第三章:禁忌の森、銀髪の輝き
北の国境地帯の小さな村を後にしたレリア、リュシアン、リオネルの三人は、若き狩人コウの案内で「禁忌の森」へと足を踏み入れた。森の入り口に近づくにつれ、空気は一層冷たく重くなり、リュシアンの魔力感知は、不気味なほどの魔力の淀みを捉えていた。
「この森は、昔から『禁忌』って言われてて、誰も深くは入らねえんだ。獲物もろくにいねえし、妙な病にかかるって噂もある」
コウは粗末な獣皮の服を身につけ、弓を構えながら慎重に森の中を進む。彼の鋭い瞳は、常に周囲の気配を探っていた。リオネルの漆黒の短髪が、淀んだ空気の中でわずかに揺れる。
「この瘴気は、通常の瘴気とは異なる。生命力を根こそぎ奪うような、強い悪意を感じる」
リオネルは、周囲の枯れ木や地面に散らばる腐敗した落ち葉に視線を向け、眉をひそめた。この異変は、カサンドラ教授が「聖女の残滓」を取り込んだことで、その瘴気までもが変質した証拠なのだろう。
森の奥深くへと進むにつれて、道はさらに険しくなった。足元は腐りかけた植物の残骸で滑りやすく、頭上からは淀んだ魔力を帯びた蜘蛛の巣が垂れ下がっていた。リュシアンの魔力感知は、まるで森全体が脈打つような、強大な魔力の奔流がすぐそこにあることを示していた。
「先輩たち、もうすぐです!この魔力の中心は、この先の巨大な岩壁の向こうだ!」
リュシアンが指差す先、木々の間から、鉛色の空を突き刺すかのような巨大な岩壁の影が見えた。それが、「禁忌の地」の入り口なのだろう。
その時、彼らの行く手を阻むように、地面から不気味な根が何本も隆起した。それは、ただの木の根ではない。瘴気を纏い、まるで生き物のように蠢き、彼らに襲いかかってきた。根には、奇妙な符文の紋様が刻まれている。
「これは……『生命奪取の根』!カサンドラ教授が、この地の生命力と瘴気を結びつけた術式か!」
リオネルが素早く浄化の魔術を放ち、根を焼き払う。だが、焼かれた根の跡から、さらに新しい根が次々と生えてくる。
「キリがないぞ!このままでは、我々の魔力も尽きてしまう!」
リュシアンも魔力弾を放ち、根の動きを止めるが、その増殖は止まらない。根はリュシアンの足元に絡みつき、彼の生命力を吸い取ろうとする。
「リュシアン!」
レリアが叫び、彼の元へ駆け寄ろうとするが、彼女の目の前にも巨大な根が立ちはだかった。
「くそっ……このままじゃ……!」
リュシアンは、根に絡め取られ、力が抜けていくのを感じた。その時、横にいたコウが、鋭い目つきで根の動きを観察していた。彼は長年の狩りの経験で培った、自然に対する深い洞察力で、根のわずかな変化に気づいた。
「この根……特定の場所が、他の部分よりわずかに脈打ってる!そこに、力が集中してるみてえだ!」
コウは指を差し、根の太い幹から伸びる、ごく細い、しかし強く魔力を放つ一本の根を示した。彼は魔力は持たないが、狩人としての感覚で、生命の集中点を見抜いたのだ。
「そこか!流石だ、コウ!」
リュシアンはコウの言葉に即座に反応し、その根に魔力弾を集中させた。彼の魔力弾は正確にその一点を貫き、根の動きが一時的に鈍った。
「今だ、レリア!」
レリアは、自身の力が求められていることを感じた。彼女は、コウの助けで根から解放されたリュシアンの隣に立つと、深く息を吸い込んだ。
「私が、この淀みを浄化します。リュシアン、リオネル先輩、この隙にあの符文の核を見つけ出してください!」
レリアはそう言うと、銀色の髪をなびかせ、自身に宿る「真の聖女」の力を解放した。**彼女の真紅の髪は、まるで月光を吸い込んだかのように、まばゆい銀色に変化した。**その瞳は澄んだ緑のままだが、奥底には世界の生命を守るという揺るぎない決意が宿っている。
レリアの掌から、まばゆいばかりの純粋な生命の光が放たれた。その光は、瘴気を纏う根に触れると、その禍々しい力を瞬く間に浄化していく。根は、まるで呪いが解けたかのように勢いを失い、やがて土へと還っていった。
「す、すごい……!本当に、髪の色が……!」
コウは、レリアの神々しい姿に目を奪われた。彼の知る聖女の伝説とは異なる、しかし圧倒的な生命の輝きを目の当たりにしたのだ。
「これがレリアの真の力……!」
リュシアンもまた、レリアの銀髪の姿に感嘆した。彼は、レリアの放つ生命の光が、根の奥底にある符文の魔力に影響を与えていることを魔力感知で捉えていた。
「リオネル先輩!この根を操る符文は、大地と直接繋がっています!レリア先輩の浄化の光が、符文の魔力の流れを乱している!この隙に、符文の核を見つけ出せば……!」
リュシアンが叫ぶ。リオネルは、その言葉に頷くと、自身の魔力を最大限に高め、浄化の光を一点に集中させた。リオネルの放つ魔術は、リュシアンが察知した符文の核を正確に貫き、大地から生えていた全ての根が、一瞬にして枯れ、砕け散った。
危険な根の術式を突破した彼らの目の前には、巨大な岩壁に囲まれた、深い谷間が広がっていた。谷の入り口には、古びた石造りの門がそびえ立ち、その表面には、これまで見たどの符文よりも複雑で巨大な紋様がびっしりと刻まれている。紋様からは、不気味な黒いオーラが立ち上り、周囲の空気を重く淀ませていた。
「ここが……『禁忌の地』の入り口か」
リオネルが、漆黒の髪を風になびかせながら呟いた。門から放たれる圧倒的な魔力は、カサンドラ教授の新たな力の強大さを雄弁に物語っていた。