただ合格は合格、それは事実であった。
ふと、広間の端に立つ人物が目に入った。ジェイだった。いつもの豪快な笑顔ではなく、ただ静かに、小さく笑みを返してきた。それだけだった。それだけなのに、アルマの胸の奥に何かが灯った。
「異例の措置であることは承知している。だが今年は特例として、生き残った者全員を合格とした」
その時、デイビッドの隣に立っていたフランがゆっくりと口を開いた。華やかな笑みを浮かべながら、涼しげな声で続ける。
「それともうひとつ発表があります」
広間が静まり返った。
「シキュア殿、前へお越しください」
シキュアは少し困惑しながらも前に進む。フランは彼をひと目見てから、満足そうに微笑んだ。
「本来ならアマチュア隊員としてのスタートですがあなた特例で、今回の功績によりプロ隊員への飛び級を認めます」
広間が再びざわめいた。アルマはシキュアを見た。驚いているのか、それとも無関心なのか。その表情からは何も読み取れなかった。その後デイビッドが静かに付け加えた。
「シキュア君、君が彼らを救ったことはこの真衛隊が忘れることはない。私たちからもお礼を言う、ありがとう」
「私は真衛隊として当然のことをした、お礼など不要です」
そう言い残し、静かに頭を下げた。
広間を出たアルマは、ひとりで空を見上げた。合格。真衛隊員。あの日から四年。ようやくここまで来た。
だが、これはスタートだ。ゴールじゃない。
クウロ、ノウス。俺はまだ諦めてないから、必ずどこかで生きていると信じて。




