乱入
一休みを終え三人の結束力が深まり、合格までの残り一体を探していた時だった。
「……なんだ?」
カインドが呟いた。森の奥から、複数の足音が近づいてくる。それも、こちらに向かって全力で。茂みを突き破って、受験者たちが雪崩れ込んできた。顔面蒼白で、目が泳いでいる。アルマたちとすれ違いざまに叫ぶ者、無言で走り去る者。尋常じゃない数が逆走してくる。
「おーい、何があった——」
アルマが声をかけようとした瞬間、最後尾を走っていた少年が振り返り、こちらに向かって叫んだ。
「に、逃げ——」
声が途切れた。
少年の身体が、森の暗闘の中に引きずり込まれた。断末魔すら上がらなかった。ただ、鈍い音だけが残った。誰も動くことが出来なかった。アルマも、カインドも、あれだけ大口を叩いていたライすらも。
「…試験の魔物じゃねーな、これ」
最初に口を開いたのはライだった。声が、わずかに震えていた。
木々をなぎ倒しながら、それは現れた。
今まで相手にしてきた魔物とは、根本から違った。巨体が地面を踏みしめるたびに足元が揺れ、放たれる殺気だけで空気が変わる。それはそうだ。ライによると、この魔物は危険リストに登録されている魔物で、慣れている者たちでも苦戦しうる相手だという。アルマたちに数分前まで持っていた気持ちはなく、既に別の魔物にシフトチェンジしようとしていた。他の受験者たちも蜘蛛の子を散らすように逃げていったり、命を奪われている中、たったひとりで仁王立ちしている少年がいた。
「おぉ、、お前ら!ど、退いてろぅ!」
足が震えているのは明らかだった。それでも、逃げようとしていなかった。
「ダメだ逃げろ!」
アルマが割り込んだ瞬間、少年は振り返りもせずに叫んだ。
「ま、まだやれる!」
「へ、お前もバカタイプなんだな。んな震えてんのに無理だって、現実見ろよ」
ライが少年に言葉のナイフを突き刺す。
「まだ一体も倒せてないんだ!あいつ倒してエイジの名前を知らしめなきゃ!」
「だーかーら、そういう問題じゃね——」
一瞬の隙に魔物の腕が薙ぎ払われた。アルマ、カインド、ライは咄嗟に飛び退き、ぎりぎりのところで攻撃を避けた。しかしエイジだけが反応できなかった。直撃した衝撃が彼の身体を吹き飛ばし、木の幹に激しく叩きつけられる。
「エイジ!」
駆け寄ったアルマが見たのは、腹部を深く抉られたエイジの姿だった。それでも彼は、木の幹に背を預けながら立ち上がろうとしていた。
「まだ、やれ——」
「無理に動くと危険だ」
カインドが静かに押さえる。エイジは悔しそうに唇を噛んだが、身体が言うことを聞かなかった。アルマはエイジをゆっくりとその場に寝かせ魔物を見据えた。三人がかりで挑んでも、さっきの一撃で距離感は分かった。次元が違う。
「どうする」
ライが低く言った。答えは出ない。じりじりと魔物が距離を詰めてくる。
その時——
「ちょっと、複数人でかかっても勝てないの?全く情けないわね」
涼しげな声が降ってきた。木の上から飛び降りてきたのは、ひとりの少女だった。着地と同時に強力な魔物に一発を入れ足止めをすると、鼻を鳴らす。
「私はネリネ、あなたたちエケネイス組よね」
「うん、俺アルマ。とりあえず助かった——」
「助けに来たわけじゃないわ」
アルマの言葉を遮り、ネリネは腕を組み、わざわざ見下すような顔にしてから言葉を続ける。
「たまたま同じ方向に来ただけ。勘違いしないで」
「はーあ、こいつめんどくっせえ女だ」
ライが呟く。ネリネがキッと振り返った。
「なに、今なんか言った?」
「いーや、何も(地獄耳かよコイツ)」
その時、別の方向から足音がふたつ。この時アルマたちは敵の場合を想定したのか、一瞬で気を引き締めた。
「ネリネ、合流した」
だが、そこに立っていたのは落ち着いた声の少年と、その隣に黙って立つ無口な少年だった。
「エシス、ユニカジ、ふたりとも遅い」
「ネリネが速すぎるんだよ」
彼らもネリネと同じアタンスから訪れた受験者だった。着いたばかりのふたりは魔物を見るなり表情を引き締めた。
「六人いれば…」
「いや、無理ね」
ネリネがアルマの言葉を再び遮った。だが今回は至って真面目な表情だった。
「六人でも、あれには届かない。でも」
ネリネの目が細くなった。
「時間は…稼げる」
深呼吸をしたネリネは声を荒らげ、全員を集中させる。
「みんな散って!一ヶ所に固まらないで!」
ネリネの指示で六人が散開する。魔物の注意を分散させながら、交互に攻撃を仕掛けていく。
アルマが正面から拳を回転させて叩き込む。カインドが気配を消して死角から奇襲する。ライも暗闇から一撃を叩きつける。ネリネが的確に水術で急所を狙う。エシスとユニカジも懸命に食らいつく。
だが、魔物はびくともしなかった。
「まじかよ…全く効いてない……!!」
カインドが距離を取りながら呟く。攻撃が通っていないわけではない。ただ、与えているダメージが圧倒的に足りなかった。
「ライ、左!」
叫んだ瞬間、魔物の尾が薙ぎ払われた。
「!!やっべ」
ライが飛び退くも吹き飛ばされ、木の幹に背中を打ちつける。それに気を取られたのか、カインドやエシス含めた周りにいた他の受験者も攻撃を受けてしまう。
「くっそ…」
「ライ!カインド!」
「俺は動ける、大丈夫だ。向こうは」
立ち上がったライの顔が歪んでいた。
「俺も、なんとか」
カインドの左脚は血だらけで普段通り動くことも厳しそうだったが、アドレナリンが出ているのか見た目はピンピンしていた。ただ、周りには既に息絶えた受験者がゴロゴロ転がっていた。
「くぅっ、苦しいわねっ…!」
じりじりと追い詰められていく。六人全員が傷を負い、息が上がっていく。
「まずい、このままじゃ——」
ネリネが歯を食いしばった。プライドの高い彼女が、初めて焦りを顔に出していた。誰も言葉を発しなかった。全員認めたくなかったが、奥底では痛いほど分かっていた。
──このままでは終わる。
全員生きてすら帰れない─と。
皆の脳裏に『死』が目の前だと感じた、その時だった。木々の影がひとつ、するりと形を変えた。白い人影が魔物の死角に滑り込んでいた。音もなく、予備動作もなく。まるで影そのものが意思を持って動いたようだった。
魔物が振り返る。だが、それは遅かった。青年は魔物の攻撃を影に溶け込むことで悉く躱しながら、的確に急所だけを突いていく。一撃、また一撃。無駄な動きが一切ない。魔物が青年の位置を捉えようとした瞬間には、既に別の影に溶け込んでいた。ダメージが蓄積されていく。それでも青年の顔色はひとつも変わらない。まるで息をするのと同じくらい、当たり前のことをしているようだった。アルマは息を呑んだ。強いとか弱いとか、そういう次元の話ではない。あの青年にとって、この状況は『当たり前に対応できる範疇』なのだ。
「…なんなんだあいつ」
ライが珍しく声を漏らした。普段リスクとリターンしか口にしない彼が、言葉を失っている。ネリネも無言だった。プライドの高い彼女が、ただ呆然と白い影を見つめていた。
一方、監視室では。
複数のモニターが試験会場の様子を映し出していた。天鋭や真衛隊長たちが慌てて、
「予想外の出来事だ、すぐ対応に向かうぞ!」
「私が現場いきます」
「新人天鋭ひとりで大丈夫なの──」
心配したダイヤだったが、バンドを付けた男がそれを遮る。
「…ムーナなら大丈夫です、行ってこいムーナ」
裏で対応をしていた時、とある男が静かに呟いた。
「A級魔物にあの動き、タダの受験者じゃなさそうだ。あの子の名前は」
ヨシュコが受験者リストから名を探し、見つけると口を開く。
「シキュア・ファルガ、19歳。エケネイス名義で参加しており、出身地は……ん?ホワイランドと書いてあります」
「ふむ…そうか」
エケネイス真衛隊長、デイビッドは彼の戦闘をじっと映像で眺め続ける。
「あの子ひとりでどこまで耐えられるかしらねえ」
隣にいたアタンス真衛隊長のフランは、ひとりこの状況を楽しんでいた。
長くなってしまった




