表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/64

第一章:学園の異変と、カサンドラ教授の警告

学園の時計塔が、午前八時を告げた。その時刻になっても、アカデミアの廊下は妙に静まり返っていた。いつもなら、朝食を終えた生徒たちの喧騒や、授業へ向かう足音が響いているはずなのに。

生命魔術研究所の所長室で、リオネルは世界地図を睨んでいた。地図上には、新たに報告された瘴気の残滓が濃い地域が、いくつもの赤い点で記されている。それらの全てが、かつての魔力集積地や、古びた遺跡の周辺に集中していた。

「この残滓の性質が変化している。以前よりも、周辺の生命力を異常に吸い上げている……まるで、何か別の意図があるかのように」

リオネルが分析結果を読み上げると、隣で植物のデータシートを整理していたレリアが顔を上げた。

「生命を吸い上げる……学園の裏手にある森の『狂気の舞踏茸』と同じような、変異した性質を持っているということですか?」

数か月前、レリアが「嘆きの花」と勘違いして採取しようとし、学園にちょっとした騒動を引き起こしたあの変異キノコのことだ。あのキノコもまた、周囲の生命力を吸い上げ、精神に作用する毒性を帯びていた。

「可能性は否定できない。瘴気が、特定の条件で、生物の特性を歪める方向に進化している」

その時、コンコン、と控えめなノックの音が響いた。

「リオネル所長、レリア様。少しよろしいでしょうか?」

扉を開けて入ってきたのは、魔術史学の権威、カサンドラ教授だった。彼女は、かつては旧聖女体制の教義を重んじ、リオネルやレリアの「命の源流」に懐疑的な視線を向けていた人物だ。その知的な顔には、いつも知的な好奇心が宿っていたが、今は明らかに、険しい表情を浮かべていた。

「カサンドラ教授。何か?」

リオネルが冷静に尋ねると、教授は手に持っていた古い羊皮紙をデスクに広げた。

「これは、学園の地下書庫で最近発見された、古文書の写本です。『失われし知識の断片』と題された、禁忌の魔術に関する記述が含まれています」

カサンドラ教授は、リオネルとレリアの顔を交互に見た。

「この中に、最近学園の外壁に現れた**『瘴気増幅の符文』**に酷似した紋様の記述がありました。そして、その符文は、瘴気を増幅させるだけでなく……人々の『信仰心』を糧とすると記されています」

教授の言葉に、リオネルとレリアは息を呑んだ。信仰心を糧とする瘴気。それは、単なる災害ではなく、意図を持った「武器」だということだ。

「昨日の朝から、学園全体がどこか沈んだ雰囲気に包まれています。生徒たちの多くが、いつもより悲観的で、どこか諦めたような顔をしている。これは、その符文の影響と見て間違いないでしょう」

カサンドラ教授は眉間に皺を寄せた。彼女は魔術史学の観点から、この符文が旧時代の「深淵の聖務院」と関連している可能性に気づいていた。しかし、確たる証拠がないため、慎重に言葉を選んでいた。

「私の見解では、この符文は、単なる瘴気の増幅に留まらず、その瘴気を媒介として、人々の精神に干渉し、特定の感情を誘発する目的で作られたものです。そして、それは……聖女の権威を再構築しようとする、旧来の教義を盲信する者たちの仕業である可能性が高い」

カサンドラ教授の鋭い指摘に、リオネルの表情が引き締まる。レリアもまた、学園に満ちる漠然とした沈鬱な空気が、この符文によって作り出されたものだと悟り、ゾッとした。

「『真理の教団』……彼らが、ついに本格的に動き始めたということか」

リオネルが低い声で呟く。学園の外壁に符文が刻まれてから、今日までわずか一日しか経っていない。しかし、その影響はすでに学園全体に及び始めていた。

「君たちの『命の源流』が、旧来の聖女の力に取って代わったことで、不満を抱く勢力は少なくない。彼らは、瘴気を神罰とし、それを鎮める聖女こそが唯一無二の存在であると、人々に再認識させたいのでしょう」

カサンドラ教授の言葉は、リオネルとレリアが漠然と抱いていた危機感を、より明確な脅威として突きつけた。

「ですが、この符文の魔力的な構成は複雑で、簡単には解除できません。魔術的な反発も考慮すると、迂闊に手出しはできないでしょう」

リオネルは符文のデータを分析し、眉間に深い皺を刻んだ。その時、再び研究所の警報が鳴り響いた。

「リオネル先輩!レリア先輩!大変です!」

息を切らして飛び込んできたのは、リュシアンだった。彼の顔は真っ青で、目には恐怖の色が浮かんでいる。

「何があった、リュシアン!落ち着いて話せ!」

レリアがリュシアンの肩を掴み、問いかける。

「生徒たちが……!図書館で、魔術書を破り捨てたり、教室で突然泣き出したり……みんな、すごく情緒不安定に、なって……!」

リュシアンの言葉に、カサンドラ教授の顔色がさらに変わった。

「やはり……!この符文は、人々の心を『絶望』に誘う波動を放ち始めている!このままでは、学園全体がパニックに陥るぞ!」

学園に仕掛けられた謎の符文。それは、単なる魔術的な攻撃ではなく、人々の精神を蝕む、悪意に満ちた策略だった。そして、この事態の背後には、彼らの想像をはるかに超える、巨大な闇が潜んでいることを、リオネルもレリアも、そしてリュシアンも、まだ知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ