第三章:連携と反撃、そして「不朽草」の兆し
学園中に広がる絶望の波動を前に、リオネル、レリア、そしてリュシアンは、学園長とカサンドラ教授との連携を深めていた。
「符文の精神干渉を完全に断ち切るには、その根源を物理的に破壊するしかない。だが、符文は学園の外壁、しかも魔力結界の死角に設置されている。内部から魔力で破壊しようとすれば、結界に余計な負荷がかかり、学園全体が危険に晒される」
リオネルが、ホログラムで映し出された学園の立体図を指差しながら説明する。
「外部から直接攻撃するには、魔力的な抵抗が強すぎる。迂闊に手出しはできない」
カサンドラ教授が、古文書の記述から得られた情報を補足する。符文は、単なる魔術的な装置ではなく、周囲の魔力、特に「命の源流」が生み出す清浄な魔力を逆利用し、自らを強化する性質を持っているという。
「なら、私たちの『命の源流』の浄化の魔力を、符文の『増幅』に利用させないようにすれば……」
レリアが考えを巡らせる。彼女の直感は、リオネルの論理的な思考とは異なる角度から、解決の糸口を探していた。
「符文は、特定の波長の魔力を吸収して力を増幅している。ならば、別の波長の魔力をぶつけ、吸収能力を飽和させれば一時的に無力化できるかもしれない。しかし、その波長を特定し、精密に放つ必要がある」
リオネルの言葉に、リュシアンの瞳が輝いた。
「僕にできます!僕の魔力感知なら、符文が吸収している魔力の波長を正確に特定できます!」
リュシアンの提案に、リオネルは一瞬目を見張った。彼の魔力感知能力は確かに優れているが、そこまで精密な解析を実戦でこなせるかは未知数だった。しかし、この切迫した状況で、他に選択肢はない。
「よし、リュシアン。君に任せる。レリアは、符文が生命力を吸い上げている植物たちの回復に注力しろ。その回復の過程で、符文のエネルギー経路に乱れが生じる可能性がある」
リオネルは指示を出すと、学園長の元へ向き直った。
「学園長、カサンドラ教授。生徒たちの避難誘導と、最悪の場合の防御結界の最終準備をお願いします。私たちは、直接符文の解除にあたります」
学園長は重々しく頷いた。
「分かった。君たちに全てを託そう」
カサンドラ教授は、リオネルとレリアの背中を、強い眼差しで見送った。彼女の胸には、この若き二人が、旧時代の闇に立ち向かおうとしていることへの、深い期待と、かすかな不安が交錯していた。
リュシアンは、符文が刻まれた外壁の近くに身を潜めた。フィーナとグレンは、まだ絶望の波動の影響を受けているが、リオネルの一時的な浄化魔術のおかげで、辛うじて意識を保っていた。リュシアンは、友を救うため、そして、エリックの行動の真意を確かめるためにも、全力を尽くす覚悟だった。
彼の魔力感知が、符文の複雑な魔力経路を辿っていく。その中に、やはりかすかに感じる、エリックの体から発せられていたような、符文の精神干渉を遮断する**「奇妙に安定した波動」**の痕跡。それは、符文のコアを守るかのように、符文と密接に結びついていた。
(エリック……お前、本当に、何なんだ……?)
リュシアンは、心の奥底で沸き上がる疑念を振り払うように、集中力を高めた。そして、符文が最も脆弱になる、魔力の「呼吸」のような瞬間を捉えた。
「見つけた!この波長だ!」
リュシアンの叫び声が、リオネルに届く。リオネルは、リュシアンが特定した波長に合わせて、精密な魔力弾を放った。魔力弾は、符文の「歪み」を正確に貫き、一時的にその力を停止させる。
その隙を逃さず、レリアが動いた。彼女は、符文の周囲で枯れかけていた植物たちに、掌から優しい生命の光を注ぎ込む。植物たちは、その光を吸い上げ、みるみるうちに活力を取り戻していく。植物の生命が回復するにつれ、符文の魔力的なバランスがさらに崩れていくのが見えた。
「今だ!リオネル先輩!」
レリアの声が響く。リオネルは、その言葉に合わせ、渾身の浄化魔術を放った。彼の魔力は、符文を構成する禁忌の術式を根元から浄化し、完全に消滅させた。
符文が消滅すると、学園に満ちていた重苦しい絶望の空気が、一瞬で晴れていく。生徒たちの顔から、次々と悲観的な表情が消え去り、困惑したような、あるいは安堵したような表情に変わっていく。
「やった……!」
リュシアンは、安堵のため息をついた。フィーナとグレンも、ゆっくりと顔を上げ、我に返ったように周囲を見回している。
「リュシアン……僕たち、一体……?」
フィーナが弱々しく尋ねる。リュシアンは、無事な友人の姿を見て、安堵しながらも、まだ心に渦巻く疑念を拭い去れずにいた。なぜ、エリックだけが、あんなにも冷静だったのか。その理由を、彼はどうしても知る必要があった。
学園長とカサンドラ教授が、リオネルたちの元へ駆け寄ってきた。
「よくやった、君たち!見事だ!」
学園長が心からの称賛を送る。カサンドラ教授も、リオネルとレリアの連携と、リュシアンの才能に、感嘆の表情を浮かべていた。
「この符文は、明らかに**『深淵の聖務院』**の術式と関連しています。彼らが、聖女の権威を再確立するために、瘴気を悪用し始めたと考えるべきでしょう」
カサンドラ教授は、先ほど見つけた古文書の写本をリオネルたちに見せた。そこには、聖務院の恐るべき目的と、瘴気を操るための禁忌の術式が、詳細に記されていた。そして、その記述の中には、聖女の血筋と、生命を司る植物に関する、意味深な一節が含まれていた。
「『聖女の血脈は、深淵の根に繋がる。その枯れた根こそ、世界を支配する真の鍵となる』……これは一体……」
レリアは、古文書のその一節を読み上げ、胸騒ぎを覚えた。自身のルーツ。そして、祖母が残した薬草学の知識。特に、あの生命力の強い**「不朽草」**。それら全てが、この「深淵の聖務院」という巨大な闇と、密接に結びついているような気がしてならなかった。