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第二章:不本意な再会と、意外な共通点

リオネルに「役立たず」と罵られた翌日、私はすっかり意気消沈していた。授業中も上の空で、教授の声も耳に入ってこない。昼食も喉を通らず、今日も温室に閉じこもることを考えていた。しかし、その日は温室ではなく、図書室に向かった。何か、このモヤモヤした気持ちを晴らすものはないかと思ったからだ。

図書室は広大で、天窓から差し込む光が埃の舞う古書の匂いを際立たせていた。隅々まで本棚が並び、普段は人気のない奥の区画へ足を進める。植物学や薬草に関する本を探していると、ふと、ある一角に違和感を覚えた。

その本棚は、普段誰も手に取らないような、古くて埃をかぶった禁書ばかりが並んでいるはずだった。しかし、その日は一冊の本が、不自然に飛び出していた。背表紙には、古めかしい文字で「古代魔術の符牒」と書かれている。まさか、こんな本を読む者がいるとは。

不思議に思い、その本を手に取ろうとした、その時。

「……何をしている」

冷たい声が、背後から聞こえた。心臓が跳ね上がり、振り返ると、そこには昨日の悪夢――リオネル・ヴァンスが立っていた。彼は私と同じように、その古びた本棚を見上げていたのだ。

「え……?あ、あなたは……」

言葉に詰まっていると、リオネルは眉をひそめた。

「そこは、貴様のような者が来る場所ではない。それに……その本には触れるな」

彼の視線が、私が手に取りかけた本に向けられる。その瞬間、彼の纏う空気がわずかに変わった気がした。昨日のような侮蔑ではなく、何か、警戒するような、あるいは……隠している何かがあるかのような。

「触れるなって……あなたこそ、こんな本をここで探していたんですか?」

思わず尋ねると、リオネルは一瞬、言葉に詰まったようだった。

「……貴様には関係ない」

彼はそう言い放つと、私の横を通り過ぎ、飛び出ていた「古代魔術の符牒」を、さっと元の位置に戻した。そして、そのすぐ隣にあった、さらに古びた、分厚い一冊を手に取った。その本のタイトルは、ほとんど擦り切れていて読めない。

彼はその本を抱え、私を無視するように去っていく。しかし、彼の指先が、本のページを撫でる仕草に、私は奇妙な既視感を覚えた。それはまるで、私が温室で大事な苗に触れる時の、あの優しい仕草と似ていたのだ。

「待ってください!」

我知らず、私は彼の背中に声をかけていた。リオネルは足を止め、僅かに振り返る。

「……何だ」

「あの……あなたも、植物……好きなんですか?」

自分の口から出た言葉に、私自身が驚いた。彼が温室で植物を壊したばかりだというのに。しかし、どうしても気になったのだ。彼の、本に触れるあの仕草が。

リオネルは一瞬、目を見開いたように見えたが、すぐに冷たい表情に戻った。

「馬鹿なことを言うな。俺は、ただ……」

彼は言葉を濁し、再び歩き出す。だが、その足取りは昨日よりもわずかに速い気がした。彼は何かを隠している。そして、それはきっと、植物に関することだ。

その日以降、私はリオネルの姿を見かけると、無意識のうちに彼の動向を追うようになっていた。彼はたいてい、人目を避けるように学園の隅々を歩き回り、時折、図書室の奥の区画に姿を現した。そして、そこで必ず、古びた植物図鑑や、魔術的な薬草に関する本を手に取っているのを目撃した。

最強の魔術師が、なぜ植物の本を?しかも、あんなにも隠すように。

ある日の夕暮れ時、私は温室で、昨日壊された植木鉢の破片を片付けていた。ふと、その破片の奥に、小さな芽が出ているのに気づいた。それは、私が特に大切にしていた、珍しい薬草の苗だった。奇跡的に、破壊を免れて生きていたのだ。

その小さな芽を見つめていると、不意に、温室の扉が開く音がした。振り返ると、そこに立っていたのは、やはりリオネルだった。彼は警戒するように周囲を見回し、私がいることに気づくと、一瞬、戸惑いの表情を浮かべた。

「……まだ、いたのか」

彼は不機嫌そうに呟く。私は彼の手に、見慣れない包みがあることに気づいた。それは、乾燥した薬草のような匂いを放っていた。

「あの、これ……私が育てていた苗です。奇跡的に、無事でした」

私は壊れた植木鉢の傍らに顔を出す小さな芽を指さした。リオネルは、その芽を一瞥し、そして、私の手元に目をやった。私が破片を片付けるために使っていた、小さな手製のスコップ。

「……貴様、そんな道具で何を」

「え?これですか?土を掘ったり、苗を植えたりする時に使うんです。便利なんですよ」

私が無邪気に答えると、リオネルは妙な顔をした。まるで、見たこともない道具を見るかのように。

そして、彼はゆっくりと、手にした包みを開いた。中から現れたのは、乾燥させた美しい青い花だった。見たこともない花だが、確かに魔力が宿っているのがわかる。

「これは……?」

「……『月光草』だ。ある魔術の触媒になる。だが、育てるのが非常に難しい」

彼の声は、いつもよりわずかに、感情が乗っているように聞こえた。彼はその花をじっと見つめている。その眼差しは、私が薬草の苗を見る時の、あの優しい目とそっくりだった。

「これ……どうやって育てたんですか?こんな場所で育つ植物じゃないですよね?」

私は思わず尋ねた。月光草は、魔力の源泉が豊かな場所でしか育たないはずだ。

リオネルは、ちらりと私を見た。

「……秘匿されてきた栽培方法がある。それに、俺は、誰にも言っていないが……」

彼はそこまで言って、言葉を切った。そして、まるで口を滑らせたことに気づいたかのように、再び冷徹な表情に戻る。

「……貴様には関係ない。もう帰れ。邪魔だ」

そう言って、彼は温室の奥にある、誰も使っていない古い棚の裏へ隠れてしまった。まるで、秘密基地に隠れる子供のように。

彼の素っ気ない態度にもかかわらず、私は確信した。

リオネル・ヴァンスは、植物を愛している。

そして、彼は、私と同じ、この学園で「異端」な存在なのかもしれない、と。

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