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第六章:星屑の涙と、忍び寄る影

「『星屑の涙』を『命の源流』の核に組み込めば、暴走の危険を排除し、完全な『瘴気無効化』の力を発現させられる。それが、最後の希望だ」

リオネルの言葉は、レリアの心に重く響いた。恐ろしい賭けだったが、彼の真剣な眼差しと、その奥に秘められた使命感に、レリアは迷いを振り切った。

「分かりました。やります。私が、あなたの『目』になる。そして、『星屑の涙』の結界を解除してみせます」

レリアの決意に、リオネルは初めて、安堵の表情を見せたように見えた。そして、その口元に微かな笑みが浮かんだ。それは、彼が見せた中で、最も人間らしい表情だった。

作戦決行の夜、学園は深い静寂に包まれていた。警備が最も手薄になる時刻を見計らい、レリアとリオネルは秘密の研究室を出発した。リオネルは周囲の魔力探知を撹乱する術式を予め展開しており、二人の存在は学園の警備システムには感知されないはずだった。

「『星屑の涙』が保管されているのは、学園本棟の最下層、特別宝物庫だ。厳重な結界と、複数の魔術的警備が施されている」

リオネルが低い声で説明した。その言葉一つ一つに、張り詰めた緊張感が漂っていた。

「ここだ」

リオネルが指し示したのは、分厚い石壁に埋め込まれた、何の変哲もない扉だった。しかし、その周囲からは、かすかに魔力の波動が感じられる。見えない結界が張り巡らされている証拠だ。

「この結界を破るには、強大な魔力で無理やり押し通るか、『聖女の血』に反応して自ら開くのを待つしかない。後者であれば、警報が鳴ることはない」

リオネルが、レリアに視線を向けた。レリアは深呼吸をし、聖女の血を引く者として、自分の内に眠る力を信じることにした。彼女はゆっくりと扉に手をかざした。

最初は何も起こらない。魔力ゼロの自分が、本当にこんなことができるのだろうか、という不安がレリアの胸をよぎる。その時、リオネルがそっと彼女の隣に立った。彼の身体から発せられる「命の源流」の微かな共鳴が、レリアの皮膚を通して伝わってくる。

世界を救う――リオネルのその強い意志が、レリアの心に力を与える。彼女の掌から、温かく澄んだ光が放たれた。それは魔力とは異なる、生命そのものに働きかけるような、純粋な輝きだった。

キィィ……。

重い扉が、ゆっくりと、しかし確実に開いていく。結界は静かに解除され、警報が鳴ることはなかった。

「やった……!」

レリアは思わず息を漏らした。リオネルの瞳にも、わずかな驚きと、そして達成感のようなものが宿っているように見えた。

開かれた扉の奥には、薄暗い空間が広がっていた。中央に設けられた祭壇のような台座の上に、厳重なガラスケースが安置されている。その中に、目的の**「星屑の涙」**が収められていた。手のひらサイズの、まるで氷でできた花びらのように透明な結晶が、微かな光を放ち、神秘的な美しさを湛えている。

レリアがガラスケースに手を伸ばした、その時。

「まさか、こんなところにまで足を踏み入れるとはな。リオネル・ヴァンス、そして……魔力なき聖女殿」

低い声が、背後から響いた。

二人が振り返ると、そこには学園監査役のジェラルド教授が、数人の教師を引き連れて立っていた。彼の鋭い眼鏡の奥の瞳は、怒りと、そして嘲りを含んだ光を宿していた。

「貴様らの企みは、全てお見通しだ。禁じられた魔術に手を染め、学園の秩序を乱すばかりか、聖女の権威を私的に利用するなど、断じて許されることではない!」

ジェラルドの言葉には、強い非難と、確固たる信念が込められていた。彼の後ろに控える教師たちも、警戒の魔術を発動させ、二人に向けた。

「これは、世界を救うための研究だ!瘴気は再び覚醒しようとしている!」

リオネルが声を荒げた。しかし、ジェラルドは耳を貸さない。

「たわ言を!瘴気は、遥か昔に聖女の力によって完全に封じられた。それを掘り返し、不確かな力で世界を混乱させるなど、愚の骨頂!貴様の研究は、聖女の教えを冒涜する背徳行為だ!」

ジェラルドの言葉には、聖女の教えに対する盲信が宿っていた。彼は、伝統と秩序こそが世界を守ると信じて疑わないのだ。

「その『命の源流』とやらも、今すぐに学園に引き渡し、厳重に封印させてもらう。そして、貴様らには、相応の罰が下るだろう」

監査部隊の教師たちが、一斉に魔術を放とうと構える。リオネルはすぐさま「命の源流」を起動させようとするが、彼の魔術は、監査部隊の連携した妨害魔術によって阻まれてしまう。

絶体絶命の危機。

しかし、レリアは諦めなかった。彼女の手に握られた「星屑の涙」が、かすかに温かい光を放っている。

「あなたたちは間違っています!この世界は、誰かの犠牲の上に成り立つものではない!そして、瘴気を恐れるだけでは、何も解決しない!」

レリアは、手に持った「星屑の涙」を高く掲げ、ジェラルド教授の前に立ちはだかった。彼女の全身から、先ほど結界を解除した時と同じ、純粋な生命の光が溢れ出す。それは、魔力を打ち消すわけではないが、監査部隊の教師たちが放とうとしていた魔術の力を一時的に鈍らせる効果があった。

その隙を見逃さなかった。

「レリア!」

リオネルの鋭い声が響く。レリアは迷わず、手にした「星屑の涙」をリオネルに投げ渡した。リオネルはそれを空中で掴み取り、迷うことなく「命の源流」の培養槽へと組み込んだ。

カチリ、と、結晶が核に収まる音がした。

その瞬間、「命の源流」は、研究室全体を包み込むほどの、眩いばかりの緑色の光を放った。光は天井を突き破り、学園の空へと昇っていく。そして、その強力な魔力は、学園の地下、そしてさらにその奥深くに眠っていた**「瘴気」の残滓**を、まるで闇を払う光のように浄化し始めたのだ。

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