第六章:不朽草の啓示と、聖務院の深層
エリックの死は、リュシアンの心に深い傷痕を残した。故郷を後にし、アカデミアへと戻る道中、リュシアンはほとんど口を利かず、ただ前を見据えて歩いていた。レリアもまた、友の無念と、故郷の変わり果てた姿、そして祖母の真意への複雑な思いを胸に抱き、静かに涙を流した。リオネルは、二人の悲しみを理解しつつも、彼らを立ち止まらせるわけにはいかなかった。エリックの死は、聖務院がどれほど冷酷で、恐ろしい組織であるかを物語っていた。
アカデミアに戻ると、学園長とカサンドラ教授が、三人を沈痛な面持ちで迎えた。エリックの死を伝えられ、学園長は深い溜息をつき、カサンドラ教授は悔しげに唇を噛み締めた。
「聖務院は……まさに、悪魔の所業。自らの信奉者すら、口封じのために容易く葬り去る」
カサンドラ教授はそう言うと、怒りに震えるリオネルに、一冊の古びた書物を手渡した。
「リオネル君。私は、エリック君が口にしようとした『聖女の血脈を長きにわたり……』という言葉、そしてレリア様の『不朽草』の力について、夜を徹して調べていた。そして、これを見つけたのです」
書物の表題は**『真なる聖女の根源と、秘匿されし血脈の物語』**。それは、学園の地下書庫の、さらに奥深くに隠されていた、禁書に近い扱いを受けている文献だった。
「この書物には、古来より伝わる聖女の真の力が記されています。それは、魔力に依らない、純粋な『生命』との共鳴によるものだと。そして、その力を最大限に引き出すのが、**『不朽草』**だと」
カサンドラ教授の言葉に、レリアは目を見開いた。彼女の祖母が教えてくれた薬草学。その中心にあった「不朽草」。それが、聖女の真の力と関係していると?
リオネルは書物を開く。そこには、魔力を用いて瘴気を一時的に鎮める「偽りの聖女」と、生命そのものと共鳴し、根源から瘴気を浄化する「真の聖女」についての記述があった。そして、「真の聖女」は、聖務院によってその存在を隠蔽され、時にはその力を利用され、時には抹殺されてきた、と。
「まさか……私が、魔力を持たなかったのは……」
レリアが呟く。彼女が魔力を持たないことで、聖務院の「魔力を持つ聖女」という教義から外れ、彼らの支配から逃れてきたという可能性が浮上したのだ。
「その可能性は高い。そして、『不朽草』は、その真の力を引き出す触媒であり、同時に、聖務院の術式に対する唯一の防御策でもあると、この書物には記されています」
カサンドラ教授の言葉に、レリアの脳裏に祖母の優しい顔が浮かんだ。祖母は、レリアを聖女の宿命から守るため、そして、いつか聖務院の真の目的を打ち砕くために、あえて魔力に依らない「不朽草」の知識を教え込んだのではないか。祖母の真の思惑は、レリアを守るための、そして世界を救うための、壮大な計画だったのかもしれない。
「エリックは、聖務院の『聖女の血脈を長きにわたり……』という言葉で何を伝えようとしたのでしょう?」
リュシアンが、かすれた声で尋ねた。エリックが命をかけて伝えようとした言葉の続きに、聖務院の真の目的が隠されているはずだ。
「この書物によれば、聖務院は、聖女の血脈を秘匿し、その力を自分たちの都合の良いように利用してきた、と。彼らは、真の聖女の力を解析し、それを模倣することで、世界を支配しようとしているのかもしれません」
カサンドラ教授の推測に、リオネルの表情はさらに厳しくなった。
「つまり、『命の源流』もまた、彼らにとっては解析の対象であり、邪魔な存在だったということか」
その時、レリアは、古文書の隅に記された、小さな紋様に気づいた。それは、エリックがレリアの実家に設置した祭壇にあった紋様と酷似していた。そして、その紋様の隣には、かすれた文字で、**「枯れし根源、蘇りし支配」**と記されていた。
「枯れし根源……それは、聖女の血脈のこと?」
レリアが問いかけると、カサンドラ教授は神妙な顔で頷いた。
「聖務院は、魔力を持つ聖女の血脈を枯れさせ、自らの手で作り出した『聖女』を擁立しようとしているのかもしれません。そして、その支配を確立するために、『命の源流』をも利用しようとしている……」
全てが繋がった。聖務院の目的は、聖女の真の力を隠蔽し、自らが作り出した「偽りの聖女」を擁立することで、世界を完全に支配すること。そして、そのために「瘴気」を操り、人々に恐怖と絶望を植え付け、聖女への盲目的な信仰を再燃させようとしているのだ。エリックは、その巨大な陰謀の一端に利用されたに過ぎなかった。
「リオネル。私、祖母の故郷へもう一度行きます」
レリアは、真っ直ぐにリオネルを見つめた。
「今度こそ、私が、祖母が残してくれた『不朽草』の真の力を引き出し、聖務院の企みを完全に打ち砕きます。エリックのためにも……」
リュシアンは、レリアの言葉に、再び強い決意を宿した。エリックの死は、彼に深い悲しみを与えたが、同時に、聖務院の真の目的を突き止め、この世界を救わなければならないという、強い使命感を植え付けた。
「私も、レリア様に同行いたします。この『真なる聖女の根源』の書物も、聖務院の謎を解き明かす鍵となるでしょう」
カサンドラ教授もまた、レリアの決意に共鳴し、協力を申し出た。
リオネルは、レリアとリュシアン、そしてカサンドラ教授の顔を順に見つめた。彼らの瞳には、恐怖ではなく、確固たる決意が宿っていた。
「分かった。学園の守りは私に任せろ。君たちは、聖務院の真の目的を突き止め、そして……必ず生きて帰ってこい」
リオネルの言葉は、強い信頼と激励に満ちていた。
こうして、レリア、リュシアン、そしてカサンドラ教授の三人は、聖務院の深層へと足を踏み入れるための、新たな旅に出ることになった。レリアの故郷で明かされなかった祖母の秘密、そして「不朽草」に隠された真の力。それら全てが、世界の命運を握る鍵となることを信じて。